屋台の香りに連れられて
「張り紙の事件について、ですか。あ、こちらが今回の依頼料です。」
翌昼、遅く起きた私は日が昇りきる前を見計らって役所を訪ね、昨日の遺体処理の料金を受領した。
ずっしりと重い。遺体の処理はそこそこ資金になる。燃料費とその時間を思えば、これでも安いほうなのだ。
「ああ、あの話ですね。お知り合いに行方不明の方でも?この時期よくあるんですよ。」
「原因不明の遺体やら、消息不明やらがですか?さ、さすがにどうかと思いますけどー。」
出納係の所員の気安さに、この街の印象が何ランクも低下するのを感じた。
どうかと思う。人がいなくなる、人が死んでいる。
この世界は確かに開拓された文明ではないし、魔法やら魔素やら、私にもよくわからない事が多いが、それなりに役所の人間は住民を守るための調査や対策の義務があるのではないだろうか?
「担当の係が異なるので、話を熟知しているわけではないのですけれどね。そういえば導師様は最近こちらにいらしたんですよね。なら知らなくても当然かな。」
「そうですねー。まだこちらに来て三十日ぐらいかな。近くで情報集めながら来たわけでもないですしー。」
この地方の時期柄の問題という事でアタリだろうか。そう考えるなら、やはり張り紙に対して住民が淡白な反応であったのも頷けるのだが。
「その関連ですと、そうですね。今、遺体調査中の案件が二つありますね。明日にも遺体処理案件として導師様や他の方に依頼開示されると思いますよ。」
仕事がある、つまり稼ぎ時なのだけれど、割とボロい仕事だとは言え、1日に何件も請け負いたくはない話である。
「ちゃんとした原因がわかっていないのはそうなんですけれど、一種の災害のようなものとしてこの辺りでは理解されていますね。曰く、山の魔素にやられた。曰く、山に呼ばれた。曰く、山の神の怒りに触れた。」
「そ、それって大丈夫なんですか?毎年?」
私が生まれるよりずっと前、日本にもそうした山岳信仰のようなものがあり、山で遭難したり、行方不明になるという事件は、文明の発展途上にないわけではない。
「毎年この時期に特に多いですね。多いのは山で獣を狩る猟師さんなんかですけれど。他には、薪を集めに出た子供や、山の幸を集めに出た女性、材木を切りに出た木こりさんなんかだと、一人で出ることもないので、皆さん無事に戻ってきますけれど。」
「山の一人歩きが危険ってことですかー?獣に襲われ、るのならば、痕跡がわかるかなー。」
「そうですね。行方不明になって数日後、恐らく飢えか冷えで亡くなられる感じで見つかりますね。見つからないままの人もそれなりに居るんですよ。」
成程。この街の東側にはそこそこ大きな山があるけれど、範囲も広く遠目から見るに大きな木も多い。そこからの幸は確かに、リスクとリターンを持ち合わせていそうだ。
「大体は亡くなって見つかってしまうので、諦めてしまうのですね。たまに大規模な捜索隊が組織されるのですが、その成果もむなしく、見つからない、遺体を発見という事ばかりで。」
「この時期に特別、発生するというのはどういうことですかー?」
「あ、それはですね。ほら、寒い時期が明けたばかりでしょ。山の麓に近いほうの枯れ木や薪の材料が結構早い時期に無くなってしまうんですよ。だから、山に入る人は深くまで潜ってしまうっていう感じでしてね。」
そういう事かと腑に落ちる。木の実や山菜も同様なのだろう。また足で踏まれ、獣道が踏み慣らされれば、動物も寄りにくくなるし、野草の浸食も緩やかだ。
「そういうことですかー。山に入らなければ大丈夫そうですね。」
山は怖いのだ。日本にいたころもちょくちょく遭難事件が起こっていたりした。
間伐を怠った山は、熟知した猟師であっても、自分のいる場所を見失う事があるなんて話を聞いたことがある。所有主の高齢化や不在で放置された山が、間伐もされずに社会問題になっているという話も聞いたこともある。
「もし山に行く必要がある際は、必ず、熟知された方を含めた多数で入ってくださいね。お一人で入らないように。結構多いんですよ、外からいらした方の被害も。」
危ない危ない。聞いておいてよかったかもしれない。確かにそう、それならあの張り紙も、それに対しての反応も納得がいく。
あれはちゃんと「外向き」の情報なのだ。ちゃんと理解して読まないとこの違和感に捕らわれてしまう。
「でもですね。ここだけの話、この時期の山のキノコは美味しいのですよ。それはもう、他の時期より一段と。高くも売れるので、山に詳しい方も結構狙って採りに出かけているのです。それを見て、或いはそのキノコを食べて、毎年、山に呼ばれてしまう方は街の住人でも少なくないんです。」
キノコか。
私が住んでいた世界ではシイタケやマイタケなど、栽培技術が確立していない時期には相当な収入になったと言われていたのを思い出した。
マイタケの名の由来は見つければ「舞うほどに嬉しい」というのが語源とも言われている。
この世界特有のキノコもきっとたくさんあるんだろう。見かけたら食べてみよう。焼くのもいいし、煮るのもいい。ただ、毒キノコもあるのは間違いないはず。それは気をつけねばならない。
報酬を受け取り役所を後にして、ぶらぶらと飲食屋台街へと足を向ける。
丁度昼時だ。良い匂いが流れてくるのを感じる。焼いた肉の臭いだろうか、それともキノコの香りだろうか。ああ、キノコの汁物が食べたくなってきた。
この時期のものが美味しいと聞かされれば尚更だ。
ふらふらよたよたと、良い匂いに誘われたのか歩いている猫を追い越して、人混みを突っ切って、私は屋台街に駆け込む。
職人たちの昼のかき入れ時もそろそろに違いない。目移りしているとめぼしいものはなくなってしまうに違いない。
「おじさん、その焼いた串を頂戴なー。漬けだれは選べるー?」
焼き鳥に似た焼き串の匂いに引き寄せられるように、私はそこへ飛び込んだ。
甘くても辛くてもいい、タレなしなら塩でもよさそう。焼かれた串が滴らせるその汁の焼ける匂いが最大の誘惑だ。
その後、私は四件を梯子して、肉とキノコ、玉ねぎもどきにレンコンもどきをたらふく腹に詰め込んだ。
これも、お給金の最高に贅沢な使い方の一つだ。