重役会議後の自販機前
「で、何か掴めたのかい、ナッキー、アキサダ。」
それから何度かの昼と夜を繰り返し、アタシたちは社長に与えられた仕事に興じていた。
「人の世界はこれほど広いのかと感心するばかりだ。大きな情報は掴めていない。」
「手詰まりかい?情けないじゃないか、ナッキー。」
口を拭いながら「らしくない」弱気な言い草に、アタシは幻滅する。
けど、そういう事もあるだろう。
「人はやはり草や根を育て、それを食して生きている。それを行っている場を確認したが、鳥共の目があってな。思うように進んでいない。」
「そんなもので、本当に人は腹を満たせるっているのかい?未だに信じられないね。」
鳥の目、というなら仲間の奮闘次第で活路を切り出せるだろう。
ナッキーを笑ってやるいい機会かもしれない。
鳥も狙うような餌がそこにあるというのも確かに気になる。
手の空いている奴にナッキーを追わせるとしよう。
「アンタはどうなんだい、アキサダ!」
まだ骨にかじりついているアキサダを急かしてやる。
こういう時はアキサダの方がいい情報を掴んでいるはずだ。
「いくつかのキノコの群生を確認している。それと、クモの巣を一つ。どれも人の住処の中で見つけている。」
「こいつは驚いたね。」
人の住処の中にクモの巣があったんじゃ、空から眺めても見つかるはずはない。
そういうのは確かにアキサダのお得意だろう。
それにキノコの群生が近くにあるってのは見過ごせない話だ。
「フユミ、ハルタ。社長の身の回りには問題は起こっていないのか?」
社長の行動は相変わらずだ。ここ数日で変わった事はしていない。
ただ面白い話を見つけてある。
「今のところは変わりないね。まるでキノコの陰になんて気づいちゃいない。ただ、よく熱い水に浸かってるようだね。飲んでいるのも見かけた。」
社長を追うようになって分かった事のひとつ。
熱を持った水は珍しいけど、人はそれを自分たちで作り出している。
そしてそれを飲んだり、浴びたりしている。
「熱い水か。成程な。そういえば人は木を燃やす。火を扱うのを私もよく見ている。」
「へぇ、そうなのかい。火と木に何か関係があるのかい?」
火というものは突然起こる。自由に起こす事は出来ないはずだ。
知っている中では社長とアタシ以外は。
火がどういうものか、アタシたちはまだよくわかっていない。
何かの足しになるだろうか。
「詳しく調べさせよう。」
「ナッキー。その話はアタシにも教えな。代わりに鳥の目についてはアタシがどうにかしてやるよ。」
その話は、アタシの手詰まりの状況に足しになる匂いがする。
それを得られるなら時間が惜しいという事もないだろう。
「俺の方は大きく変わりはない。なるべく社長の近くに居られるようにしている。」
ここまで黙っていたハルタが口を開く。
ハルタの猫は、餌で腹を満たす僅かな時間を除いて、社長の周りに見かける事が多い。
今回はハルタに背中を任せていられるから、アタシは好き勝手ができる。
クモについてはアキサダに先を越されたのは癪だけど、珍しい事でもない。
「アキサダ。クモの巣とキノコの群生については私も同族を使って調べよう。話を聞かせてくれ。外で見つかる手掛かりを得られるやもしれない。」
「わかった。引き続き人の住処の中はこちらで調べよう。」
長話を終えて外に繰り出すと、日は傾きかけていた。
「フユミねえさん。皆さんはどうでしたか?」
「いつも通りさ。任せておけば問題ない。」
この関係は、何も変わらない。キノコの前も後も、これからも続いていくだろう。
上手く回っている。目の届かない所をお互いに拾い合って、今までも命を繋げてきた。
アタシらの群れは結構な大所帯だ。これだけの仲間の数を抱えた群れはそうそうないだろう。
それはあのキノコの一件よりも前からの付き合いだ。
不思議な繋がりもあるもんだ。アタシはいつも思う。
アタシだけでやってきたんじゃ、命がいくつあっても知れなかっただろう。
ナッキーが持ってきた話を、アキサダが掘って砕く。
それを見聞きしてアタシが突っ込む。その後ろをハルタが上手くフォローする。
アタシらのいつもの流れは、その後ろにいる仲間たちを何度も救ってきた。
お互いがお互いに恩を持っている。
誰が欠けても、群れはここになかったろう。
あのキノコの一件も、好き好んで思い出したい話ではないけど、アタシらだから乗り越えられ、そして社長に選ばれたのかもしれない。
「ナッキーの仲間連中が鳥の目でビビっちまってる。鳥を上手く扱える奴をいくらか回してやんな。」
「わかりやした、フユミねえさん。連中を驚かせてやれるのを送りますよ。」
「あんまり調子に乗らないようにアタシもたまに顔を出すからね。仕事は仕事、しっかりやらせな!」
ハルタにはハルタの仲間、ナッキーにもアキサダにもそれぞれの仲間がいる。
仲間の仲間は、群れには欠かせない。
アタシらがそうであるように、アタシの仲間連中にもそうして繋がってる奴がお互いにいるのかもしれない。
アタシらはそうして生きていく。
小さいものは、そうして大きいものの目を掻い潜って今まで生きてきたのだから。




