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弱酸性スライム ~異世界不思議生物観察記 第2020回~

作者: 葵零一

 美しいせせらぎの響く川辺。その岩場の苔むす辺りに、その『物体』はいた。

 水を押し固めて作ったような、無色透明の丸い体。バスケットボールほどのサイズの、水餅のようにも見えるゼリーの塊――

 湿った岩の上をナメクジのように這うその物体こそが、『弱酸性スライム』である。


 その生態を一言で表すならば、『人畜無害』だ。

 常にゆっくりと動き続け、たまに足元の草の汁を、枯れない程度に吸う。ただそれだけだ。

 捕食者ではないし、天敵となる動物もいないので、特に生態系を荒らすことはない。害虫と違って、基本的に民家にも上がり込んでこないし、病原菌の媒介となることもない。


 我々の世界では見られないような、ファンタジーな世界ならではの面白い生き物である。

 ということで、今回はこの『弱酸性スライム』を追っていこうと思う。





 弱酸性スライムは、ゼラチン状の身体を押し進めている。

 その足取りは遅く、並走しているカタツムリにすら追い越されていた。そう、三時間は経ったが、未だに川辺から移動できていないのである。

 生物としては致命的なのろさだが、捕食者はいないのだから問題はない。そもそも生物なのかすら、我々の知識では解明できないのだが。


 ……それにしても、凄まじく遅い。このスピードに張り合えるのは、我々の世界ではナマケモノぐらいのものではないだろうか。

 どんなに粘り強い人間でもあくびをしてしまうのではないかと、そんな風に思えるほどに時間がたった、その時――

 ようやく弱酸性スライムに、変化が起こった。


 スライムは、宙に浮いた。

 そして同時に、その透明な体にも変化があった。肌色の手のひらが、映し出されていた。

 そう――弱酸性スライムは、人間に両手で掴みあげられたのだ。


 弱酸性スライムを持ち上げたのは、現地の女の子であった。

 スライムの身体は意外と弾力があるらしく、人間が力を入れて持ち上げても崩れない。

 そして小学校中学年ぐらいに見えるその少女は、スライムをそのまま持ち去っていった。


 女の子がやってきたのは、人間たちの村であった。家屋は木造のものばかりで、畑の面積が多い。

 どうやら川は村の近場にあったらしく、到着までさほど時間はかからなかった。スライムの歩みであれば、かなり時間はかかっただろうが。

 女の子が村の中を歩くと、村人たちはその胸に抱えたスライムを一瞥しては、それ以上の反応を示さずに各々の仕事へと戻る。


 やがて、ある家に近づいた女の子は、そのすぐそばの畑で作業をしていた夫婦に声をかける。


「ねえ、これ飼っていい!?」


 そして両親と思わしき夫婦は、顔を見合わせると――


「元いた場所に帰してきなさい」


 無情に返答した。





 女の子が駄々をこねた甲斐もあって、弱酸性スライムは家のそばで飼育されることになった。

 女の子の一家は、スライムを拾ってきたことなど忘れたかのように、夜になるまで家の中で団欒を楽しんでいた。

 刈った雑草を適当に与えられたスライムは、朝まで草の上でうねっていた。


 そして翌日、女の子は外にいる弱酸性スライムを見て首を傾げた。

 なぜならば、そのスライムは女の子にとって、『初めて見るもの』であったからだ。

 そう――弱酸性スライムは、草の汁でほんのりと緑色になっていた。


 女の子はスライムをわざわざ捨てに行くことはなかったが、『自分の』スライムを探して村中を歩き回った。

 当然見つかるわけもなく、次に女の子は川辺へと再び立ち寄った。

 そこにはスライムがいたが、それは女の子のものではなかった。ほんのりと、赤かったからだ。


 結局見つからないまま家に戻ると、緑色のスライムはいなくなっていた。

 だが、今度は茶色く濁った汚いスライムがいた。思わず女の子は首を傾げた。

 それを見た父親曰く――


「手を洗うのに使ったよ。べたべたするけど、便利だね」


 とのことだった。女の子は謎が一つ解けたかのように「ふーん」と頷いたが、結局『彼女の』スライムは見つからなかった。

 その日の捜索を諦めた女の子は、『野良の』スライムに手を突き入れると、その体内でじゃぶじゃぶと手を洗った。

 抜き取った手は土や砂の汚れが取れて綺麗になっていたし、皮脂もある程度分解するのでさっぱりしていた。でも、粘液でべたべたになっていた。


 弱酸性スライムは、砂のような不純物を少しずつだが排出できるので、砂利を突っ込まれたところで特に問題はない。

 しかし結局、『彼女が飼い始めた』スライムが見つかったのは、翌朝のことであった。





 女の子の飼っていたスライムは、三日もすると村中に認知された。

 娯楽の少ない田舎社会では、どんな些細な情報でもすぐに伝わるようだ。

 そして一週間も経てば、弱酸性スライムは公衆手洗い場になっていた。べたべたするから、結局その後に汲んできた水ですすいでいるようだが。


 しかし、二週間たったある日、女の子は行方不明になった。

 同様に姿を消した人間がこれまでに何人かいたので、村中で大騒ぎになった。

 今までは原因が見当もつかなかったので打つ手がなかったようだが、今回いなくなった女の子の周りには、明確な『変化』があった。


 ――そう、弱酸性スライムは、『容疑者』になってしまったのだ。

 奇しくも、他の村人が消え始めたのも、弱酸性スライムが村にやってきた時期と大体一致していた。

 村人たちは初めこそスライムを無害なものとしてみなしていたが、『危険なスライムもいる』という噂だけは知っていたので、疑いの目はやがて弱酸性スライムに向いた。


 スライムは、喋ることなどできない。それどころか、意志や思考と呼べるものすら持っていないので、嫌疑を晴らすことなど不可能であった。

 結局村人たちの想いは一つとなって、弱酸性スライムは村を追い出されることになった。

 それが決まると村人たちの行動は早く、大勢に木の棒で突っつきまわされて、村の外まで追いやられた。その中には、女の子の両親もいた。


 弱酸性スライムは、村とは反対の方向へと這って行った。

 その歩みは、恐ろしく遅かった。





 それから三週間が経ち、弱酸性スライムは川へとやって来ていた。

 その川は、弱酸性スライムが女の子に拾われた川であり――つまり、紆余曲折あって戻ってきてしまったのである。

 本能で動いているだけの生き物なので、仕方がない。そもそも生物であるかも、我々にはわからない。


 弱酸性スライムは、そんな中で二日ほどは川の近辺でうろちょろとしていた。

 しかし、村人は一人としてやってこなかった。貴重な村の近くの水源であるにも関わらずである。

 そして、やってくるはずの人間たちの代わりに、のそのそと這い寄ってきた『物体』があった。


 ほんのりと赤みを帯びた、ゼリー状の物体――

 そう、スライムである。しかし、『弱酸性』のスライムではない。

 『強アルカリ性スライム』である。


 強アルカリ性スライムは、弱酸性スライムと違い、人を捕食する。

 人間を足元から丸呑みし、下から段々と肉を溶かしていき、最終的には白骨死体を作り出す。

 一度足を呑まれたら最後、まとわりついて放さないし、引きはがすことも殺すこともできない。


 そんな凶悪なスライムが、無害な弱酸性スライムと出くわした。

 ……かといって、何かが起こるわけではない。特に敵対しているわけではないので、お互いに何も行動を起こすことなく別れるだろう。

 ――そう、通常ならば。


 しかし偶然にも、弱酸性スライムと強アルカリ性スライムは、数時間にもわたる移動の末にかち合った。

 互いの移動先に、それぞれが行く手を阻んだのだ。

 相当にレアなケースだが、こうなればスライムたちの行動は一つである。


 二体のスライムは互いの身体を押し付け合う。

 おしくらまんじゅうでもするかのように、強く押し付け合う。まるで「お前がどけ」とでも言わんばかりにぶつかり合う。

 そして、激闘の末に二体のスライムは混ざり合い、新たなる『個』が誕生を迎える。


 ――スライムたちは融合した。

 その性質は、若干中和はされたものの、『強アルカリ性』である。

 優しかった弱酸性スライムの手触りの良さは、もう無い。


 新たなるスライムは歩みを進めた。

 ゆっくりと、何時間もかけて進んでいく。


 そうして川のほとりまでつくと――スライムは水流の中へと身を投げた。

 透明な水が、血で汚れた赤の身体を洗い流す。

 やがてスライムは原型を保てなくなり、清流の中へと消えていった。

 本作のテーマとしては、汚らわしいものは全部洗い流して、気持ちのいい新年を迎えようというものでした。

 皆様、大掃除は終わりましたでしょうか? 私は全然やってないです。

 それではよいお年を。

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