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ウメコのテンプル 並行世界の風水導師  作者: うっさこ
陽の傍に影あり C
172/193

参拝者

 つい先程やってきた大通りの大店おおだなで手配した大工が、礼拝堂のドアの建付けを直している。

 その木槌の音を聞きながら、熊手くまでで、荒れた墓場の地面を慣らす。


 雨模様のまま、曇り空はなんとか踏み止まっていた。


 緩やかに吹いている風が、作業で熱を持った身体を必要以上に冷やす。

 それもあって、露出し中身のない棺を幾つか埋め戻し、最低限の体裁を整えることはできている。


「あら。貴方は。」

 声を耳に、振り返る。そこには両手に手折った花束を抱えた女性が立っていた。

 この街の住人だろう。見かける人々と相違のない服装をしていた。


「昨日、この街に配属されてまいりました修道士です。ご参拝ですか?」

 声を掛けている間にも、彼女は花束を大事そうに抱えてこちらに向かって歩いてくる。

 目を細め、まるで眠っている死者を起こさぬかの様に物静かだ。


「雨が止んでいる間にと。」

 丁度私の目の前で、彼女は座り込み、名前も判別できない様な砕けた墓石の前に花を添える。


「ご家族ですか?」

 歳は、それほど若くはなさそうに見えた。私よりも大分、上だろうか。ただ、年配、壮年と言ったほどではない。埋葬されているのは父母か、祖父母か。幼くして亡くした子か。


「主人と、友人です。どちらも、早過ぎました。」

「申し訳ない。どちらに埋葬されているか、存じ上げませんで。」


 前任の司祭は亡くなられてしまい、唯一の手がかりである墓石も多くは破損や倒壊をしている。遺族にとって大事な場である墓地の静穏を取り戻せずに居ることが申し訳なく思う。


「先日まで荒れ果てていましたが、今、こうして懸命に整えてくれているのでしょう?」

 彼女は墓前から私の顔を見上げ、静かに微笑む。


「私はその時、体調を崩していて、二人と満足な別れ方ができませんでした。今でこそ、自分の足で歩ける程に持ち直しましたが、他愛もないことでもその時間を大切にして、もっと話しておけばと。」

 彼女は立ち上がり、胸に手を当て、目を閉じていた。

 思わずそれに習い、身を傍に置いて十字を切り、静かにその眠りの平穏を祈る。


「主人が残してくれた娘が、私を呼び戻してくれたのです。亡き主人に、友人に、それを伝え、感謝して、娘たちを見守ってくれる様、こうして祈っているのです。」


「眠る者と、その縁者に平穏が訪れますよう。勿論、貴方自身も含めまして。」

 静かに胸の手を下ろした彼女に向き直り、深く礼を払う。


「ええ。貴方にも。」

 顔を上げたその時、彼女から礼を返される。物静かで綺麗な、模範的な仕草であった。



「お優しいのね。ありがとう。貴方の様な方が、もっと早く来てくだされば。」

 そして、少しだけ悲しそうな遠い目をして私を見つめ、言葉をこぼす。



 彼女の身体の向こうに、丁度、司祭が礼拝堂から出てくるのが見えた。

 彼女に対応している間に戻られて、そしてまたどこかへと足を運ぶのだろう。


「あら、雨。」

 その言葉と同時に、頬に雨雫が跳ねる。


「こちらでお待ちを。」

 彼女にそう申し送り、意を決して私は走る。


 入口のドアは既に直され、閉じられている。建て付け修理に来ていた大工はもう居なかったが、思い返せば作業の音もいつの間にか聞こえなくなっていた。

 ドアの側に立てかけてあったままの傘を手に、急いで墓地へと戻る。


「お持ちください。お身体に障ってはいけません。またおいでになる際に返してくだされば結構。」

 ポツポツと降り出した雨の中、律儀に待っていてくれた彼女に傘を差し出す。


「本当に、お優しいのね。」

 彼女は愛想笑いを浮かべ、静かに差し出した傘を受け取る。


「墓前に添える花束に両手を塞いでいらして、お持ちでないと思いましたので。」

 彼女は受け取った傘を静かに開くと、それを自身の肩に添える。


「ありがとう。お借りします。また伺いますわ。どうぞ、お元気で。」

 そうして、彼女は再び静かに歩き出す。

 すれ違ったきわに、その彼女の表情が少し口元を緩めたように見えた気がした。



 振り返り、暫くその背中が遠くなっていくのを眺めていた。

 

 ふと気になって、彼女が墓前に添えた花束に目を向ける。どうやら花種を揃えていた様で、どこかで探し、手間を掛けて摘んで束ねてきたのだろうか。

 その丸いたまの様に咲いた花が、どの様な意味を持つかは残念ながら知らなかった。


 彼女の様な人が、この街にどれだけ居るのだろうか。

 少なくとも、墓場の有り様や、礼拝堂の荒れ具合から、そういった人たちを遠ざけていた事もあったのかもしれない。

 或いは、足を運んでくれていた稀有な遺族も居たのかもしれないが、それを知る由もない。


 雨は強弱を繰り返しながら、周囲を再び冷やしていく。

 髪から頬を伝う水雫に、慌てて、地面に転がる熊手くまでを手に、礼拝堂へと走る。


 予備の傘は恐らく、奥の倉庫に未だあるだろう。

 そろそろ陽が傾きつつある。昨日の様に暗くなってしまう前に探し出しておかねばならない。


 傘も手元にない以上、墓地の慣らしは、明日以降に改める事を決める。

 やるべき事は未だ沢山ある。礼拝堂の片付けや、廊下の清掃、私室の寝床作りもまだ終わっていないのだ。

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アマテラス干渉システム Chimena
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