配属先の街への馬車
馬車に揺られている。荷台の座り心地はあまり良くはない。
正直な心象を述べるなら、歩いた方が早いだろう。
司祭は目を閉じ、向かいで静かに座っている。
彼と再会して、一番に感じる事は、まるで人が変わった様に落ち着いている事だ。
立場が人を作る。そういう言葉を耳にした事があったが、正にその通りと言えるだろう。
荷台から空を見上げると、数羽の鳥が列を作って真っ直ぐに飛んでいく。
例えるならそう、昔の彼は、あの鳥の様に真っ直ぐであった。
感情も、行動も、或いは食欲も。嘘や誤魔化し等しない、自分を偽らない、そんな真っ直ぐさがあった。
同じ孤児として、その姿に憧れた。孤児院の面々は、皆、彼の後ろをついて回った。
院長にも好かれた彼は、ある日迎えに来た司祭様に連れられて中央へと旅立っていった。
その点、私は落ちこぼれだっただろうか。
違いない。だからこそ、こうして立場に差がついた。一介の修道士と、司祭という違いだ。
孤児院に遅くまで残った私は、結局、他に行く場所などなく、院長から洗礼を受け、修道士の道を歩き始めた。
どういう経緯を辿ったのか知る由もない。
中央の教会という場所がどれだけの格式を持っているのかも解らない。
そこで彼が、どういった努力をし、どういった徳を修めて、司祭にまでなったのか。
ともあれ数奇な巡り合わせによって、この地で再び共に過ごすことになる。
出立の際に二言三言、言葉をかわしただけ。
まるで私の事など覚えていないかのような、そんな装いにも関わらず「久しぶりですね」と言った。
空の雲は、重く暗い。明日は雨が降るだろう。そんな中を、言葉を交わすこともなく、馬車の荷台を共にする。
馬の蹄が地面を掻く音と、荷車の車輪が石を弾く音だけが響く。
「間もなくですよ。」
御者の男が、一体何時以来だったかの声を発する。
私が配属されるのはアンジュという街らしい。東方に位置する、辺境と言える場所だ。
更に行けば、その先は未開となる。中央から見て、信仰の行き届く最外殻といえる場所だろう。
先任の司祭や修道士が不幸に見舞われ、新たな赴任司祭が必要となった。
その司祭である彼を手伝う形で、私が抜擢され、同伴する。それだけの話だ。
「どの様な街なのでしょうね。」
向かいに座る彼に、改めて声を掛ける。もう昔の様に接する事はできないのを、理解しているつもりであっても、これから共に過ごしていく間柄なのだから、交流を持ちたかった。
「今あの街は、教会さんには住みづらい街かもしれませんなぁ。」
彼の代わりに、御者の男がケラケラと笑いながら、濁った高い声で応える。
「というと?」
その話を拾って、ただ漠然と続くだろう沈黙を回避する。
「少し前の祭りの夜に、ひと騒動起きましてな。死人が出た上に、その後、大量のゾンビまで湧いたと言う話で。街の庁舎の遺体安置所から、わんさと湧いて出たゾンビが、司祭様や住民を巻き込んで大事になったとか。」
男は話を笑いながら、馬の手綱を引く。
薄気味の悪い男だ。今の話の、どこに愉快な要素があるのか私にはまるでわからない。
この二日、この馬車に揺られて来たが、男が口を開いてこの様に笑う奇人などと、今始めて知った。
「私もね、その祭りの夜にあの街に居ましてね。それはもう、大変な騒ぎでしたよ。叫び声が上がってよく解らぬまま人が逃げていく。そんな中を、まるで街の役人たちは収拾に動かなかったようで。」
馬が嘶き、男は慌てて手綱を引き締める。
「その様な街では、先任の司祭様はご苦労をなさっていたのでしょうね。」
彼に向かって言葉を発するが、彼は眼の前で腕を組んだまま目を閉じ、静かに座り続けている。
「導師様なる妙な知恵者が行政に出入りしているようで、はてさて、住民も不安がっている様です。訪れる私のような行商人も、この先、足を向けるのをやめようかと思っておりましてな。」
馬を落ち着かせた男が、改めて笑いながら、話を膨らませていく。
辺境ともなると、やはりそういった治世の乱れも色濃くなってくるのだろう。
実際に足を運んで、見聞きをしてみなければ実態はわからないが。
それでも、死者の弔いが正しく行われていないとなれば、それは重大な問題である。
先に中央で起こったゾンビの大量発生という大事件も、長く尾を引いていると聞いている。
昨今、特に冬季の薪の価格は、とりわけ顕著な不安材料となっていた。
木こりたちがゾンビを恐れ、山に入るのを恐れているのは、彼らこそが最も被害にあったからだそうだ。
そんな最中に、死者の弔い方を誤り、多くのゾンビを発生させたというのであれば、それは一層の恐怖を駆り立てる事にほかならない。
「私はね、今後とも教会さんとは上手くやっていきたいと思っておりますから、こうしてご案内をさせていただきますがね。あの街を拠点にして商いを営んでいる連中には、余りいい印象は有りませんな。他の街で売れる品でも、あの街ではまるで売れない事すらありましてなぁ。」
男は、一体どこにそんな口を隠し持っていたのかという程に、饒舌に語り続け、一人で笑い続けている。
空を往く自由な気ままな鳥たちが、また一列、私たちの真上を横切っていった。




