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マヌーの湖沼地帯2

2021年5月12日

第22話を分割し、加筆しました

 

 空と雲を映し出す広大な湖沼

 湖沼に流れ込む無数の川

 無数の川の一つに佇む大柄な騎士



 ■コークリットの視点



「二百五十日……八ヶ月」

 千本の川を調査するのにかかる時間だ。

 俺は天を仰いだ。


「何か推理一発で青砂が流れてくる川が分かるとかないか……?」

 考えるも、推理できるほど得られたヒントがない。


「やはり探索圏の最大感度を直接川に使うか?」

 それなら川を舟で移動するだけで済む。おそらく、移動から調査完了まで一時間もかかるまい。一日十本以上の調査ができるだろう。


 だが、霊力が持たない。

 初日はいいかもしれない。でも次の日からはきっと無理だ。

 霊力は消耗しても、寝たり食べたり、癒されれば回復する。霊力は心であり、心が癒されれば回復する。一日で使い切っても、翌日までに回復できれば理論上、毎日魔法での調査はできる。


 でも、こんな魔獣の棲息する地で心が癒されるか?

 野宿で癒されるか?

 風呂もなく、寝床もなく、食事も満足になく、夜行性の魔獣の襲来に備えて眠ることもできないぞ?

 野宿では、霊力を逆に消耗することはあっても、回復はしまい。


「探索圏の連発は無理だ」

 法王庁の協力が欲しい。

 飲食物の確保、解剖場所の設営、解剖物の準備、野営地の設営、未開地への侵入経路確保、魔獣からの護衛など、いろいろ分担できるだろう。俺はそれを一人で行わなければならない。

『 孤立無援 』がこれほどのものだとは、思いもよらなかった……


「ラーディン領の兵士に協力は?」

 できないことはないが、危険だ。

 魔獣の襲撃もさることながら、最も厄介なことが病気だ。未開の地ゆえ、寄生虫や吸血虫、毒虫などから未知の病にかかる可能性がある。俺は『 秘匿圏 』の魔法で寄生虫や吸血虫から身を守れるが、一般の兵士は……

 もちろん病気にかかっても魔法で回復できるけれど、例えば町に帰ってから病気が発症したらどうなる? 俺がいないときに発症したら……

 そしてそれが他人に感染(うつ)ったら……


「今度帰ったら、相談はするか。決死の覚悟がある者がいるか」

 俺の任務だから、兵士を巻き込みたくはないが……


「この調査方法はメイン手段として、他の調査方法も模索するか。何かあるはず。さっきは大自然に打ちのめされて頭が一杯だったが、今は落ち着いているから何か考え付くだろう」

 例えば、動物を使うのはどうだ。

 犬などに青砂を与え、意識を失わせる。操られた犬がどこへ向かうのか尾行する、という方法はどうだろう。


「湖沼地帯に原因があるなら、畦道を使ってその湖の原因地帯へ向かうはずだな。一方で上流の川から流れてくるならその川に向かうはず……」

 うん、これは良い手段を考えついたか。

 しかし川が原因だったら、その川に行き着くまで多くの川を渡ることになるが、犬にそこまでの体力があるか? 下手をすれば数百の川を泳いで渡るんだよな。渡河中に水棲魔獣に襲われる可能性もある。


「鳥はどうだ?」

 そう! 鳥だ。

 鳥に青砂を与え操作させる。飛んで行く方向を見れば湖なのか川なのか分かるぞ! 千里眼なら十キロくらいは追いかけられるはず!


「そうと分かれば、そこらにいる水鳥を……」

 と湖沼地帯を見れば、水鳥の姿はない。

 あれ? 本当に姿がない。よく見れば湖の上にも空にもいない。絵画のような風景に水鳥は付き物だよな。索霊域で生命反応を調べても、範囲内には一羽もいない!


「そうか! 水鳥は水草や魚、昆虫を食べる。既に水鳥は操られてどこかに飛んで行ったのか!」

 何てことだ。

 良い方法を思い付いたと思ったら……だが大丈夫だ。鳥は水鳥だけじゃなく、森にもいる。捕まえて青砂を投与すればどこに向かうか分かる。


「そうと分かれば野鳥を!」

 と考え込んでいると、日の光がまぶしいことにふと気が付いた。

 だいぶ日が傾いて日の光を正面近くから浴びている。どうりで顔が熱いと思った。

 惜しいな、折角対策を思いついたのに。


「いや焦るとよくない。そろそろ夜営の準備をしよう」

 惜しいが今日はここまでだ。

 昼過ぎに湖沼地帯に着いたからな、半日もなかった。

 明るいうちに夜営の準備を完了したい。魔獣のいる樹海や山海で慌てながら作業をしていたら、魔獣にこちらの気配を掴まれるし、逆にこちらは近づく魔獣の気配に気づけない可能性がある。大自然の中では、心も体も時間も「余裕を持ちすぎる」くらいが正解だ。

 まずは水棲魔獣に舟を壊されたくないので、霊従者二人で舟を岸辺から十数メートルの草地まで持ってくる。俺の寝床はこの舟の中だ。舟底の平らな部分で毛布にくるまれば眠れるだろう。広葉樹の枝が張り出していて、いい屋根になる。突然の雨でも被害は少ない。


「よし、皆で薪拾いだ」

 霊従者と共に薪を拾うという、地味な作業でも三十分くらいかかる。これから毎日か、これ? 川を移動しながら落ちている薪を集めておくのが良いかもしれないな。

 火をつけながら、持ってきた鍋で湯を沸かす。水は湖沼から汲んできたけれど、充分煮沸してからじゃないとマズイな。腹を壊しても魔法で治せるけれど、多用したくない。

 お湯が沸いたら鍋に米と豆と刻んだ干し肉を入れて、塩で味を整えて粥状になるまで煮込む。

 ふふ、質素だな。

 粗食ってやつだ。だがお腹は正直で、途端に空いてくる。

 グツグツと鍋が良い音をさせ始めた頃に、絶景の時間となっていた。

 夕日が空と湖面を赤く染める絶景の時間に。


「おお……」

 今後の事ばかり考えて「今」を見忘れていた俺は、思わず感嘆のため息をついた。

 美しい……何て美しいんだ。胸が締め付けられる……

 目の前には、言葉に尽くせぬ程の心を打たれる絶景が広がっていた。


「はあ……綺麗だ」

 何て鮮やかな夕焼け空だろう。

 本当に空が焼けているんだ。

 茜色に染め上がる空。浮かぶ雲までをも赤黒く染め上げる。

 いや、雲の底は赤く明るく輝き、上部は墨を落としたような黒さだ。

 はあ、雲が空に光の筋を作って、まるで後光のようで……何と神々しいんだろう。

 でも太陽は沈みたくないのかもしれない。涙に濡れた瞳のように揺らめくそれは、泣き腫らした幼子の赤い目のようでもあるからだ。

 沈むことを嫌がり、哀しみ、泣いているようで……

 とても悲しくて切なくなる情景だ。


「あれは……飛竜か?」

 雄大な燃える空を、黒い影がゆっくりと横切っている。飛竜だろう。

 ああ、あの飛竜が見る景色はどんなだろうか。

 間近で見る赤い空と、赤い雲はどんなだろう?

 今、何を思っているんだろう?

 孤独に思っているかな?

 それとも焦燥感を感じているかな? 急げ急げと、ただただ心が急かされているのかな?


「はあー……」

 一人で眺めるのが勿体ない気がする。

 せめて世界のどこかで、この美しい景色を眺めている人がいると嬉しい。一人で観るには勿体ない、胸を焦がされる光景だ。

 いや、俺は大自然にたった一人だから……孤独だから、より一層、この景色に切なく胸を焦がされるのかなあ?

 はあ、胸がつまる。胸がつまるよ……

 誰かと観たい。

 この絶景を分かち合いたい。


「綺麗だ。ああ、空のグラデーションが……」

 そう、空を仰いでいけば茜色の部分からどんどん色を落とし、俺の真上の天は深く美しい藍色だ。

 ああ、藍空には気の早い星がチカチカと輝き、まるで「この空は自分が主役だ」と言わんばかりに存在を主張する。

 はあ、抜けるような青だった空が、今や深く濃い藍か。

 空虚で冷涼さを表す、無機質な藍の宙。

 吸い込まれて消えてしまいそうな深い藍……

 何という色彩。何というグラデーションだ……

 はあー、綺麗だ。自然は、綺麗だ。切なくなるほどに。ああ、切なく物悲しい。


「湖沼も……湖沼もか」

 俺は心を打たれる。

 目の前に広がる穏やかな湖沼の水面にも、その絶景が映し出されるんだ。鏡面世界にも、燃える空と妖しい雲。そして美しいグラデーション……

 はあ、綺麗だ。表現しようのない美しさだ……天地逆さまに驚異の異世界が存在しているようだ。

 自然とは、ただそこに存在するだけで、こんなにも心を打つものなんだな……

 胸を打つ美しさに囚われ、動けなくなる。

 訳もなく涙が出てきそうな景観が目の前にあって……いや俺もその一つになっているのかな。顔が熱いのは夕日が正面から照らしているからだけじゃないのかもな。


「はぁ、食べなくちゃ……」

 沈みゆく太陽を眺めながら、俺は一人食事を始める。

 今まではラーディン卿やアルバート少年と食事をしていたから、ぐっと淋しさが増す。孤独だ。

 孤独を癒すように、粥は熱い。

 塩味と干し肉の凝縮した味が出ていていい。ふふ、たまにはこんな食事もいいか? でも毎日になるかもしれないから、今後は嫌になるかな? 法王庁の支援があれば食事は栄養価も味も考えた美味しいものが約束されているんだろうが……まあいい。


「ふう、質素でも満たされるなあ……」

 美しい情景をも味わったからだろうか。

 質素な食事を補って余りある、美しい風景の中での夕餉……胸が満たされる。


「はあ、太陽さん。また明日」

 食べ終わると同時に日が沈む。わずかなオレンジ色の光も、見る見るうちに濃紺色の空に吸い込まれ、消え失せて行く。

 はあ、これが夜。夜の訪れ。肉食魔獣たちの動き出す闇のヴェール。

 すっかりと濃紺色の空が世界を包んでいた。ああ、深く重い沈むような濃紺の空だ。

 ああ日が沈むだけで、グッと寒くなるなあ。

 寒さが孤独さを引き立てて、身も心も本当に淋しい。

 一人で焚き火の炎を見つめると、揺らめく炎の中に色々な過去の記憶が映し出されてくる。はあー、思い出したくもない、ツライ思い出が……


「はあー」

 気が滅入る。

 焚き火はあった方がいいのか、ない方がいいのか分らんな。物理的には湖沼地帯ゆえ遮蔽物がないから、焚き火は目立ちすぎるか。

 俺自身、霊力で目を強化すれば昼日中と同じ夜目を使えるから支障はない。揺らめく火を見つめれば嫌なことも思い出してしまいそうだし。


「よし、火を消そう」

 火を消せば一気に暗くなり、淋しくなる。でも、火の灯りで見えないものが見えて来た。


「おお、今度は星空か」

 火を消すと、濃紺色の空にある無数の星が世界を照らしてくれる。

 ああ、綺麗だ……綺麗だなあ。

 俺は星々の屋根の下にいたのか。

 舟の中に寝そべって、見るとはなしに空を見る。

 チカチカと瞬く星々。

 ふふ、故郷の孤児院から眺める星空に似ているなあ。お腹が空いて眠れない夜に見上げたあの星空に。法王庁のある王都は明るくて星空はそんなに見られなかったからなあ。


「……」

 どのくらい見上げていたかな?

 気づけば虫の音が世界を包んでいる。物悲しい音色が。

 虫の声が響く空間は、少し淋しくなる。虫たちは仲間を探して呼びあい、いずれ会えるというのに、俺は……

 俺は……一人で……


「こんなことで、大の大人が泣くなよ……?」

 寂寥感から出そうになる涙を、上を向いて止める。

 すると……ああ、夜空には星の大河が流れていて、夜空を赤紫や青紫に染め上げている。


「はあ……」

 何て美しい芸術作品だ……

 なぜ大自然は、多くの生命が眠る夜に、自らの美しい姿を観せるんだろう?

 誰にも観られないなんて、淋しくて切ないというのに。それとも、眠りにつく生命のために、夜の捕食者を和ませる美しい姿を観せるのか……?


 地表を見れば湖沼地帯の水面すべてが、複雑な紫色の空と輝く星空を映し出して……

 はぁ、凄い大景観だなあ……


 クオオオォォ………ン

 オオオォーン……

 湖沼の向こうから、淋し気な声がこだましてくる。強化した俺の目では、十数キロ先の大きな湖から水竜が首をもたげたのが見えた。呼応するようにいくつかの湖からも様々な魔獣が蠢く。

 でも、物悲しいのはここまでだ。


 グルルル……

 キャーホッ、キャーホッ!

 ギャギャギャ……

 ズシンッ、ズシンッ

 森に目をやれば、遠く先の幹と幹の合間を歩く四足獣の姿がそこかしこにチラリチラリと。耳を霊力で強化すると森の中から様々な魔獣の鳴き声や息遣い、足音を殺した動きが聞こえてくるし、鼻を強化すると風に乗って魔獣のすえた臭いも漂ってくる。


「ううーん」

 俺は悩んだ。

 俺の寝こみを襲おうとする魔獣の接近が分かるよう、索霊域を維持したまま寝るのが一番だが、一晩も使っていたら著しく霊力を消耗する。

 先はまだまだ長いんだから減らさないようにしなければ……それでなくても調査のために使う索霊域と霊従者の維持は、霊力を多く消耗するから使えなくなったら終わりだ。


「ふう。やはり毛布をもって、樹の上で寝るか」

 手ごろな樹木を見上げると、十数メートル上で幹が三つの枝に分かれている部分があって寝相が悪くなければ大丈夫そうだ。

 俺はスルスルと上って行くと、ちょうどいい広さで体を預けられそうだ。


「耳と鼻だけ強化して、寝るか」

 ふう、枝の広がりを利用して体を預ける。

 ちょうど枝葉で俺の姿は地上から見えないな。逆に夜空も見えなくなったが。

 さあ、寝よう……明日も頑張るぞ。



 ◇◇◇◇◇



 朝──

 枝葉の合間から眩しい光が射す。

 湖沼地帯を見れば、湖面に薄い霧が沸いている。ふふ、幻想的な姿だ。


「ふうぅー」

 いやはや、浅い眠りだったが脳は休められたような気はする。けれど心は休まらなかったし、体の節々がちょっと痛いな。こりゃあまた日中、少し寝た方がいいな。


 魔獣に襲われはしなかったけれど、うるさかった。耳を強化したから相当遠くまでの獣や魔獣の動きが分かって。

 あと体中が痒いな。腕を見ればミミズ腫れのような赤い跡が! 痛痒い! マジか、まいったな。呼吸や体温から獲物を探す生物から姿を隠す『 秘匿圏 』の魔法を使っていたが、それ以外の生物からは丸見えだしな。あるいは俺という存在に気付かず、表面を這ったのかも? 触るだけでかぶれたりする、毒性の粘液や鱗粉を持っているやつもいるだろうしな……

 変な病原菌をもらっていないか心配なので念のため病原菌除去の魔法をかけておくか。


 朝飯の用意をしながら野宿の総括をすると、「二百五十日も野宿は無理」に尽きるな。

 晴れていたから昨晩はまだ良かったし、たまたま樹の上に寝場所を見つけられたが、それでもとても気が休まらない。ゴリゴリと魂力・霊力・体力を奪われていくぞ。

 しかも徐々に季節は寒くなって行く。

 くそっ、法王庁の協力体制があれば……


「無いものは無い! 弱気になるな!」

 俺は朝飯をガツガツと掻き込みながら、次の河川について考えを巡らせた。

 さあ、捜査二日目だ。

 まずは野鳥を捕まえるか? いや、ラーディン領まで戻れば無事な水鳥はいた。一旦戻るか?

 念のため千里眼で周囲を調べてみよう。


「ん? 何だあれは?」

 上空の千里眼が遠く離れた岸辺に何かをとらえた。何かが倒れている。馬か? 馬に青砂を投与するのもありか?


「馬……いや、ケンタウロスの子供だ!」

 そう、数キロ先の岸辺に倒れこんでいるケンタウロスがいる!

 気絶している!? 後ろ足が湖に浸かっている。森から湖に向けて川が流れているが、そこから流れてきた!? 霊視で見ると、生きている!

 だとすると、あのままだとマズイ!

 水棲魔獣に襲われる可能性がある!

 あのケンタウロスの元へ行かなくては!



 ◇◇◇◇◇



 舟を使って、幾つかの川を通過し到着した!

 ケンタウロスの少年は上半身が岸辺の下草に、下半身は浅い湖に浸かっている状態だ。索霊域でも霊力の反応があるから、間違いなく生きている。

 俺は少年の肩をたたく。


「君! しっかり!」

 年齢の頃は、十二歳くらいだろうか。黒い髪の毛を後ろで縛って、上半身は半袖の洋服を着ている。馬の胴体は特に何も身に着けておらず毛並みのいい馬そのものだ。

 俺は目で少年の状態を確認し、霊視で霊力の状態を確認する。

 目で見える範囲ではケガもしていないし、霊力の状態も特に問題はない。おそらく川でおぼれて流されて、気絶しかけながらここまで這い上がって力尽きたんだろう。

 俺は霊従者とともに少年を岸辺へと移動させる。馬の胴体は重いな!

 少年は体力の消耗が激しいようだ。俺は体力回復の聖魔法を使うと、乾いた布で少年の体を拭く。


「しっかり! よく頑張った! もう大丈夫だ!」

「う、うぅ」 少年はうっすらと目を覚ます「ううーん」

 ボーッと俺を見る。瞳の色は胴体と同じ茶色だ。

「よく頑張った! 大丈夫だ! 気分は悪くないか?」

「う……だ、大丈夫……ここは……」

「湖の岸辺だ。君は川でおぼれて湖まで流されたんだと思う」

「うっ……、僕は……湖妖精ニンフを探して」

 少年は布をかぶったままゆっくりと上体を起こした。


「大丈夫かい? 魔法で体力を回復させたが、まだ悪いところはあるかな?」

「え……魔法!?」 少年は布を捨てて俺を見た。「え? 魔法!? 妖精!? 湖妖精!? あれ!?」

「いや、私は人間で……たぶん知らないと思うが法王庁の神殿騎士なので魔法が使える」

「に、人間!?」 少年は、恐怖の表情を見せて後ずさると、霊従者の一人にぶつかった。「うわっ! こっちにも!」

 ううむ、この反応は仕方がないだろうな。

 何せケンタウロスは大昔、ダロス大陸の沿岸に広がる平野部を周遊しながら生活していたというが、人間が国を興し、城を作り、街を作り、壁を作り、畑を作り……彼らが周遊していた地を侵食しながら時には武力を行使して広がっていき、結果彼らは人が来ない森の領域を周遊することになったという。

 俺は霊従者を少年から遠ざけ、片膝をつかせ身を屈ませる。俺自信も後退ると威圧感を与えないよう片膝をつき身を屈めた。


「危害を加えるつもりはありません。きっと『 人間の怖さや狡さ 』などを親や仲間からずっと聞いていると思いますが、人間全員が全員、敵意を持っているわけではありません」

「う……あぅ、あぅ」

 少年は周囲を見渡して、俺と霊従者たちを見ている。

 ああー、霊従者は俺をベースに作ってあるから、大きな人間に囲まれている感じになって、怖いか。

 逆の立場だったら、俺もそうなると思う。

 早々に立ち去ろう。


「さて、私はこれから湖に戻りますのでここでお別れですが、他に悪いところはありませんか? 今なら魔法で治せますが」

「あっ、そうだ魔法! あのっ! 戦士さん、魔法を使えるの!?」

 魔法!?

 少年はさっきまで恐怖を覚えていたはずだが「魔法」という言葉に表情が変わった。その表情は驚きと期待とが合わさっている。切り替えが早そうな子だ。


「ええ、使えます」

「ど、毒消しの魔法とかは!?」

「毒消し? 使えます」

「ほ、本当!?」

 少年の表情は希望に輝く。

 うん? もしかして、誰か毒に!?


「あのっ! 戦士様! お願いです! 魔法で助けてください!」

「分かった! 助ける!」

「ええっ!?」

 いいの!? と少年はビックリした。

 しまった! 助けて、と言われたから反射的に応えてしまった! 毒に侵された者がいるんだろう!? 何の毒かは分からないが一刻を争うハズ!

 助けられる命は!

 助けたいんだ!


「毒に侵された人がいるんだろう?」

「は、はい! 集落の仲間が!」

 うむ、やはりそうか!


「集落が毒で? 何の毒ですか?」

「わ、分からないんですが、突然森が腐ってきたかと思ったら、毒ガスが発生して!」

「森が腐る?」

 森が腐る!?

 何だその現象は!? さらに毒ガス!?

 俺は質問を続ける。


「いつから森が腐り始めて、いつから毒でケンタウロスの仲間が倒れたんです?」

「き、気がついたらいつの間にか森が腐り始めててっ! 近い場所に居を作っていた人たちが倒れてっ!」

 少年は今にも泣きだしそうだ。


「何人、どのように倒れたのでしょう?」

「にっ、二十人以上がっ……血を吐いてっ」

 血を吐いた!?

 肺がやられた? 胃か?

 いずれにせよ知ったからには!

 見捨てることなど!

 絶対できない!


「集落はここからどのくらいでしょう?」

「えっと……ここがマヌーの湖地帯なら……十キロくらいだと」

 十キロ……走れば三~四十分くらいだ!

 すぐに助けられるぞ!


「分かりました。助けに行きましょう!」

「ありがとうございます!」

 俺は霊従者に舟を固定させてから、ケンタウロスの少年テルメルクに案内され、森を走り出した。


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