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ヴァチカニア

 


 石造りの住居が整然と広がる巨大都市 ローム

 百万人が暮らす、ローマリア王国の王都

 王都を分断するように流れるのは、ゆるやかな大河

 大河は人々の喉を潤し、地方から王都へと物資を運ぶ

 穀物や酒を運ぶ大河は、都市の中心で大きく蛇行する

 何層にもわたる堅牢な城壁を避けるように

 上空から見るそれは巨大樹の年輪を思わせる

 堅牢な城壁と蛇行する大河に守られた巨大なローム王城

 その王城の東、大河を隔てた先に広がるなだらかな丘、ヴァチカ

 王城をも眺め下ろすヴァチカの丘

 丘に鎮座する芸術の粋を極めたような建屋群

 バロック建築の大聖堂と大聖堂正面ファサードを見渡せる円形の広場

 それらを囲う建造物

 法王庁ヴァチカニア

 そこが聖霊信仰の総本山だ

 円形の広場に犇めく巡礼者たち

 長い巡礼の旅路を讃え合い、感動の面持ちで見つめるバロックの大聖堂

 荘厳な大聖堂内には巡礼者が聖霊に祈りを捧げる

 数百年間変わらない光景



 ◇◇◇◇◇



 巡礼者で犇めく大聖堂の背、丘の中腹に白亜の建屋が佇む。

 法王庁に所属する聖職者や従者たちが働く庁舎だ。庁舎とはいえ、大聖堂の厳かな景観を損なわぬよう精緻な施しがされた芸術的な建屋だ。

 今、巡礼者の喧騒が微かに聞こえる庁舎の一室で、書状の束を前に壮年の騎士が盛大なため息をついた。


「はああっ……また守護騎士団派遣の依頼か!」


 わずかにくすみ始めた赤い髪を後ろで縛った壮年の騎士は、不機嫌さを顕にした。

 壮年の騎士の名はフィガロ。五十人ほどで構成される守護騎士団の団長兼七名で構成される神殿騎士隊の隊長を務める法王庁の最高幹部の一人であり、世界屈指の騎士の一人だ。


「レスター! もっと気のきいた書状を持ってこれんのか! 毎日毎日こんなのばっかで!」

「私に言われましてもね」


 レスターと呼ばれた若い騎士は「そもそも守護騎士団長に来る書状など派遣依頼しかないでしょうが」と心の中で毒づく。フィガロ団長の従騎士として早半年。いつもこの調子だ。


「あん? お前今『 そもそもワシに来る書状はそんなんばっかだろ 』って思ったろ!?」

「めめっ滅相もないっっ!」


 レスターは慌てた。心の声まで聞こえるのか、この地獄耳のオヤジは、と思ったその時。


「あん? お前今、『 地獄耳か 』って思ったろ!?」

「ととっっとんでもないっっ!」 レスターは本当に心の声が聞こえるのかもと恐れ話題を転換した。「緊急の書状が何通かありましたが! どうぞご覧になってください!」

「ああ! クソッ!」


 フィガロ団長はブツブツ文句を垂れながら書状をビリビリと開けていく。ホッと息をつくレスターを尻目に、書状をザックリと読んでいく。


「ランス王国のライナー領からはゴブリン討伐。そんなん自分とこの騎士でやれ! 普通の騎士で充分だ! でこっちはグリシア王国のグリター領は泥竜が二体。ああこりゃダメだ聖戦士が必要か」


 レスターは頷く。ゴブリン程度の小型で戦闘能力の低い妖魔ならばその国の軍事力で何とでもなる。ただドラゴンのように強靭で戦闘能力の高い魔物では、一般的な騎士や兵士では多大な損害を被るだろう。そんなとき、圧倒的な戦闘能力を持つ聖戦士、守護騎士が必要となる。


「レスター。今、守護騎士は法王庁ここに何人いる?」

「三十二名です」

「クソッ! 結構出払ってるな。法王庁の守りも必要だから二十名は残しておかないと。あーこれは……あーこれは……」


 フィガロ団長は書状に目を通しながら仕分けしていく。と一つの書状を見て。

 ニヤリ。

 と笑い他のものと別に分けたので、レスターは嫌な予感がした。


「あーこれは……あー。よしとりあえず守護騎士はこうするか」

「…………」

「でこっちのは……まいったなあ! 怪異だ!」

「…………」

「怪異だ、レスター! 怪異が起きちまった!」

「…………」

「怪異と言えば! 神殿騎士の案件だな!」

「…………」


 やはり……

 レスターは最悪な気分になった。何が「まいった!」だ。嬉しそうに。


「アイツを連れてきてくれ! 闘技場コロッセオで鍛えてるだろ! ああ、神殿騎士隊長としての命令だから、部外者にはしゃべるなよ」

「……はっ」


 アイツか。

 今、この法王庁にいる神殿騎士はフィガロ団長の他には一人しかいない。

 神殿騎士コークリットか。クソッ!



 ◇◇◇◇◇



 庁舎の大通廊には美しい天井画が続く。

 天地創造から現在に至るまでの聖霊と人の世界を描く精緻な美しい天井画だ。見るものを圧倒させる大通廊を歩みながらレスターは忌々しい気持ちで心が満たされる。

 クソッなぜアイツが! 聖霊に選ばれた人間しかなれない魔法司祭の中で、さらに武力に特化した人間が聖戦士『 守護騎士 』になるというのに、さらにその守護騎士の中でも知能や推理力に秀でた人間しか選ばれない『 神殿騎士 』に!

 そして最も忌々しいことは!

 聖霊はなぜ!

 自分に魔法の才を与えなかったのか! クソッ!

 法王さえも歩くことがある大通廊を、不機嫌さを、不愉快さを隠すことなく音を立てて歩む。たまたま居合わせた司祭や侍祭たちが渋面を作るがそんなものはお構いなしに進み、大通廊の一つの扉から外へと出る。そこには丘下へ降りる大階段が。


「奴はどこだ?」


 レスターは階段の踊り場から眼下を一瞥する。

 彼の眼下には大地を掘り下げて作られた楕円形の闘技場がある。闘技場には実戦さながら、騎士たちが剣と盾をぶつけ合い、魔法の輝きが放たれている。が不思議なことに音がしない。闘技場全体に魔法の障壁があるのだ。


「くそ……」


 レスターは深呼吸をして気を落ち着かせてから階段を降り始めた。

 魔法の才のない自分ではなりたくてもなれない聖戦士。だがその聖戦士になるため、自分よりも年の若い者たちが訓練しているのだ。嫉妬に心が騒ぐ。くそ。なぜ聖霊は自分を選ばなかった!

 暗い心を抱えながら階段を降り闘技場の観覧席まで来ると、突然男たちの怒号と金属がぶつかり合う激しい音、そして魔法の炸裂音が響き渡った。魔法による障壁を抜けたのだ。

 騎士たちが剣を打ち合わせている中一人だけ大剣を持ち、型を行う騎士が目に留まる。皆がそれぞれ組んで訓練をしているなかで、異質の光景。

 レスターは「相変わらずボッチか」と毒づきながらあざけりの笑みを浮かべる。

 レスターは闘技場まで降りると訓練の騎士たちに気を付けながら、間を縫うように歩む。忌々しい神殿騎士は背を向け剣舞に集中しているようだ。後ろ姿が近づくにつれ、少し細身だが逆三角形の体と長い手足にイライラがつのる。

 なぜ聖霊はコイツにこんな恵まれた才器を与えたんだ、と。

 流れるような剣舞。この男じゃなければいつまでも見ていられる見事な剣舞だ。くそっ、剣舞なんぞ実戦には役に立たないだろうが! ボッチだからどうせそれをやらないと間が持たんからだろう!

 とその時。神殿騎士の後ろで剣闘訓練をしていた戦士が剣を弾かれた。


「ッ!!」


 レスターは思わず息を飲む! その剣はヒュヒュヒュッと回転しながら神殿騎士の後頭部へ!

 直撃する! と思うか思わないかの刹那!

 神殿騎士は後ろを向いたまま、長い腕で剣舞の剣をユルリと後ろへ回す!

 キンッ!

 神殿騎士の剣が飛んできた剣を受け止めたと思った時には、柔らかい腕の動きで飛んできた剣は勢いを吸収され、回転も止む。

 まるで磁石に吸い付いたかのような錯覚。

 そしてユルリと流れるような動きで神殿騎士は腕を前に回すと、飛んできた剣も前へ。

 石床に落ちる前に、剣を手に取る。


「っっ!」


 何て奴だ、と絶句するレスター。

 すると、どこからともなく「チッ」と舌打ちする音がした。

 狙ったのか。いや狙っていないとしても、大怪我をせずにすんだことに対する舌打ちか?


「……」


 いずれにせよ、レスターはこの若い神殿騎士のことは面白くないが、さすがにそこまでこの神殿騎士の不幸を願おうとは思わない。なのになぜ不幸を願う人間が聖霊に選ばれた!? その不条理さに腹が立つ。

 が、それよりも腹が立つことは、自分には到底真似のできないその神殿騎士のセンス。よりによって目の前で見せつけられて。

 本当に腹が立つ!

 レスターは少し離れたところで立ち止まった。


「あーー。神殿騎士、コークリット……殿」


 殿をつけるのが遅くなった。我ながら劣等感を抱く自分に腹がたつ。しかしこの男、コークリットはある一つ以外は全てを持っている。

 人類でも上位に入るレベルで。

 それが腹の立つ所以だ。

 と、自分が呼んだ騎士が肩に大剣を担ぐと振り返った。端整な顔立ちは物語で出てきそうな程で本当に腹が立つ。赤みがかった茶髪を後ろに流し逆立つ様は炎のようで、凛々しさがいや増す。


「はっ、レスター殿」


 癪にさわるが声もいい。よく通る低い声が上から聞こえる。今年十八歳になったというが身長は二メートル近くに迫り、百七十程度しかないレスターには更なる劣等感を抱く体躯だ。近くに寄りすぎると見上げるようになるのが嫌で、わざわざ離れてしゃべる。


「フィガロ団長が第三礼拝堂へ来るように、とのこと」


 レスターが言うと周囲の者が反応した。眉間にシワを寄せる者、横目で見る者、背中で聞く者。ピリピリと冷たい空気が流れる。レスターは自分にも冷たい視線が送られていることを察知し、俺は伝達しにきただけだろうが! と心の中で叫ぶ。

 刺すような空気の中で、コークリットと呼ばれた青年は表情を一切変えず、涼しげな表情で応えた。


「はっ、承知しました」


 こんなピリピリとした中でも泰然自若とした年下の『 特別な騎士 』を心の中で蔑む。

 どこの生まれかも分からん孤児みなしごが気取りやがって。

 破壊に魅入られた不吉な孤児が、と。


「身なりを整え次第向かいます」

「手早くな」

 レスターはそう吐き捨てると踵を返した。

「……」


 その姿を見送りながら、一人残されたコークリットは表情も態度も変えず心の中だけでため息をついた。周囲の騎士のピリピリとした空気を感じるものの、一切表情にも態度にも出さない。

 錬成する騎士たちの間を歩みながら、様々な反応を見せる騎士たちの顔や仕草を無表情で受け止めながら進む。

 そしていつも通り心の中で思う。


「やっとこの場所から出られるかな……」




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