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霧の森の集落


これから投稿は1話ずつになります

 

 天高く腕を伸ばす太い枝葉

 枝葉から木漏れる光

 光が入るように剪定された樹冠

 樹冠の下に建てられた複雑な家屋

 ファーヴルの居住棟



 ■コークリットの視点



 ファーヴルの敷地に入るとワクワクしてきた。

 何せ、樹の上に家屋があるから。

 子供の頃、このような家に憧れていたんだ。妖精の住まいみたいで胸がワクワクする。相変わらず顔に出ないけれど。


 ファーヴルの居住棟は五本の樹木を土台に、宙に造られている。下から見上げると、床板が見えるんだが……板の間が乱雑に、デタラメに敷き詰められている。大丈夫かな、あんな乱雑で。重さに弱い部分とかありそうだなあ。


 住居へは階段を使う。蔓草を編んだロープと板で作った木の階段を。五本の幹を螺旋状に繋いだ階段。ギシッギシッと蔓草が俺の体重を受け止め全体に流す音が、何とも申し訳ない気持ちになる。重くてすいませんと。


 樹上に到着。

 おお、そこには左右に通路が走っていて、扉が四つ付いている。どうやら通路はこの居住棟をグルリと一周しているようだ。柵はあるけれど、俺の体重を支えられまい。

 俺が通路に立つと目線より下に屋根の庇がくる。全体的に屋根が低いんだな。その屋根がまた、いい味を出している。不揃いの板をメチャクチャに渡したような乱雑な屋根板。所々に補修の後があるけれど、穴空きも多い。苔むして花が咲いているところもある。

 でもそれさえもメルヘンチックで、胸が踊り出す。住んでみたいな。


「まずはこちらです」

 案内されて廊下を歩むとギシギシ音が鳴って、揺れて! 面白っ! 空中散歩だ! 高さ五メートルくらいかな?

 おお。所々に枝が行く手を遮るように繁っていて、身を屈めて潜り抜ける。

 おお、下を見るとライネル犬がこちらを見上げてる。ふふ、大丈夫だよ。


「この森には、このような集落がどれくらいあるのでしょうか?」

「そうですな……」 前を行く長老が考える。「狩りの時、半径十キロほどで行動するのですが、その程度でも五~六くらいあると思います」

「なるほど。交流はあるのですか?」

「ええ。ごくごく、まれにあります」

「紹介していただけることは難しいでしょうか?」

「なるほど……一つくらいなら何とか。何しろ、めったに人と会わないことを望んで暮らしているような者たちですので」


 そうだよなあ。

 様々な理由から、人の社会から抜け出てきた人々の作った集落だ。当然そうなるよな。この集落の人々は、まだ人見知りでなく友好的なのかもしれない。

 と若い男性が一つの扉の前で立ち止まった。


「まずはうちから」

 おお、味わいのある外壁。壁板は不揃いでデコボコしているところが、温かみがあっていい。そして屋根から幹や枝が飛び出てるところもまた、いい。

 中に入るとリビングで、中央に幹が。いいアクセントだ。

 どうやら一部屋だけの造りらしく、キッチンから何から、まとまっている。ああ、この樹上の家でどんな生活をしてるんだろうなあ。

 キッチンとベッドが一つの部屋にあるって、朝は奥様の料理の音や香りで起きるんだろうか。それはいいな。ベッドで微睡まどろみながら愛する人がキッチンに立つ姿を見る……いいな。


 家の至るところに白い光。作り付けの棚や中央の幹が光っている。

 白いマジックマッシュルームだ。ほう、マジックマッシュルームは太陽光に弱いから、一般家庭では明かりとするには管理が難しいのだが、霧で太陽光が遮られることの多いここではほぼ管理せずに済むようだ。


「私の妻なのですが……」

 リビングの端にベッドが置かれて、そこで寝息を立てている女性が。どれどれ、助けるよ。


「いつからこの状態ですか?」

「つい三日前です」

 とすると、異物が体に入ったのは一週間くらい前だろうか。とりあえず、肩を叩いて呼び掛けてみるが、反応がない。

 では霊視をしてみるか……


「やはりか……」

「ええ? やはり?」

 俺の言葉に不安げな若い夫。申し訳ない。やはり霊力が下腹部に集まっていたから……


「やはりラーディン領の怪異と同様、霊力が下腹部に集まっているため、意識がない状態です」

「「霊力が……」」

「聖魔法をかけて治しますね」

「お願いします」

 俺は女性の下腹部に手をかざして『 異物消滅 』の聖魔法をかけると、今までの子供たち同様すぐに異物が消滅した。同時に下腹部に集まっていた霊力が頭や心臓に戻っていく。


「うう~ん……あれ!? 皆どうしたの? えっ!? 誰!?」

 奥様が意識を取り戻すと、集まった面々に驚いて、さらに見知らぬ俺に驚いている。

 俺は簡単に自己紹介すると、今までの経緯を説明した。


「そ、そうなのですか……三日も寝ていたなんて……」

「体に入った異物が影響しているようなのです。侵入経路はおそらく口から摂取したもの、という線が高いです」

「口から摂取……」

「お前、変なもの拾い食いしたんじゃないのか!?」 と心配する旦那さん、オイオイ。

「失礼ね! するわけないでしょっ!?」

 見かねた長老が口をはさむ。


「ということは、食べ物か飲み物か……ですか?」

「そうです。おそらくは食べ物の方で、大きさは霊視する限りは親指の爪くらいから直径五センチほどだと思います」

「「親指の爪くらいの……」」

「「直径五センチほど……」」

 奥様は考え込んだ。まあ確かに、そんな大きなモノを飲み込んだらさすがに分かるからなあ……たぶん全くもって心当たりがないのだろう。

 でもそれもまた重要な情報だ。

 俺の考える『 仮説 』の裏付けになる。

 俺は質問を変えた。


「食事はどのようなものを食べられていますか?」

「食事……ですか?」

「そうですね。主食は芋と穀物で、主菜は魚や貝が多いでしょうか。月に数回ほどローグ猪やレイル鳥などが獲れますので、肉も食べます」

 ローグ猪は、体高二メートルを超える大猪で樹海や山海、さらには平野の草原地帯にも広く分布している。保存が効きやすいのが特徴だ。


「ローグ猪やレイル鳥を、発症前に食べましたか?」

「はい、食べました」

「どのように食べましたか?」

「はい。だいたいいつもスープにして食べます」

「どの部位の肉でしたか? 内臓かそれ以外か……」

「部位はどこかしら……燻製肉なので内臓以外の部分だとは」

 なるほど燻製肉か。

 聞くとこの集落では、皆で狩った動物を燻製にして長期保存できるようにしてから、均等に配分して分け合うらしい。どこを配分されたかは詳しく分からないが、内臓系ではないことは確かだという。そう、栄養豊富な内臓系は、新鮮なうちに食べ、それ以外は燻製にして長期保存するのが一般的だ。


「内臓の方はいつ頃食べられましたか?」

「もう一ヶ月以上前だとは……」

「燻製肉の中にいつもと違うモノがあった記憶はどうですか?」

「いえまったく。元々燻製肉は薄く切っていますし、異物があったらすぐ分かりますので」

 まあそうだろうな。よし、では次だ。


「芋や穀物は集落で作っているものですか?」

「そうです」

「ラーディン領の村に売ったり、買ったりは?」

「滅多にないですね」

「芋や穀物の中に異物を感じたことは?」

「ありません」

 ふむふむ。では次の質問だ。


「魚や貝は、すぐ先にある貯水池で養殖しているものですか?」

「そうです」

「小川が流れていますが、大河と繋がっていますか?」

「ええと……どうでしょうか?」

 奥様は首をかしげる。

 小川は川幅でいうと三メートル程度で深さは膝下くらいのものだろうか。千里眼で見てみると、森の下で、樹木や岩を縫うように分岐し、蛇行して流れている。

 ラーディン領と繋がりがあるとすれば、川だな。

 皆に振ると、その問いに答えたのは長老だった。


「ううーむ。どちらかというと湖に繋がっていますかな」

「湖?」

「はい。霧の森は元々至る所に泉や池があるのですが、北西の方向に湖沼地帯がありましてそこに繋がっています。まあもっとも、その湖も別の湖と繋がっていて、結果的に大河にも繋がっています」

 なるほど、湖沼地帯か。

 俺はまだ上空の千里眼を維持して待機させているので、ちょっと偵察させてみるか。


 眼下に白い霧が立ち上ぼる雲海のような光景が広がる中、さらなる高みへ上ると霧の森の果てが見えてきて、やがて緑の海原が世界に広がって行く。

 こう見ると、霧の森は大樹海の極々一部に過ぎないんだなあ。

 ああ、鮮やかな深緑の海だ。

 でも樹海と言っても至るところが虫食いで萌木色の丘や平原があり、峻険な岩山が飛び出たりと、世界の大きさに胸がワクワクする。


 千里眼は雲の高さまで到達すると。おお!

 おおお!

 霞む地平の彼方に、森が開けて広大な青い世界がある。

 青い理由は、空の青さを映す湖群が広がっているからだ。

 ここに繋がっているのか。直接的にではないが、確かに繋がっていると。しかしそれはラーディン領にも言える。

 と話を戻そう。


「魚や貝はどのように調理されますか?」

「焼いたり煮たりが多いですね。貝はスープにもします」

「魚や貝を食べた時、違和感はありませんでしたか?」

「違和感……特には」

 俺は千里眼で見た貯水池の魚や貝について質問した。

 貝は二種類。手の平サイズの大きな二枚貝とサザエのような大きな巻貝だ。これらの貝はラーディン領の村々でも見た。


「貝はかなり大きいですね。二枚貝がありますが、ここに真珠のように何か異物が入っていたことは?」

「真珠……?」

「海にいる貝の例ですが、その貝が異物を取り込み真珠という宝石を作ることがあります」

「そうなんですね。でもそういったものはなかったです」

「貝殻はどうされますか?」

「もちろん捨てています」

「誤って破片を飲み込んでしまったなどは?」

「ありませんでした」

 ふむ、やはりそうだよな。貝殻の破片を飲み込むなど、こうも多人数で誤飲が頻発することはない。


「巻貝はどうでしょう? その身には砂が入っていたりしますが」

「そうですね……砂はたまにジャリッとしたことは……」と夫を見る。

「そうだな。俺もたまにジャリッとしたが、そんな親指大なんて大きくないよな」

 それはもっともだ。続いて魚だ。魚も大きいものから小さいものまであるな。


「魚は主に焼いたり蒸したりですか?」

「そうです」

「魚の内臓も食べていますか?」

「はい、食べています」

「そういえば、俺は嫌いだから食べてないな」 と旦那がつぶやく。「それじゃないのか? 俺の残した分まで食べるだろ?」

「食べるけれど……でもさすがに爪よりも大きな異物なんて絶対ないわよ。小骨でさえ口の中に入ったら気づくでしょ?」

「ああ~、まあそうだな」

 そう、小骨でさえ口に入ったら吐き出す。ましてや親指の爪から五センチくらいのモノを飲み込んだら、さすがに分かるだろう。

 そんな大きなもの、飲み込むわけがない……

 それでも、いつの間にか体の中に異物がある。しかも全員下腹部に……

 そこから考えられる仮説がある。

 今は一つでも情報を多く集めよう。そしてラーディン領で今アルバート少年が集めている情報と合わせて、次の段階へ進めるのだ。


「ありがとうございました。では次の方の元へ案内していただけますか?」

「はい。分かりました」



 ◇◇◇◇◇



 この集落では子供四名と成人男性一名が意識障害を起こしている状態で、霊視すると全員が同じ状態であった。すなわち下腹部に霊力が集中していて、異物消滅の魔法を使うと意識が回復するという状態だ。

 意識を回復した皆に確認すると、全員が「異物を口にした記憶はない」という。

 そして食事もまた、発症前は配分された燻製肉を食べ、集落で穫れた作物を食べ、養殖した魚や貝を食べた。ほぼ、皆同じものを口にしている。

 この症状が出ない人との違いは、あえて挙げれば「魚の内臓を残す」ことくらいだ。


 魚の内臓か。

 しかし食べた魚の内臓には親指大の異物はなかったという。


 俺はその後、近隣のファーヴルの集落を回った。

 おおむね五キロ程度の距離を取りながら、三~七世帯程度の小さな集落が点在していて、森に、自然に溶け込むような生活を謳歌していた。

 豊かな生活とは、人それぞれなのだと、価値観とは人の数だけあるのだと知った。


 そしてファーヴルの人々の人柄もそれぞれだった。

 最初の集落のように自然との共生を目的に暮らしている人々は、警戒しながらも話を聞いてくれた。

 しかし基本的には閉鎖的な考えの人々が多く、中には「お尋ね者」であったり、人間から迫害を受けてやむなく森へ逃げてきた「半妖魔」もいた。

 半妖魔とは、猪頭人オーク犬頭人コボルトが人間の女性を乱暴し産ませた妖魔の血をひく者で、妖魔からも奴隷のような扱いを受け、人間からも迫害を受ける悲しい存在のことだ。

 その半妖魔もそうだった。


「ガエッデグレ!」

 崖上の洞窟から姿を見せずに叫ぶ声。

 オークより一回り小さく、オークよりも人の顔に近い人物が千里眼で見えた。

 ハーフオークだ。

 彼が掘ったのだろうか、それとも元々あったのだろうか、上手く出入り口が隠された洞窟だ。少し先に滝があってそちらに目が行くから、尚発見しづらい。

 千里眼で洞窟の中を見ると簡素な棚が置かれて、獣の毛皮の敷物が敷かれ、歳を取った女性が意識なく眠っている。

 年齢からすると、もしや。

 母親だろうか。

 俺は洞窟を見上げて呼び掛ける。


「助けられます。回復魔法をかけさせてください」

「ウルザイ!」

 助けられる、助けたい!

 そう説得したが、信じてはもらえなかった。

 彼らの人間への不信感はこんな短期間ではぬぐえなかった。


 無力だな、俺は……


 でも精一杯のことは伝える。これから行方不明になるかもしれないと。

「また来ます! ロープで自分の体を結わえて、すぐに気づけるようにしてください!」

 千里眼で見た彼は、涙を流しながら女性の頭を撫でる。彼にとって恐らく唯一の肉親。そうでなくても、共に生きてくれたかけがえのない人。


 お願いだ!

 俺の言葉を信じてくれ!


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