業界最大手の影
「随分な事になっちまったようだね。」
アタシのつけた火で、人の住処の中でキノコたちは悲鳴を上げている。
「理屈は分からんが、あの様に悲鳴を上げては、最早ひとたまりもあるまい。」
人の住処は近づくこともできないほど熱をもって、白い煙を漏らしている。
あの様子だと、アタシたち小さいものもしばらくは近づくことができない。
それに音。
キノコたちの断末魔が人の耳にも響いていれば、そのうちやってくるだろう。
「あの大きいキノコがやられては意味がない。」
ああ、そいつは考えてなかった。アキサダが言う事も最もだ。
けど、あんな有様になるなんて思いもしない。それに、ああなってしまっては、今からどうしようもない。
「上手く生き残ってくれればよいが、あれだけのキノコだ。それを放置しておく危険の方が大きい。フユミがやった事は間違ってはいない。」
今回やったことがアタシらがキノコに手痛い目を見せる反撃になったのは違いない。
「さて、アタシは社長の方に戻るよ。ナッキー・アキサダ、上手くやんな。」
アタシは甲羅を持ち上げ、羽を振るい、宙へ飛び出した。
人の住処から立ち上る煙は羽に絡みつく。
水で濡れたように羽が重くなる。煙の濃い所を避けてそこから離れていく。
あの時、キノコたちを火で焼いた時、アタシは火の力をこの手で掴んだのを確かに感じた。
人の世界、そして社長の様に上手く取り廻すことはまだままならない。
けど、もう少しで掴めそうな気がしたのだ。
コイツをモノにできれば、キノコについては何とかできるようになるだろう。
問題はクモのやつだ。
確かに巣を焼くことはできるかもしれない。
ただ、クモの大きさは分からないが、その足に掴まれたらお終いだ。
火を起こしている暇なんてなく、クモの腹に収まることになるだろう。
クモはまた巣を作ればいい。それで元通りになっちまう。
クモの奴についてはまだ何もわかっていない。
アキサダが見つけたという人の住処の中のクモの巣は、連中に任せるしかない。
それが煮え切らない。こうして社長の傍を離れている間に、その背中を狙っているかもしれない。
ハルタを信じないわけじゃないが、猫の体でも手に余るのは間違いない。
小さいハルタは猫から離れて逃げればいいが、社長は追われる側になる。
クモはその背中を追うだろう。
そう思うと、時間が惜しい。
気づけば羽は水を弾いて、もう乾ききっていた。
日は落ち始め、空は火の色に染まりはじめいてた。
アタシの力は、あの空の火の様に、姿の見えない青を飲み込めるほど強いモノだろうか。
久々に空へ、高く昇ってみる。
広がる火は、そうしている間に青を飲み込み続ける。
青が逃げるように、空が姿を変えていく。
けど、その火も燃え尽きて、夜がやってくる。
逃げおおせた青は、翌朝、雨が降るか、雲が覆わない限り、また空を埋め尽くすだろう。
アタシは羽を振るう。疲れは感じない。不思議と鳥の目を感じない。
この広い宙に、アタシだけが飛んでいる。
小さいモノでもなかなか居るもんじゃないだろう。
不意に暗闇がアタシを襲う。
夜にはまだ早いはずだ。そう思った一瞬後を、怖気が体に走り抜ける。
「鳥の王!」
理解をした時にはそれはアタシを抜き去っていく。
あれほど間近で見たのは初めてだ。
遠く離れた空を、それを目にした事があっただけだ。
鳥を襲う、鳥の王。
大きな羽で小さきものを物ともせず飛ぶ鳥を、その上から襲い、連れ去っていく、最も強い鳥。
その大きさは鳥でも、さらに一回りは大きい。
ハルタの猫などその足で掴まれ、そのまま空高く飛び去って行ってもおかしくない。
鳥の王の影が抜け、光が戻ってくる。
同時に怖気も体を抜けていく。
怖気が抜ければ、アタシを支配するのは怒りだ。
まるで恐れるものを知らないその後姿を、追い越してやりたくなる。
アイツの情けない顔を見たくて仕方なくなってくる。
鳥の王の羽は早い。
アタシがいくら力を振り絞ろうとそれに追いつくことはできない。
あれほどの強者であれば、恐れるものなどないだろう。
その事がアタシの頭を怒りで焼いていく。
その怒りと裏腹に、鳥の王の後姿は見えなくなっていく。
鳥の王が飛ぶときは、必ず、獲物を狙う時だ。
だが獲物をぶら下げている様子もない。
辺りの鳥も見えず、鳥の王は空へと消えていく。
「まさかあれが、アタシを狙ったっていうのかい!?」
アタシの様な小さいモノはあれほどの巨体を支える糧になるとは思えない。
気取られない場所からとなると、相当な距離から、「アタシを狙って」飛んできたという事になる。
小さいものであるアタシをどこからか見ていたとでもいうのだろうか。
そんな事ができるのかい。
何より気に食わないのは、ああしてアタシに影を見せて、怯えさせて
それでその顔を後ろに去っていったことだ。
破裂しそうな怒りが、体中をたぎらせる。
空は火の色に染まっていた。アタシの心も、生み出された火が燃え盛っていた。
それは、やがて空の火が燃え尽きても、消える事なく燃え続けるだろう。




