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城の実験室

 

 奥に伸びるトンネル

 トンネルの壁の一方には、きれいに並ぶ樽の列

 樽の反対側の壁には、馬蹄形の明かり取りの窓

 窓から斜めに落ちる日の光

 奥へ奥へと続く、斜めに落ちる光

 光の一筋の中に佇む大柄な騎士



 ■コークリットの視点



 城から見る森は美しいなあ。

 広がる樹海がよく見える。

 霧の森とは言いつつも常に霧深いわけではないようだ。今日は霧が薄い日のようで、遠くの方にある森の一部で霧が発生しているくらいか。

 その霧の中に影絵に似た樹木のシルエットが浮かび上がって、何だか幻想的な絵画のように見える。俺は伸びをしてからため息をついた。


 いやはや大変だった。

 二日半で二十五の集落や住居を回って、昨日の夕方ラーディン領に戻ってきた。

 回った集落のうち半数が接触や対話を拒否したものの、話ができた人々からは様々な情報を得られたと思う。

 今俺は城の中……というよりは、城から出た断崖の中にいる。断崖の中を掘って作った貯蔵施設だ。崖に沿って、トンネル状の貯蔵用スペースが五十メートルくらい続いている。壁には明かり取り用の小さな窓が続いていて斜めに光が落ちて雰囲気があるなあ。そしてひんやりと涼しく薄暗い。そこにはワイン樽や備蓄の食糧、武器が沢山置かれている。


 その一画、出入り口に近い場所に俺が頼んだものが並んでいる。

「ブヒッ、ピー」「ピーピー」

 元気な子豚たちだ。全部で十頭いる。

 それぞれが仕切りで囲われて俺を見ている。うーん、すまないな。ちょっと実験台にしちゃうんだよ。ごめんな。


 そう、俺は今からある『 仮説 』の実証のため実験しようとしている。俺は昨日の夕方のことを思い出した。



 ◇◇◇◇◇



 霧の森から戻り、執務室に通された俺の前には、キラキラした目のアルバート少年が。いやいや、本当に神殿騎士のファンなんだな。意気込みと結果が伴っていない俺なんかで申し訳ない。

 俺は会議用テーブルで書類を広げている。アルバート少年がまとめておいてくれた「意識不明だった子供たちの食べた物リスト」だ。これを見るとある共通点が浮かび上がってくる。


「ありがとうございます。よくまとまっていて、核心に近づいたと思います」

「ほっ本当ですか!」

 アルバート少年が無茶苦茶喜んでいる。いい子だなあ、この少年は。故郷に残してきた弟たちを思い出すよ。

 とラーディン卿が執務室に入ってきた。


「お待たせしましたな、神殿騎士殿。やっと別の会議が終わりました」

「いえ私こそ突然の来訪で申し訳ございません」

 ラーディン卿が俺の前に座るとアルバート少年とともに興味津々といった様子で話を待っている。この親子はそっくりだなあ。いいなあ。親子かあ。

 俺もいつか家族ができたらこうして「親子そっくりだ」なんて言われる日がくるのかな……くるといいなあ。

 俺の妄想的夢想。


「神殿騎士殿。してファーヴルたちはどうだったでしょう?」

「はい。やはりファーヴルの集落でも意識不明から行方不明になる怪異が発生していました」

「やはりか!」

「さらに被害が次の段階に進んでいるようで、大人までこの状態になっていたことです」

「「大人まで!」」

 二人は驚きの声をあげた。


「ですが大人だからこそ、有用な情報も得られたと思います」

「有用な情報を?」

「はい。以前説明しました通り、この異物は口から入り、下腹部すなわち腸の中で被害者の霊力を集め意識を奪うと考えられます」

「うむ」

「大きさは五センチ程度の異物です」

「うむ」

「しかし、意識不明になったファーヴルの大人たちも子供たちも、そのような異物を食べた記憶はないと証言していました」

「うむ、まあそうだろうな。そんなものを口に入れたらさすがに分かるだろう。というか、飲み込めないし口に入れた瞬間吐き出すのではないか?」

 ラーディン卿の言葉にアルバート少年もうなずく。

 俺もそう思う。


「その通りです。そこで異物について、ある『 仮説 』に至りました」

「「仮説!」」

 二人は再び興味をひかれたようだ。

 と、ここで異物について整理しよう。


 ・大きさは数センチ~五センチ

 ・頭と心臓の霊力を集める

 ・集めることで意識を奪う

 ・意識を奪ったあと、体を乗っ取って操る

 ・皆、異物を取り込んだ心当たりがない


「被害にあった人々が、体に取り入れる直前についてです」

「うむ」

 俺は指折り数えながら説明する。


「ポイントは四つです。一つ目にこの異物は口に入れる前は粉すなわち粒子状で小さく、二つ目に体の中に入ると結合・集合して大きくなり力を持つようになる。三つ目にこの異物は魚類の内臓に多く含まれていて、四つ目は魚類の中では問題行動を起こさない、ということです」

 二人は驚きの声を上げた。

「粉のように小さいけれど体の中で集合する!?」

「魚の内臓に含まれている!? 魚の中では問題行動を起こさない?」

 突拍子もない発想だったのか、二人は顔を見合わせている。


「飛躍した発想に聞こえるでしょうが、あくまでも仮説ですので」

「どのようにその仮説に行きついたのだ!?」

 興味津々の様子の領主。


「はい。まず一つ目のポイント粒子状に関しては、先ほど領主様の疑問のとおり、誰も異物に気づかず体に取り込んでいるということからです」

「うむ。うむ、そうだな」

「三十名近くの意識不明者全員が気づかなかった……どんなに記憶を遡ろうとも思いつかなかった。それは意識せず気づかずに取り込んでいる状態。例えば空気の中に異物が存在し気づかず呼吸とともに取り込んだり、液体の中に異物が溶け込んでいて気づかず取り込んだり、などまるで記憶にとどまらない状態だったと考えました」

「うむ、確かにな」

 アルバート少年がハッとした。


「そうか! 神殿騎士様がビーデン村で『 何も思いつかなくても重要 』とおっしゃっていたのは、そういうことなのですね? 異物を取り込んだことを思いつかないなら日常に溶け込んでいるということが分かると」

「そうです」 俺は頷くと続けた。「しかし空気として異物を取り込んだなら肺に異物が集まるか血液に取り込まれ血管内に集まるか……腸には集まらないと考えました。では液体状か粒子状か、と考えました」

「「なるほど」」

 二人は腕を組む。そっくりだなあ。


「異物は液体状か粒子状か……そこでポイント二つ目の『 結合・集合で大きくなる 』が出てきましたが、単純に大便として五センチ程度の形を作っている可能性を考えました。もし液体状ならば腎臓の方に異物が集まる可能性がありますが、大便ならば……液体状よりも粒子状なのかもしれない、と」

「「大便!」」

 そうか、と二人は納得した。

 そう、粒子状の異物が自ら集まるのではなく、体の機能として便を作る際に集めてしまう、ということだ。


「三つ目の魚類の内臓は、聞き取り調査の結果です」

 俺はアルバート少年がまとめてくれた書類を見ながら話す。

「意識不明になった子供たちの食べたものを見ると、兄弟姉妹で意識不明になる・ならないの違いはまず魚を丸ごと食べたかどうかが浮かび上がってきます」

「ふーむ、なるほど……」

「そしてファーヴルの方からも二つ。一つはラーディン領とは異なり、かなり限られた食生活を送っている中で、唯一意識不明になる・ならないの違いは魚を丸ごと食べるか食べないか、でした」

「むう……もう一つは?」

「ある集落ではガーム鴨を飼育していたのですが、ガーム鴨の親鴨が眠ったまま一向に目を覚まさず、ある日気付いた時には子鴨を残して忽然と姿を消したそうです」

「ほう、親鴨が子鴨を残して? なるほど! そういうことか!」


「はい。親鴨は魚を丸飲みしますが、子鴨は主に昆虫や藻を食べるという特徴があります」

 別の集落では、さらに水鳥が減ったという証言も聞いた。だからこそ魚に原因があると思われる。

 だが、魚の『 身 』だけを食べた者は特別何ともない。とするならば内臓に何かがあるのだと思う。


「最後にポイント四つ目の『 魚の中では問題を起こさない 』という点は魚が眠ったまま行方不明になる、という話を聞かなかったからです。実はある寄生虫の生態からヒントを得ました」

「寄生虫の生態?」


 鳥の腸内に存在する寄生虫で、卵を産むと糞ととともに体外に排出される。その寄生虫の卵入りの糞をカタツムリが食べるとカタツムリの中で孵化し、成長とともにカタツムリの脳と目の部分に移動する。そしてカタツムリの行動を操って、鳥が捕食しやすいように鳥の前に出てくる。そして鳥がそのカタツムリを食べることで寄生虫は再び鳥の体の中に入り、卵を産んで子孫を残していく……


「なるほど。鳥の体の中では何も影響しない寄生虫だが、カタツムリの中に入ると問題行動を起こす……か。魚の中では何も起きず、動物の体内に入ると問題を起こす……むう。本当にそんなことが?」

 確かに、にわかには信じられないよなあ。まあ仮説だからね。とラーディン卿が続ける。


「しかし神殿騎士殿。なぜ我が領内では意識不明の大人はいないのだろう? なぜ子供ばかりが? 各家庭ではかなり魚料理を食べていると思うが……例えば魚を全てすりつぶして団子状にした料理などな。大人も相当数が、結果的に丸ごと食べていると思うが」

「そうですね。各家庭がどれほどの頻度と量を食べているか調査しないと、はっきりとは言えませんが、霊力の大きさも影響しているのかも」

「「霊力の大きさ?」」

 そう、霊力の大きさだ。


「今回の意識不明の症状が、『 異物がその人物の霊力を奪い、意識不明にする 』と考えると、子供はもともと霊力が小さいですので意識不明になるまでが早い。大人と同じ異物の量でも、子供の方が意識不明になるまでが早いという可能性があります」

「そうか……とすると、大人でも危ない者がいるのか?」

「可能性はあります。一度イーガン村から全員霊力の状態を調べる予定です」

 そうしてくれ、と領主。


「神殿騎士様。しかしなぜこのような怪異が始まったのでしょうか? 今まで起こらなかったのに……」

 とアルバート少年。うん、もっともだ。

「その通りです。なぜこのようなことが起こり始めたのか……」

「うむ、そうだ」

「魚に原因があるとすると、大河が関わっているのかもしれません」

「「大河が!?」」


「少し時間を頂き検証実験などをした後、大河を遡ってみようと思います」

「検証実験!?」「大河を遡る!?」

「はい。異物が何であるか検証実験を行おうと思います。つきましては、あるものを用意していただきたいのですが」

「あるものを?」

「用意?」

「はい」

 俺は説明し始めた。



 ◇◇◇◇◇



「神殿騎士様! 持って参りました!」

 元気な声でやってきたアルバート少年と兵士が数名。兵士たちは両手に大きな木桶を持っている。木桶の中には大小様々な種類の魚が泳いでいる。おお、美味そうな活きのいい川魚たちだ。

 じゃなくて。

 そう、この領内やファーヴルの民たちがよく食べている川魚を用意してもらった。全部で五種類の魚で、オスとメスだ。


「ありがとうございます。ではこちらの方に」

 机のところに持ってきてもらった。机には包丁やまな板、すり鉢やスリコギなど、調理用の器具が並んでいる。傍から見れば料理でもしそうな状況だが、とりあえず用意してもらった実験用器具だ。

 アルバート少年が興味津々な様子で俺を見る。


「どのように検証実験されるのですか?」

「はい。『 魚の身だけ食べさせる豚 』と 『 身と臓器も食べさせる豚 』に分けて経過観察します」

「なるほど! もし臓器を食べた豚だけが意識不明になったら!」

「そうです。魚の内臓に原因となる異物があると言えるでしょう」

「おお!」

 アルバート少年が喜ぶ。


「しかし懸念材料もあります」

「懸念材料、ですか?」

「はい。全ての魚に異物があるとは言えませんので、もしかしたらその魚にたどり着くまで時間がかかるかもしれません」

「なるほど」

 と俺はまず魚に異物があるか、桶の中で静かにしている魚たちの霊力を調べた。


「ふむ……泳いでいる魚たちの霊力は非常に薄い」

 がこれは普通だ。

 領内の子供たちのように腹部に霊力が集中して全身が薄くなっているわけではなく、元々薄い霊力が全身に広がっているだけのようだ。

 そう、全ての生物には霊力が宿っている。

 その霊力が大きく濃くなると自我が芽生え、心・感情が豊かになるのだが、一般的に食物連鎖の底辺に位置する生物は霊力が非常に薄い。魚も食物連鎖の下層に位置するから霊力もこの程度だろう。


「魚に異常は見られません。ではいったん解剖してから子豚に与えましょう」

「はい!」

 俺は解剖を開始した。




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