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ウメコのテンプル 並行世界の風水導師  作者: うっさこ
陽の傍に影あり C
171/193

猫の寄り添う傘

 教会を出て、小路を歩いて間もなく、案の定、雨が振り始めた。


 昨晩、雨の中も屋台が列を成していた道とは言え、早朝ともなれば静かなものである。

 辺りには薄っすらと水たまりができている。よく舗装された道ではあるが、その上を歩けば木靴が水を跳ね上げる。


 着替えたばかりのローブの裾が水に濡れていく。教会の繕いを早く終えて、洗濯などもしていかねばならないだろう。雨季はそれでなくても、洗濯の管理が滞りがちだ。



 昨日、馬車が辿った道を思い返しながら、歩を進めていくと、やがて広い大きな道が見える。恐らく、この街の大通りであろう。そう考えると、教会のある区画は整っており、道を覚えやすい作りになっている立地の良い場所と言った感じである。


 大通りに出る直前に、屋根を張られた掲示場があるのを見つけ、そこで足を止める。

 書かれている文字が読める事に安堵しながら、その一枚を読んでみる。


『鍼灸院を新しく開院しました。大通り住宅区手前。腕に自信あり。導師療法、行えます。』


 一つ一つの単語は、一応、判るものだ。ただ、大通りの大店おおだなの連なる様な場所に入ってくるものとしては、異質さを感じなくもない。


『新屋台営業区、出店者随時募集中。助成制度あり。審査が必要。無許可出店は厳しく取り締まる。詳細、希望者は役所まで。』


 ふと思い浮かべる。これはあの屋台街の事なのではないだろうか。



にゃあ。

 目を次の掲示物に向けようとしたその時、足元で、何か聞こえ、気配を感じる。


「猫?」

 茶色と白の毛をまだらに散らした猫が、こちらを見上げている。


「雨宿りかい?」

 思わず、顔向けて少し屈んで、声を掛ける。雨から身を隠すように傘に潜り込んでいる猫の四足は泥水で汚れている。ここに屋根があるという事を知っていたのだろう。どうやら住人としては先輩の様だ。


"89 BD 82 A9 8B 43 82 C9 82 C8 82 E9 8C 66 8E A6 95 A8 82 AA 82 A0 82 E8 82 DC 82 B5 82 BD 82 A9"

 掲示場の屋根に降り落ちる雨の音に混じって、聞き取れない何かが耳に入ったような気がした。


にゃあ。

 猫が私の視線から背を向けて少し歩く。その先に、そこに居る誰かの木靴の先が見えた。


「何か、気になる掲示物がありましたか?」

 やや控えめながら、ゆっくりと聞き取りやすい、そんな女性の様な声が聞こえる。


 視線を上げれば、猫を足元に、直ぐ隣に傘で姿を隠すように小柄な人が立っている。


「他所からこの街に、昨日来たばかりなのですが、不思議な掲示物が多いなと。」

 そんな言葉しか出てこなかった。私に話しかけてきた、理由のようなものがあるのかもしれないが、その表情は傘に隠れて見る事ができない。


「少し前にこの街であった嫌な事件が、まだ尾を引いているのでしょうね。」

 その声からは、私の答えが興味を引くようなものでなかった、かのような印象を受けた。

 傘を少し回しながら、こんな一瞬の会話にも関わらず、まるで長話に飽きてしまった、そんな子供の様な印象を受ける。


「嫌な事件、ですか。噂話程度には聞いていますが。」

 そんな回っている傘の向こうから、掲示物に視線を戻しながら、繋げる言葉を考える。

 街の住人にとって、その事件は思い出したくないもの、なのではないか。そんな予感がよぎる。それは、昨日、御者の男から聞いた話とも繋がるような気がした。


「事件の事ではなく、私はこの、鍼灸院開設の知らせや、大通りから離れた地区での露天屋台の助成制度等が気になりますね。こうした街に住む人達に向けられた情報は、外では中々手に入りませんから。」

 この街の事は、これからもっと知っていかねばならないだろう。だからこそ、今や、これからの情報を知りたいとも思う。過去の事は、その折々で少しずつ知っていけば良い。


 視線を戻せば、もう、そこには揺れて回る傘も、猫の姿も消えていた。


 あたりを見回してみると、近いのに、霧がかった様に酷く見えづらい、そんな傘と後ろ姿が雨音に隠れるように遠ざかっていく。そして、猫はその足元を寄り添うように歩いている。



 ああ。そうか。思い出した。

 昨夜、あの屋台街で私の事を見ていた、あの姿と、その背中の背丈が、一致する。


 あっという間にそれは見えなくなってしまい、改めて記憶を比較する事はできなかったが、妙な確信が、頭に染み付いていた。


 この街の何処かに住んでいて、この街の何処かに消えていく。そんな、この街の住人の一人。

 余所者である私の姿を、興味や疑問を持って、どこからか見ていたのだろう。


 また、どこかで会うこともあるだろうか。


 視線の先で、雨粒が飛び散らない程度にゆっくりと、傘は回っていた。

 肩に当て掛けただろう傘の中棒のその向こうで、どんな表情をして私に話しかけてきたのだろう。


 私への興味がなくなり、飽きてしまったのなら、もう姿を見せないかもしれない。



 ふと、雨が止んでいることに気づいて、時間が動き出す。


 傘を畳んで、もう少し早ければ、とため息を漏らす。

 掲示場を離れ、本来の目的である大通りの物色へと気持ちを移していった。

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アマテラス干渉システム Chimena
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