社屋内の最前線
今日も陽が落ちる。夜がやってくる。ここからの時間は小さき者たちの時間だ。
「アキサダ様、時間です。」
人に比べれば小さいが、それでも小さきものたちからすれば巨躯といえる「亀」。
ナッキーが連れてきたその亀は、夜の街を餌を求めて歩き出す。
昼の内に集めた情報をもとに、ナッキーとその同族を連れ立って、動き出す。
それを見届けて、その巨躯が隠していた地面の草をかき分けて進む。
土の中に大きな巣を作る類の小さきものたちもいる。
この穴もそんな一つだった。
土をかき分け、崩れた道をかき分け、仲間を連れて潜っていく。
土の中も安全というわけではない。
土の中を掘り進む巨躯の持ち主もいる。そういった生き物は脅威に他ならない。
ただ、幸いなのは、我々はもう空腹を抱えて生きていく必要はないという事だ。
そういった影、そういった音、巨躯ほどになれば、その体から発する様々な情報が、少なからず前もってもたらされる。
今の我々の足であれば、逃げ延びる事は難しい事ではない。
「また崩されていますね。」
昼間のうちにこうして道は崩されている事が多い。仲間と共に土をかき分ける。
ハルタやナッキーの様な巨躯のものを得ようと思った事は確かにある。
もっとも、こうした土の中の生き物はそれに適さないと考えている。
奴らは飢えている。
とにかくひたすらに、土の中の少ない餌を求めて走り回っているか、そうでなければ寝ている。
人の世界を走るのには不向きだろう。
「始めよう。」
土の中に埋められた木。人によって削られて、その中に死骸となった人が隠される。
そういう現場に遭遇した仲間の情報から、周辺を捜索し、こうした穴を幾度も整えながら、我々はそれらを発見していた。
この人の亡骸は、今も生きている。正確には亡骸ではない。
ただ、その頭にはキノコが深く根付いている。
人としては死に、キノコとして、キノコを育てるために、キノコに生かされている。
キノコはそうして仲間を増やす。大きく膨らみ胞子をまき散らす。
社長の元へ届けられたような巨大なものになるのは稀で、多くは菌床として小さいキノコを大量に生み出す。
目の前にあるのは、稀な方だ。
その違いはここに入れられる前に行われた、「何か」の違いだろう。
或いは、体に胞子を取り入れたのか、体に胞子が付着したのかの違いもあるかもしれない。
こうして木の中に入れられた人の亡骸でも幾種類かに分かれている。
その違いも分かってきている。
傷や、体の中の異常の少ないものは、頭の奥に大きなキノコができている。
「動かせそうか?」
「やってみせますよ!いきます!」
仲間の数匹が亡骸の中に潜り込む。ようやくここまでこじつけたのだ。
失敗するわけにはいかない。
「体調が悪くなったらすぐ戻れ。自力で動けなくなるまで無理をするな。」
伝令に呼びかけ、追わせた矢先に、仲間の1匹が伝令に伴われて引きずり出されてくる。
すぐに駆け寄り、その症状を確認する。
「キノコの毒だ。今度のは手強いな。暫くは寝かせておくしかない。」
「再度、無茶をしないように徹底させます。」
このキノコの毒は、主に眠気や痺れ、無気力感などを起こさせる。
近寄ったり、危機を感じると大きいものほどより強い毒を出す。
しかしそれにも限度はある。
仲間が交代を繰り返しながら、亡骸の頭のキノコに向かっていく。
辺りに倒れこんでいる仲間も増えてきた。ただ暫く寝ていれば回復する。
我々の中のキノコが毒を消していくのだ。
この体のキノコの力には差がある。回復が速いものもいれば、遅いものもいる。
「キノコの毒が弱まってきました!」
伝令が戻ってきてそう伝える。そろそろだろう。
「アキサダ様、すみません。すぐ戻ります。」
「もう少し休め。無毒になってからが本番だ。」
最初に毒にやられた仲間がよろよろと起き出す。
キノコの毒が抜けきらないと、自分自身さえもままならないのは誰もが知っている。
「動きます!」
伝令が戻ってくるなり、人の亡骸が動き出す。
こうなれば、頭のキノコはこちらにとって、人という巨躯を動かすのに力を貸す生き物になる。
一度仲間を集める。人を動かす事はできそうだという段階にもう来ていた。
まだ毒が抜けきらず動きを止めている仲間もいる。
そうでなくても、それを隠して無理をするものが多くいる。
「昼間の作業ではどうだったのだ。」
「キノコを一つ無毒化しました!」
そんな予感はしていた。
キノコが手強かったのではなく、昼間の毒が抜けきっていない仲間がいたのだろう。
「無理はしなくていい。我々の役目は仲間の一番後ろを守る大事な役目だ。無理をして倒れたら、誰かが助けてくれるとは限らない。最後だからこそ、何があっても仲間を守れるように万全でいなければいけない。」
「しかし、もうあまり時間がないと聞いています。社長にもしもの事があれば。」
昼間の話を噂話でも聞いたのだろう。
そうでなくても、フユミの姿に憧れるものも少なくない。
「フユミにはそれを支えるハルタがいる。仲間には、それを支える仲間が要るんだ。社長はフユミとハルタが支える。それを一番最後まで支えるのが我々だ。我々の役目だ。大事な事なんだ。」
ナッキーやその仲間は特別だ。あれはその時々で一番必要な事を考え、一番必要な事をやる。
だからそのナッキーたちの分も、仲間を支えられる備えが必要だ。
我々の後ろには誰もいない。動き出したら我々もまた「先頭」なのだ。




