営業後昼前のアイドルタイム
「フユミねえさん!」
社長の住処近くで陰に身を隠すように集まっている仲間に、アタシは羽を下ろす。
「みんな無事かい?下手打った奴はいないだろうね?」
姿を見る限りでは、そんな風には見えない。
アタシがあの「鳥の王」を抑えていたのも大きいだろうが、辺りの鳥たちは寄ってこなかったんだろうか。
「フユミねえさんのお陰です。ナッキーさんも仲間をうまく引き上げさせることができたみたいです。」
それを聞いて肩の力が抜ける。あちらはナッキーに任せておけば問題ないはずだ。
アタシが羽を手繰っていた鳥は、流石に参った様子で木の枝の陰に留まって焼けた羽をしきりに気にかけていた。
あの場で見せた度胸が心底気に入った。
羽を手繰るのにはアタシの気持ちだけでなく、手繰られる側の意気も、勢いに乗ってくるのだと確かに感じた。
それがあの土壇場での切り抜けにつながったのだろう。
アタシが作った火の玉は一度目のそれよりも大きく、アイツを再び怯ませるには十分すぎるモノだったのだろう。
再び甲高い声が響き渡り、それはそのまま遠ざかっていった。
それでもいつ戻ってくるかわからない。
アタシはナッキーを下ろしそのまま「鳥の王」の目から身を隠せるだけの物陰に潜り込み、辺りを伺ってからようやく戻ってきたのだ。
「人の住処の世界なら、ヤツが襲ってくることはないだろう。ナッキーの方は今日はもういい。社長の周りを見張るんだ。いいね!」
アタシが声をかけると、仲間はそれぞれ散っていった。
アタシだけが残ったその場で、ようやく、甲羅を持ち上げ、羽を伸ばす。
流石に生きた心地がしない。久々の命の危険を感じた。
腹を満たせるだけの餌を社長に与えられるようになってから、長く感じてこなかった焦りや恐怖。 それだけのモノを「鳥の王」はアタシにぶつけてきた。
「鳥の王」がアタシを狙っている。
それはアタシの直感だ。冷静な頭で考えれば2度の遭遇は偶然だったのかもしれない。
ただ、アタシはそれを偶然で片付けられなかった。
あれで諦めていないなら、何度だって襲ってくることがあるだろう。
その時は、次こそは諦めさせなければ命が持たない。
けれど、強い相手、向けられる猛り、怒りと驚きの応酬劇。
次、その次と続く目標点。
「鳥の王」との駆け引きで、アタシは自分自身が一回り大きな世界へと足を踏み出していた。
どうにも満たされた自分がいる。アタシはその変化を見逃さなかった。
伸ばした羽が、火と焦げた煙のせいか、どうにも気分が悪い。
ひりついた喉にようやく気が付いた。
水を浴びたい。
アタシは気分を変えるために、水場を探して羽を振るい、気ままに飛び始める。
人の住処の世界は、水場が探しやすい。
人は水を探して歩きまわるのではなく、その世界に水が沸く場所を作っているようだった。
アタシはそうした水場をいくつもみつけ、頭に入れてある。
社長のお陰で腹を満たす飯に困ることがないが、この世界に潜む限り、水も困ることはないだろう。
そうした水の溜まりにアタシは体を投げ入れる。
閉じた甲羅の下に隠した羽にまで、水が染み渡り、顔も、喉も水が満たしていく。
手足にこびりついた火の煙も浸され、水に溶けていく。
浴びた水で体は重くなっているはずだけど、乾ききった体にはかえって気持ちがいい。
水から這い出て、甲羅と羽を振るう。水飛沫が辺りに飛び散る。
よく伸びる羽、艶を取り戻した甲羅、スカッと冴えわたる頭。
手足もよく伸びる。そのまま羽の力で確かめるように体を浮かせる。
そうした時、よろよろと歩く見知った猫が、視界に入ってくる。
どこかにハルタが潜り込んでいるだろうか。アタシは近寄ってみる。
「何やってるんだい、ハルタ。」
ハルタは猫の背中でノビていた。命のやり取りを終えたばかりのアタシとは随分な差だ。
「社長があの人の岩山に入ってから随分出てこなくてな。あれこれ試してみたんだ。」
この様子では上手くいかずに、逆にひどい目にでもあったのだろう。
けど、一番情けないのはその事じゃない。
「情けないねぇ。目まで節穴になってるのかい?社長ならそこだよ。」
アタシとハルタの傍を、社長が気にも留めずに歩いて去っていく。
見ている間に人の群れに潜り込んでいくようだ。
「追いかけるよ。しっかりしな!」
アタシはハルタの猫の背に飛び乗ると、ノビているハルタの腹を叩いた。
思えば、ハルタの目の高さ、猫の背の高さから社長の背中を追うのは初めてだった。
アタシなら飛べば超えられる岩の山も、押し寄せる人の群れも、普段見ない光景に見える。
アタシに出来ない事もできるのだろうけど、アタシなら出来る事が簡単ではない事もあるだろう。
一つ壁を超える事が出来た事、あの「鳥の王」の悔しそうな叫び声を耳にした事。
水を浴びて体を伸ばした解放感。
そういったものが、アタシの心に余裕を持たせた影響かもしれない。
たまにはハルタの猫に揺られて、社長の背中を追うなんて日があってもいいのかもしれない。
ハルタの騒がしい声に耳を傾けながら、仲間たちの視線を鼻で笑いながら、アタシはのんびりと社長の背中を追う。




