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ウメコのテンプル 並行世界の風水導師  作者: うっさこ
災難からの逃避 B
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社屋屋上からの夜景

「歌、だね。」

 アキサダが立ち上がり、流れ込んでくる音に興味を示す。


「なんだ、それは?」

「行こう。ナッキー。」

 アキサダは亀に飛び乗る。音のする方を手で示している。


 興味を感じないわけではない。眠っている亀に意識を働きかけてみる。

 身体に重さを感じるが、動けないこともない。少し無理をさせることになるが。


 地面を滑り、アキサダと駆ける。

 亀を手繰り、薄暗くなりつつある、人の住処を征く。


『夏樹の運転には、同伴したくない。無理に他の車を追い越そうとする。』

『怖いか、秋定。』


『わざわざ運転の腕を見せつけようとする、というのはどうなのかな?』

『それは、私ではなくむしろ冬巳だろう。』


『冬巳はバイクだから、一緒に乗ることはない。』

『そうか?ハルタが後ろにしがみついて居るのを見たことがあるぞ。』


 以前もこんな事があった気がする。いや、それはまた何かの夢か幻だろう。


「前にもこんな事があったね。覚えてないかい?ナッキー。」

 それを即座に否定するように、アキサダが思考に言葉を被せてくる。


「どうだかな。」

 音は驚くほど遠くから静かに流れ込んでくる。人の住処が静まり返っているのと反するように。


 だが、それほど距離があっても、耳障りで不快感という気は全くしない。

 音に近づいていくに従ってむしろ優しさや、暖かさのようなものを感じる。


「いい、歌だよ。」


『ラジオというのは好かんな。』

『夏樹は、音楽は嫌いかい?運転中は静かな方が良い方?』


『あまり聴いたことがない。いや、違うな。聴いてこなかった。』

『そうなんだ。うん、いい曲だと思うよ、この歌。』


「そうだな。いい歌だ。悪くない。」

 自分の声と、何処かで浮かぶ幻が、音を重ねる。


 横でアキサダは機嫌良さげに手足を動かしている。

 そんなアキサダを横に感じながら、亀を手繰るのは悪い感じはしない。


 音が近づいてくる。何処までも遠くまで届く音、とは明らかに変わる、接近感。


「そうか、社長が唄っていたのか。」

「この音を、社長が奏でているのか。人のなにかの習性か?」


 地を滑り、その場へとたどり着く。周囲には同胞たちの姿も同じ様に見える。

 この音に引き寄せられてきたのだろうか。空を駆けるフユミの同族の羽虫が多く見える。


「そうか。皆も同じなのか。よかった。」

 アキサダは辺りを見て言う。


 羽虫たちの一部が妙な素振りを見せ始める。羽を広げ、何かをしようとしている。

 それをじっと見ていると、やがて月の光のように淡く光を放ちだす。


「フユミの真似事か?いや、少し違うか。アイツのような派手さはない。」

「そうだね、でも歌にあってる。」

 そのアキサダの言葉は、何処かで聴いた気がした。


『また、その曲を聞いてるのかい?』

『お前がいい曲と言ったのだ。』


『うん、確かに。言った記憶がある。けれど勿体ない。』

『休憩の正しい使い方だろう。』


『そういう意味じゃない。折角屋上に居るのだから、風景を見ないのは勿体ないだろう。』

『曲を静かに楽しみたい。』


『そうだね。でも、この夜景はその歌のBパートにあってる。そう思わないかい?』


「ああ。連中も、この歌に必要なものが解るようだな。」

「ナッキーにも解るのかい?」

 笑いながら、アキサダがこちらを覗き込んでくる。


「お前が教えてくれたんだろう、この歌のBパートは屋上からの夜景が似合うと。」

「そうだったね。」

 だがあの時、私は思ったのだ。夜景よりも、何よりも。


『君の姿 照らす明かり 落とす影 思い出しても描けない面影』

『ただひとつ 嘘の絵の具で 描き足すなら』

『私の顔を笑顔にしておこう 幸せなように』

 そうやって、私に足りないものを描き足してくれる、アキサダの笑顔が一番似合っていると。

 それを知って、頬が緩む、自分がいるのだと。


「この曲は君がいつも聴いているのだから、SNSの皆、古い歌なのに覚えてしまったのさ。」


「そんなに古い歌だったのか、この曲は。」

「それはそうさ。生まれる前からある曲だからね。前衛的だったけれど。」


 私は『人間だった』。それを、おぼろげながら思い出す。


「さっきの話、まだ悩んでいるかい?ナッキー。」

 アキサダが言わんとしていること、伝えたかったこと、笑っていた理由。


「いや。もう解決した。」

 アキサダは先に『思い出していた』のだ。それだけの事だったのだ。


「人は、血も涙もない、情のない生き物だと思うかい?」

 そして受け入れれば、すぐそこに答えがある。


「そういう奴も居るかもしれん。が、私には縁のない話だ。そうだろう、秋定。」

「それが正解、かな。夏樹。」


 社長の歌はいつの間にか終わっていた。

 しかし未だ、羽虫たちは蛍の様に蛍光を灯し飛び交っている。


「一体何時から、思い出していたんだ、お前は。」

「二晩前。あのキノコと酒精の毒でやられた時さ。」


「お前は虫になっても、酒に弱いのか。」

「それは関係ないさ。知っているだろう?」

 アキサダは笑っている。


「やはり、アイツらもそうなのか?」

 光りながら飛び交う羽虫たちの姿は、まるでアンコールを願う観客のようだ。


「皆、思い出すのは時間の問題だろう。ちょっとの間、夢を見ていただけさ。」


「笑えない夢だ。しかし、現実の方が笑えない。」

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アマテラス干渉システム Chimena
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