最下層の末路
「朝。」
まず感じるのは口の渇きと、空腹。やっぱり人は不便。水分と食べ物をとらないと生きていけない。
仮にもしデータの存在であれば、やはり電気を食べねば生きていけないのかな。糧を必要としないなんて、そんな都合のいい話はないはずだ。
腕を伸ばし、自分が夢の中ではなく現実にいる実感を体に浸透させていく。うなじの痒みを掻き散らし、起きようと決める。働く覚悟を決める。
臨時とはいえ、役所の嘱託導師となった。なったからには、気分だけで就業の有無を決められない。然るべき事態で体が重い日であっても、雨で憂鬱な日であっても。
眠い目を開き、仮宿屋の井戸の水を汲み、その半分の冷水の満ちた桶に手を浸す。皮脂と眠気を洗い流す。火を焚き、鍋をかけ、湯を沸かす。
少しだけ、何かを腹に溜めていこう。
正直なところを言えば、慣れてきた部分はある。
死体の腸を貪る虫たち、血とも体液ともしれない汁が飛び散る光景。
一種の職業病と言えるものかもしれない。きっとそのうち、何も思わずに朝餉を食し、昼の屋台に舌鼓を打ち、健康そのものに夕食の満足感に床に就く日もくるのかもしれない。
登庁するなり、私を待っていたのは当たり前だが仕事だった。
「本日もよろしくお願いします。導師様。」
このひと月の開示依頼の受託で、どうやらすっかり「弊社」は馴染みの顔となっていたようだった。
「お仕事はいくつほどあるのでしてー?」
職員に問うが答えなく、安置所へと案内される。開示依頼とは異なる、奥まった場所だ。
「外傷の酷いご遺体が一件、放置によって腐食の進んだご遺体が一件、それと。」
「それと?」
「汚染、が特に酷い遺体が一件です。その、見ていただくしかない、説明のしづらい。」
安置所と思われる扉が開かれると、そこには三体の亡骸が横たわっている。
間髪と入れず、安置所自体にこびりついたものか、死臭が襲ってくる。
遺体A
老いた男性。数か所の刺し傷。ただ鋭利な刃物とは異なる、杭のようなもので打たれた傷。
左右に綺麗に打ち込まれ、4か所ずつ、計8か所。おびただしく出血したものと思われる。顔は見たくない。
対応 弊社職員の虫に食わせる。
「まさかとは思いますけれど、件の行方不明のバグマスターさんだったりはー」
「違います。街の日雇い職人の方で、木こりの業者より報告を受け、山の森の奥から運び込まれたものです。」
流石に、そんな悲しい結末が打ち捨てられていた訳ではなかった。昨日の青年の顔が、わずかに浮かび、消えていく。
「昨日発見された時は、木の陰に残されるように打ち捨てられていたとのことで、状態があまりにも酷いので恨み辛みの怨恨の果てかと。身寄りもなく、職場から追う事もできず、こちらで対応を。」
遺体B
多分、年配の男性。既に虫か小型の動物にかじられていたかのような状態。手、足、頬等に食害による損壊。眼球などは溶けているかのような腐食の進行。ただただ、いたたまれない状態。
対応 弊社職員の虫に食わせる。
「亡くなられて、最低十数日は経っているのではないかと思われるのですが、もう死因や状況検証もできる状態ではありませんでした。ゾンビ化せず見つかったのが幸いだったくらいで。」
恐らく、今この空間で一番の腐臭をばらまいているのはこの遺体だと思う。きっとこの安置所に運んでくるのは、ちょっとした騒ぎになったのではないか。
奇跡的に、といってもゾンビ化は必ずしも起こる訳ではないし、それまで所要時間も定まっているわけではないので、それでもまぁ被害を増やすことなく運よく見つかったのだろう。
移送作業や処理作業としてはいっそ白骨化までしてくれた方が楽だったのだろうが。
「山から流れ出る小川近くで発見されました。木の陰にひっくり返って。恐らく斜面から足を踏み外して亡くなられたのでしょう。遺体と気づかれる事無く、人の目が通り過ぎてしまったこともあったのかもしれません。」
その発見解説は私の作業に必要なものなのだろうか。恐らく職員としても、ただ見ているだけの立ち合い作業の雑談程度に、私にそれを伝えているのだろう。
遺体C
不明。苔害。判別不能。もう自然に半ば溶け込んでいる。人の名残は残している。
腕、足、胴体、頭。言われれば分かる。胞子が着床したのか、口元からキノコが生えている。
対応 弊社職員の虫に食わせる。
「郊外のあばら家の中で、発見された時には、もうこのお姿でした。飢えて亡くなられたのか、食害か、動けなくなって、こうなられたのか。誰の気に留まることもなく、忘れられ、もう誰なのかすら。」
「そういうことも、仕方ないですがあるでしょうー。公共施設が住民全てを救えるわけではー。」
言葉を失う。確かに、公募開示される依頼にはこういった行政の無力を思わせる遺体は出てこない。
ここまでいくと、ゾンビ化しても体が崩れ、骨だって体を支えられず動けないだろう。もう、動物ではなく植物だ。発見されるのが遅ければ、きっとこの遺体はキノコの原木となっていたに違いない。
誰に見つけられることもなく、気づかれることもなく、思い出されることもなく。
悪寒がする。気持ち悪いとか不快だとか、そういうものを超えた先の何かが心に陰を生む。
気づいてしまった。いや、この世界に気付かず順応し、忘れていた。
それを知って、一滴、涙がこぼれ落ちるのを自覚する。肌に触れる空気が外気のように冷たい。
自分も、この世界で死ぬことがあれば、こうなるかもしれない、という思い出したくない現実。それが見えない冷水になって顔にたたきつけられた。




