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ウメコのテンプル 並行世界の風水導師  作者: うっさこ
春夏秋冬
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大量解雇のお知らせ

多分、俺たちはこのまま、くたばるのだろう。


 もう何の感覚もない。ただ真っ白な空間と、現実とを行ったり来たりするのを、ずっと続けている。


 うまい飯を食うこともできず、野性味あふれる生きるか死ぬかのやり取りをすることもなく。

 命の危険を感じる「勘」みたいなものが働くこともないだろう。


 気の合う仲間だった。たまたま何度か出くわす仲で、あいつ等とは縁を持った。


 ナッキーはいつも飄々としていて、調子のいい奴だったが、危ない事には一番敏感だった。あいつが見つけた獲物は、まず間違いなく、俺たちの腹に収まった。

 あいつが危ないと思った事は、大体、他の連中が犠牲になった。


 アキサダは冷静沈着、後ろを固める堅実な奴だった。後ろにあいつがいたから、俺たちは安心して前に出て、仕事に専念できた。

 仕事の終わりはいつもあいつに任せていた。あいつに任せればすべてが綺麗に収まった。


 フユミは熱い、速い、荒いと三拍子そろった先鋒に立つのに相応しい奴だった。事が決まれば、真っ先に飛びついたのがあいつだった。

 あいつの勢いで仕事が決まって、他の連中を出し抜けたことは一度や二度ではなかった。


 俺たちは縁で繋がって、まるで昔から組んでいたかのようにぴったりと収まった。

 これ以上ない仲間であったし、それがずっと続くものだと、お互いに信じていたに違いない。

 少なくとも俺はそう思っている。最高のチーム「だった」。だがそれもお終いだ。


 運が悪かったのか、それとも誰かのヘマがあったのか。完璧な仕事のはずだった。


 えらく美味いキノコが手に入ったんだ。それも群生していて取り放題だった。フユミが飛びついて、俺もナッキーもアキサダも一心不乱に貪った。

 最高だった。今まで感じた事のない快楽が頭を駆け巡った。俺たちだけじゃない。俺たちを見て、他の連中も飛びついてキノコを貪った。


腹いっぱいになって、すぐにそれが始まった。


 周りの連中が転んだり、ふらついたりし始めた。あっという間に倒れる奴が出た。

 地獄だ。そこには一瞬にして地獄が広がった。


 だが不思議と、恐怖はなかった。倒れたやつがふと意識を取り戻して立ち上がったりもした。

 そういうこともあるのだろう。と誰もが思った。


 すぐにはっきりとした意識を取り戻した奴もいた。ナッキーがそうだった。

 アキサダの奴はずっとキノコを食っていた。あいつは食べるのが遅かった。

 まるで垣間見た地獄がウソだった様に、俺たちも、周りの連中も、現実に戻ってきた。


次におかしくなった時、フユミが真っ先にぶっ倒れた。あいつは食いすぎたんだ。


 体中を痛そうにびくびくと震わせて、それでも立ち上がろうとすると、足が動いていなかった。

やがて同じ様な症状が俺たちにも出た。


痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。

 痛みで何もわからないのがしばらく続くと、ふと、痛みが抜ける時が来る。

 そうして立ち上がってみようとすると、足が動かない。再びそこに地獄が広がった。


何回かそれを繰り返してして、戻った意識を捕まえて、辺りを見回した。

 アキサダがひっくり返っていた。ナッキーは一本足で必死に起き上がろうとしていた。フユミは、動けない体でぼんやりと空を見つめていた。


俺たちは終わりだ。俺たちだけじゃない。周りの連中も、みんなみんな、下手を打ったんだ。


 それに気づくのにすら、思考が働かない。終わりだと思う気持ちと、体のありさまが一致しなかった。

 恐怖もない。気持ちはまだ、ずっとあそこにある。あの、キノコを貪っていた最高の瞬間だ。


俺は怖くなった。他の連中は分からない。とにかく俺は怖くなった。


 怖くないという事に気づいて怖くなった。自分が、自分でなくなるような、そんな事に気が付いた。

 必死で体を動かそうとした。力を入れて立ち上がろうとした。空も飛べるんじゃないかというくらい、全力を振り絞った。


 ここで動ければ体中がバラバラになってもいい。それくらい力を込めた。

 しかし体は動かなかった。痛み一つもない。動かそうとしている足と、現実の足がまるで別物になってしまったかのように。


意識だけが現実に残っていた。ただそこにいる。

 ナッキーも、アキサダも、フユミも、手を伸ばせばすぐ届く場所にいるはずだ。


そしてそれもやがて、チカチカと解らなくなっていった。

 もう何もわからなくなり始めている。何も考えられなくなり始めている。


色んな事を思い出し始めた。楽しかったこと、危なかったこと。


 長雨に打たれて寒くて凍えそうだった日の事、じりじりとした熱さに水を求めた日の事。あいつらが一緒だった。思い出したことには大抵、あいつらがいた。


ナッキー、アキサダ、フユミ。あいつらが記憶のどこかしらに必ずいた。

 そう、最高の仲間だったんだ。最高の。全部ひっくるめて楽しかったんだ。


それがもうすぐ終わろうとしている。これからどうなるのか、俺には見当もつかない。

 またあいつらに会えるだろうか。あいつらと一緒にやれるだろうか。


こんなつまらない終わり方ではない、最高の一生を、またあいつらとやり直したい。

 あいつらは、そう、俺を思ってくれるだろうか。俺はそう思う。


不安がフッとこみあげて、そしてそれも消えていった。

 そこで「終わりなんだ」と、俺は悟った。悟ってしまった。



『弊社創業のお知らせ。新規従業員緊急募集。』

失われつつあったはずの勘が、けたたましく俺の意識を引き戻した。

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アマテラス干渉システム Chimena
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