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ウメコのテンプル 並行世界の風水導師  作者: うっさこ
春夏秋冬
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大規模雇用のお知らせ

「弊社、創業、お知らせ」

 よくわからないが、目の前にそう言った意味を持つ何かが届けられている。


「新規、従業員、緊急、募集」

 白濁した意識を必死に引き戻し、頭を働かせて考えた。俺の勘が全力でそうしろと訴えかけている。

 これを理解しろ、急げ、時間がない。勘が、消えかけたそれが大音量で叫び声をあげている。


「わからん!わからんが、俺は乗った!」

 どうすればいい、どうすれば話に乗れるんだ。勘に問いかけた。


 足だ!全力でそれを踏み抜け!勘が全力で答えを返す。俺はもう一度、最後の最後の力を振り絞って、現実に食らいついた。


 足よ動け!体よ動け!こんな所で終われない。終わってたまるか。

 ブチブチと弾けるような感覚。頭が働きだす。白濁を押しのけ、現実が押し寄せてくる。


ナッキーだ、アキサダだ、フユミだ!現実が溢れ、あいつらが飛び込んできた。


 ナッキーは二本の足を必死に動かし立ち上がろうとしていた。

 アキサダはひっくり返った自分の体を戻そうと体を必死に揺らしていた。

 フユミは固くなった体を広げ、もう一度羽ばたこうと怒りを目に宿していた。


 あいつらだけじゃない。周りの連中もまるで息を吹き返すように、再び立ち上がろうとしていた。

 けたたましく意識に訴えかけるそれに、俺たちは全力で食らいついて、乗り込もうとしていた。


「アタシは、まだ、こんなところで、終わるつもりはないよ!」

 フユミが吠えた。やっぱり最初はアイツだ。いつだってそうだった。

 赤い甲羅に隠した派手な羽をはちきれんばかりに広げ、いまにも飛び出さん勢いで振り始めた。


「この波には、乗るしかない!私が、保証しよう!」

 四本の足を地面に打ち立て、ナッキーが体を奮い起こしていた。

 立ち上がれなかったのがまるで嘘のように、いまにも走り出さんばかりだ。


「いこう。いくしかない。」

 アキサダは体を丸め起き上がり、その無数の足を地面にかき鳴らした。


「あの光を掴むんだ。いくぞ!」

 俺は全身の力を籠め、足で地面を踏み抜いた。天を突く跳躍が、俺を完全に復活させた。

 俺だけじゃない。俺たちだけじゃない。そこら辺でくたばりかけていた他の連中も飛び出していた。


「一番乗りはアタシだよ!」

 フユミが羽をはばたかせて、俺のそばを突っ切って飛び込んでいく。その後ろに羽虫どもが食らいつく。


「羽虫どもに負けてられるかよ!」

 俺の武器はこの足だ。さっきまでピクリともしなかった足が、まるで生き返ったように、いやそれ以上に引き締まり、俺を天高く打ち上げる。

 風に乗って舞い上がり、風に乗って舞い降りる。狙った獲物との距離を一気に詰める、いつもの、いつも以上のこの足が俺の自慢だ。


 俺の同族が後ろに列を成す。だが誰も追いつけない。当たり前だ。連中に負けているようじゃ、フユミに追いつけない。


 ふと空から下を見下ろすと、草をかき分け突き進むナッキーの姿を捕らえた。

 速い。俺たちに比べ、あいつはそれほど強い足を持ってはいないはずだった。それがどうだ、四本の足で、まるで飛んでいるかのように、地面を滑るかのように、突き進んでいる。

 それにアキサダの姿は流石に見えないが、あいつも向ってきているはずだ。


 体が引き締まる。そして気づく。俺の中にある何かを。俺に噛みついていたモノの正体を。

 俺だけじゃない、みんな気づき始めているはずだ。


 毒だ。毒の糸だ。まるで蜘蛛の糸が絡みつくように、俺たちの足の中、体の中に毒の糸が走っている。


 だがそれが、ブチブチと引きちぎられる音が響くたび、俺たちの体は引き締まる、強くなる。

 全身に快感が走る。解放という名の喜びが駆け巡る。

 俺たちの息の根を止めようとした毒の糸は、最期の最期で下手を打ったのだ。


 光が近づいてくる。朦朧とした意識の中にあった、力の抜ける光じゃない。

 強い、強い光だ。俺たちを奮い起こす、体を熱くする、病みつきになる光だ。飛び出さずにはいられない。


 もっと強く、もっと早く、もっともっともっともっともっと!


 風を切る音、横目に流れる草、見たこともない領域をとっくに超えて、それが物足りなくなってくる。


 そして、それがついに目の前に現れる。


 俺は勝負に勝ったのだ。全身が打ち震える。あれだけ力強く引き締まった足が震え、力を失う。

 いの一番に飛び込んだはずのフユミも、そこにただ羽ばたいていた。続いていた羽虫どももだ。


 次々と「仲間」が飛び込んでくる。同族だけじゃない、ナッキーの姿も、その同族の姿もあった。

 そしてアキサダも、いつものアイツからは想像もつかない食らいつきでその場に現れた。


「虫の王だ。」


 アキサダが声を上げた。そうはいったが、違和感があったようだ。それは俺も感じた。

 王だ。確かに王の器を感じる。絶対的な強者だ。逆らおうなどとは微塵も感じない。


「女神だ」


 俺はそう確信した。俺たちとは別の世界の存在。人と呼ばれる種族なのは間違いない。

 だが違った。何もかもが違った。俺たちの知るそれとはまったく違う。


 その時、俺たちを引き戻した、神の声が、再び、天高く降り注いだ。


『採用のお知らせ』

 衝撃が走った。何のことかわからない。だが心が打ち震えた。頭がびりびりとした快感に酔う。


「しゃちょう」「なんだい!それは?」

 誰かが言って、誰かが聞いた。


「社長だ。あれは社長だ。そう、言葉が走った。」

 ナッキーが力強く語った。


「社長」「社長」「社長」「社長」「社長!」「社長!」「社長!」

 口々に声が上がり、いつしか大合唱となった。


もう誰にも止められなかった。俺たちは辿り着いたのだ。この魂の本当のスタートラインに。

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アマテラス干渉システム Chimena
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