同業他社のトラブル処理
「こっち。ハルタ。」
アキサダを乗せて、猫はとぼとぼと何かに引き寄せられるように歩いていた。人の死骸から戻った俺と近くにいたナッキーをフユミが呼び寄せる。
俺は猫に飛び乗ると、気持ちを落ち着けて猫と心を合わせる。
「どうだったんだい、アレは。死んでたんだろ?」
「間違いない。私とハルタの見立ては同じだ。人は死んでいるが、キノコだけ生きている。」
死んだ人に、後からキノコが根を張った、そんな感じのものに思える。
キノコがそれに気づかず、人をキノコに変えようとしているのだ。
感じるのはそういう雰囲気だ。
死んでしまっているため、後からキノコが体を動かそうとしても、思うように動かない、動けない。アレはただのキノコと、人の死骸なのだ。
「そうかい。だがあの調子だと仲間も噛みつくのを躊躇うだろうね。怯えちまうだろうさ。」
「だろうな。私が思うに、他の生き物も近寄って貪らない理由はそれだ。」
あのまま、腐り、土に還っていくだろう。その後は、キノコがそれを食べつくして大きくなるかもしれない。それとも、キノコも食べるものを失って、飢えてしまうのだろうか。
生き物を食らって生きるキノコ。
俺たちの仲間も、あのように人も、俺たち自身も、それが、全てを食べつくした後、どうなるかはまだ知らない。
キノコにも、死ぬのを恐れる心があるのだろうか。生きるために糧を求めて狩りをする足があるのだろうか。
動かず、静かに、中から生き物を食べ、全てをキノコにしてしまった後は、いったい。
「ハルタ、どこへ向かってるんだい?」
言われて気付く。
猫と気持ちを合わせながら、俺は先ほどの人の死骸に心を惹かれていた。その間、猫は猫本来の意識と習性で、俺たちを乗せたまま、とぼとぼと歩き続けていた。
「何かを見つけたようだ。」
アキサダがいう。猫の上でじっと辺りをうかがっていた様だ。俺は小さい体の首を振り辺りを見回す。
「上だよ!ごらん!」
フユミが甲羅を持ち上げ、猫の背を離れて飛び上がる。それを目で追うと奇妙な物体が目に付く。
俺たちはそれを知っていた。それは罠だ。生きた仲間を捕らえ、動けなくする、恐怖のひとつ。
「クモの巣か!」
クモ。俺たちの様に小さい生き物だが、アレは少し違う。
人の様に住処を作り、そこで動かず、獲物をじっと待つ。余程のことがなければ死肉を食らうために走り回ったりはしない。
生きた命ばかりを好む。少なくとも俺たちの知っているクモはそれだ。
「大きい。こんなものは見たことがない。」
どうやら主を失っているようだ。ここは捨てられた巣なのか。
俺たちの知っているクモだとするならば、これは俺たちの知っているそのどれよりも大きいクモのはずだ。それ程に巨大な巣が巡っていた。
「ご覧、あれを。」
その糸に気を払いながら、フユミが「それ」を目指して飛んでいく。
人ほどの大きさをした塊が、巣に括り付けられていた。
罠にかかった、なんて具合ではない。動けなくしてから、糸を巻き付けたのだ。
それを、巣から落とすことなくぶら下げている。
だとしたら、それをしたクモは、人の大きさに迫るほどに違いない。
その時、大きな音を立てて、その塊が巣から落ちる。
「確かめるよ!」
それを追うように、フユミが空から降りてくる。フユミが何かしたのか?
俺は落ちてきたそれに猫を近づける。
それは確かに人だった。
巻き付いた糸がみるみると溶けていく。
一体何があったのか、糸はそのまま溶けてなくなり、中から人の死骸が姿を現した。
「人を襲うクモ、そんなものは見たことがないぞ。」
ナッキーの言う通りだ。この辺りにそんな生き物がいれば、同族の噂話なり、痕跡なりで知っているはずだ。こんな巨大な巣自体、今まで見たことがなかった。
いや、それもまた夢だった様に、気が付くと巣も跡形もなく消えていた。
「こいつが気になってね。宿主もいないようだし、アタシが巣を壊したのさ。」
フユミが言う。本当か?この小さな体でどうやって。
鳥ですら、あんなに大きな巣に捕まったらひとたまりもない。俺が見ていないその瞬間に、フユミは一体何をしたんだ。
「ハルタ。すまないが、もう少し近づけてくれ。」
アキサダが言う。俺は猫に意識を戻して、巣から落ちてきた人の死骸に猫を近づける。
「大きさはともかくクモに抱え込まれたようだな。ツメの痕が残っている。」
「ああ。似たように狩られ死んだ仲間を知っている。」
ナッキーとアキサダがそれを確かめるように、猫の背からそれを見ている。フユミは空を飛び、同じ様にそれを上から見ていた。
「キノコじゃなくてクモにやられたとして、何で食わずにここに野ざらしにしてたんだい?」
「解らんな。食うほど腹を空かせていなかったのかもしれんが、この大きさのクモ、今の私の理解を超えている。」
「人を殺す必要があった、だから殺したのだろう。」
少なくとも、今の俺にわかる事はなかった。
だが、猫はこのクモの巣を見つけて歩き出したのか、それとも、この人の気配を感じて歩き出したのだろうか。俺たちはこの猫に誘われるようにここに来たのだ。
俺は猫の心に問いかけてみるが、何も得る事はなかった。そんなに便利ではないものだ。




