火気厳禁の危険薬品保管庫
「よもやこれ程。」
むせ返るようなきのこの群生に思わず眩暈がする。あたり一面をキノコが埋め尽くす。
キノコに頭をくれてやるつもりはもうないけれど、どうにかなりそうだ。
それくらい、ここはキノコだらけになっている。
「アキサダに聞いた話を元に、離れた人の住処を同族に探らせたら、この有様だ。」
アタシ、アキサダはただナッキーに言われるままついてきただけだけど、その報告は確かに目にしなければ信じがたい話だった。
「こんな場所、アタシらでなきゃ、ひとたまりもなくキノコに食われちまうね。」
「だろうな。見せたいものはこの奥だ。」
流石のアタシも、ここがキノコのナワバリだとわかると飛び込む勢いを失う。
先に調べを付けているらしいナッキーの背中をただ追う。
その後ろをアキサダが黙ってついてくる。
「これ、まさか人かい!?ついにキノコが人を食っちまったっていうのかい!」
「その成れの果て、最早キノコだ。人は残っていない。」
白いキノコが埋め尽くすように群生するその山が、人だったとは言われなければわからない。
怖気が走る。
少し前に森で見た「キノコの人」のそのまた先の、「人のキノコ」だ。
「アキサダ、頼めるか?」
「わかった。」
アキサダが山にもぐりこんでいく。とてもじゃないがアタシにできる事ではない。
あんな場所にもぐればキノコが体中に絡みついちまう。
甲羅の内側、羽にまで絡みついたら、飛ぶこともままならない。
「アキサダはいつもの事として、あんたも肝が据わったもんだね。」
「私も初めて目にした時は取り乱した。信じがたい光景だったのでな。それに私でもあのように潜り込んだりは出来ん。アレにもぐりこめるのはハルタかアキサダの方が適任だ。」
このキノコが山と積もる場所に長居はしたくないが、今は待つしかない。
ハルタもいれば仕事は早いだろうけど、ハルタには社長の傍にいてもらわなきゃ困る。
アキサダの仕事を信じるしかない。
「そういえば、火の話は助かったよ。見てみなければわからないもんだね。」
ナッキーから聞きかじった話で、アタシは人が火を使っている所をいくつか探ってみた。
人があれほど火を生み出し、自在に扱っているのをアタシは知らなかった。
それ以前に火というものを、夜に昼を呼ぶ光ぐらいにしか思っていなかった。
水を温め、住処を暖め、その場所そのものを変えちまう。
その仕組みは足を捕まえていたけれど、頭でわかっていなかった。
前に、木が火にやられ、クモやハチが火にやられるのを見た事はあったけれど、人はそれをもっと理解している。小さいものには手に余る代物かもしれない。
あれからアタシは考える。
これは自分に扱いきれるモノなんだろうかと。
社長はそれをなんでもない事の様にこなしている。
それがどれだけ遠い事だったのかを思い知らされる。
「戻ったようだ。」
アキサダが山から這い出てくるのがみえる。背中はキノコで白くまみれていた。
「大きなキノコを確認できた。あれほどの大きさなら、人も気づくことができるだろう。」
「これで脅威を知らせる事ができるか。」
人にもわかるほど大きいキノコがあの山の中にあるのなら、後は社長の手にどう渡らせるか、だろう。
「後は人にこのキノコの群生を知らせる訳だが、この場所は危険すぎる。」
「アタシらだから大丈夫だけど、こんな場所に来たら、人はたちまちキノコまみれになっちまうだろうね。獲物を待ってるクモの巣みたいなもんさ。」
「クモの巣か。フユミ、あれは何をやったのだ?」
戻ったばかりのアキサダが、アタシを見て言う。何の話か分からない。
「あの巨大なクモの巣を無くした時の話か。そういえば気になっていた。」
ナッキーに言われ、合点がいく。そうか、クモの巣を「火」で焼いた時の話か。
あれは社長が「火」を出す時のそれを真似ただけだ。
「火で焼いたのさ、クモの巣を。ハルタの猫の背中で見ただろう、アイツのおかしな力を。あれと似たよう話さ。」
そういえばそうか。まだ驚かせるつもりで話していなかった。
「フユミ、それはこの場所でもできるものか?」
ナッキーが糸口をつかめたような顔で見ている。
それを見て、アタシの頭にも何となく話が見えてきた。
「外に出てな。アタシの読みじゃ、とんでもないことになるはずだよ!」
ナッキーとアキサダが外に出たのを見計らって、アタシは意識を研ぎ澄ます。
ここなら、上手く扱える必要なんてない。
小さな火が一つあれば、話は片付くだろう。小難しい事を考えずにすむ。
アタシらしくていい。
熱くなってくる。
体に根を張るキノコがアタシの体中を熱くする。これと同じ塊を探し出して飛び込むだけだ。
このキノコまみれの住処じゃ、それを探ろうにも手間がかかる。
ようやくかかって、その一つを見据える。興奮が体に駆け巡る。
どれだけデカい事をやろうとしているのか、溢れ出る興奮が、噴き出しそうだ。
アタシはそれを甲羅を持ち上げ、羽に込める。
「行くよ!」
ボッ!バチバチバチバチ!ジューーーーーーーーーー!
火を呼ぶ塊に全力でぶつかった勢いのまま、アタシも住処を飛び出す。
寸前に耳をかすめたキノコどもの断末魔を耳に、アタシは腹の底から笑い出していた。




