資材部長のデスク
「アキサダ様。」
促され、振り返る。響き渡る声は、どうやらフユミかハルタの集団だろう。
「もうすぐ終わる。」
あれは酒精で間違いない。
キノコは酒精に触れると防衛反応から毒性を合成する。それについては事前に報告からも想定が出来ていた。
問題はフユミだ。
ナッキーがそそのかしたのもあるが、これでは揮発した酒精があちこちに充満する。
考えなしに肉を焼けば、確かに酒精は飛ぶが、見えなくなるだけ、かえって問題が増す。
肉の中で焼かせないようにしておくべきだろう。
千切り掘り返した肉を運んで、外で焼かせた方がいいだろう。適任の同類が居たはずだ。
数は確保できるだろうか。
「見つかったのか?」
「その様です。」
冷や冷やしたものだ。
まさかフユミがあの場で散布された胞子ごとキノコを焼くとは思わなかった。
事前にそれを予測するというのは流石に無理がある。
幸いしたのは人の住処ごと燃えなかった事だ。
キノコの胞子は燃えたが、ある程度の大きさのキノコは燃えながら水分を手放したのだろうと考えるが、これについてはまだ調査と確認が必要だ。
「部位はやはり頭か。」
フユミやハルタが潜ったあたりから考えると、ほぼ確定だろう。
となるとあの惨状の後もあのキノコは生き残っていた様だ。
あの時噛み破って進んだ僅かな隙間を埋める様にしてさらに大きくなったかもしれない。
無事生き残っていてくれたのならば問題はない。あの大きさなら十分だろう。
「これ程の大きさとは。どうだ、アキサダ。」
「大きさはこれでもまだ小さいかもしれない。」
実際には十分な大きさだろう。
ただこの大きさで人が何らかの調査ができるかどうかはギリギリだろう。
何か糸口になる要素を残しておいた方がいいかもしれない。
どの程度作用をしていくのかもあの人の大きさではわからない。
「ナッキー。なぜフユミを焚きつけた?」
「毒の肉の件か。匂いで気が付いたのだ。人が肉を焼く前の有様に似ていた。」
確かな調べの前に直感で動く類は今まで幾度も命を危険にさらしてきたはずだが、不思議とナッキーの場合はそれがない。そしてそれを恐れる節もない。
これは不思議な奴だ。その点はフユミと大分違う。
失敗への恐れという意味では、フユミは大きく左右される。
「フユミは今までと同じくああして前を走らせてやるのがいい。ハルタが上手くやってくれる。それで、調べはついたのか?」
「毒の肉については酒精で間違いない。対処もナッキーが感じた通りだ。焼けばいい。」
「話が上手く運びすぎている。」
素材が揃っていても、結び付けかなければ意味がない。
その直感の切っ掛けになるのがナッキーで、行動の切っ掛けになるのがフユミだ。
そしてその背中をハルタが押している。
「いつもの事だ。」
その背中を追う事に、焦りがない訳ではない。
ただ自分には合わない。
フユミが作る道は、二度を走る道ではない。
誰かが、何度も、誰でも、走る事の出来る道に変えていかねばならない。
「それもそうか。道を整えてくれる安心があれば、前は進むことだけ考える事ができる。」
ナッキーには考えている事を、こうして見透かされる事も少なくない。
それも含めていつもの事だ。
「それで、進んでいるのか?」
「試している所だ。今も残して当たらせている。」
『キノコになった人を、動かす事は可能かどうか。』
人の動かし方など想像もつかない。
フユミが鳥を扱って見せた時、それを持ちかけてきたのもナッキーだった。
それ以来、キノコに対する最終的な対策として調べを進めている。
まずはキノコになった人の発見からが必要であった。
その過程で、キノコの群生や巨大なクモの巣を発見することはできたが、それは簡単な仕事ではなかった。
そうした「人」が見つかったのは幸いだった。
今も見張りの元でそれを試している頃だろう。
今、同族が掘り返しているあの「人」はその一つであったが、キノコの育ち具合から社長に持ち込むことを優先した。
それにあの「人」はあまりにも崩れやすい。
キノコになってから日が経ちすぎていた。
「ただ気になる事がある。人の動きが変わってきた。」
ここ数日、キノコの群生から、人の手によってまたキノコが回収されている。
これが恐らく社長を狙っている側の「人」だろう事は分かっていた。
「あまり時間がないのかもしれんな。」
「クモが人を襲うのも見ている。」
あの夜、クモの巣に現れた巨大蜘蛛は、やはり人をいとも容易く狩っていた。
人が備えをしていたとしても退ける事は困難だろう。
「社長」「社長」「社長!」
急に騒ぎ出す仲間たちの方を見る。丁度、社長がキノコを手にした所だった。
しかし、それは仲間たちの元へ放り返される。にわかに落胆の色が広がる。
「落ち着く様に言え。あれは我々のものではないかと、それを心配されていらっしゃるのだ。」
ナッキーが言う通り、再びキノコは拾い上げられ、それは社長の預かる所となった。
「後は社長が、キノコの危険をご理解くださるかどうか。」
「上手く運ぶだろうさ。」
きっとそれはいつもの事なのだろう。「素材は揃えた」のだ。




