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ウメコのテンプル 並行世界の風水導師  作者: うっさこ
陽の傍に影あり
162/193

導師様は何処(いずこ)に

「昨日、庁舎にこの街の新しい司祭が訪れました。就任の挨拶とは言っていましたが、要はこの庁舎に留まっている被災者を引き取りたいとの交渉でした。ところが、被災者は誰もそれに同調しなかった。」


 にわかに曇天の雲間が切れた様に陽の光が入り込む量が増えた。

 丁度そのタイミングで、ポンコツは光が射し込む窓の側に立っている。


「一昨日の夜は、それなりに騒ぎになったのですよ。青白い光が街の至る所で飛び回る。私はそれが、何であるかは知っていましたが、それが街中の規模、それもそれなりに長い時間。被災者には亡き家族が別れを告げに来た、とそういう噂が持ち上がっていたそうです。事実を伝えるのは、貴方もお望みではないでしょう?」

 逆光で隠れ、ポンコツがどの様な目で、どの様な表情でそれを言っているのか、見る事はできなかった。


「都合の良いことは、利用した、と言う事ですか。」


「そう。貴方が演った事ではある。けれど、それは貴方とはまた違う別の誰か、である、導師様が行ってくださった、と言う事になりました。たまたま、同じ様な事を観た事がある、誰か、の口伝いに、ね。」

 恐らく、被災者の中に、その被災者全体を制御するための誰かが紛れ込んでいる、と言う事なのだろう。


 そう考えれば、彼女が起こしていた口論の類も、その内側から知らされた情報なのだろう。


「今は未だ近しい存在である、貴方と導師様、を切り離して、導師様という存在を今より更に、現実からかけ離れたものにする。そうする事で、貴方は、本来の、役所の嘱託のバグマスターという人物に戻る事ができる。これが私の提案する現実的な今後の方針です。」



「でもそれならば、私を導師様として側仕えしてくれている彼女などは、どうなるのです?」

 少し落ち着いて、頭を整理しながら、まず気になった事を尋ねる。


「変わりませんよ、何も。あの屋敷のご利用についても、彼女の仕事としての扱いについても同様です。衛士もあちらに配置を続けます。あくまで表向きに、貴方の扱いを、以後、嘱託のバグマスター相当にする、と言う事であり、街の何処かに導師様がいる事は変わらないのですから。」


 手元にある茶の入った椀を持ち上げ、口元に運ぶ。冷めた茶にわずかに甘い柑橘の香りが漂う。

 その香りに、冷静さを少し取り戻せた気がした。


「まぁ、今後とも、折々にこうして、貴方とは話し合わなければならないでしょうけれどね。」

 ポンコツが窓の側から動き、自身の机からまた新しい書面を取り上げる。

 そして対座し、その紙面を私に手渡す。


 貴族の遺児。冬季に街に入り、財産として屋敷を受領。現在は嘱託のバグマスターとして勤務。

 師であり先達である先任の嘱託バグマスターの娘を弟子に持つ。


「貴方の肩書です。修道士にそう認識されているならば都合がいい。如何です?」

 確かにあの母娘おやこであれば、こういう事になった、としても協力はしてくれるだろう。

 そして行政としても、この肩書通りに私を扱ってくれるのであれば。


 私と、導師様という存在の乖離かいりが進めば、悪くない提案だろう。


「この街が今後も存続できる、なら、悪くない話、かもしれないですね。」

 そう、そこに尽きる。依然、全てを捨てて私がこの街を逃げるという選択肢もあるのだ。


 そこまで執拗に、教会がこの街やこの地域に拘る理由が見えてこない。

 目先の問題である、今を乗り切った所で、直ぐ次の難局がやってくるかもしれない。


 或いは、この提案を飲めば、私がある日突然消えたとして、それで支障がない、保証もない。

 この町の運営部との依存関係は、むしろこの虚構事業の共謀者として、暫くは続くことになる。

 深くこの街に関われば、関わっただけ、しがらみは強まっていく。


「では、そうですね。あの屋台街で茶葉や石鹸を買えるようにいたしましょうか。貴方に以前、受付窓口で評価いただいた品々です。他にもご要望やご意見をいただければ、多少、採算が悪くとも品として並べましょう。」

 紙面から顔を上げ、ポンコツを見れば、また憎たらしい作り笑顔でこちらを観ている。


「怪我の跡などの薄い肌にも、刺激が弱く、香りも良い。最初は乗り気ではなかった衛士にもなかなか好評なのですよ、あの石鹸は。北部の植樹地区が上手く機能すれば、何年か後には採算も追いつくでしょう。」

 手に持った空の椀を、わざと音を立てて机に置く。奥歯がギリリと音を立てているのがわかる。


「街で流通するものに、直接意見を反映させられる。魅力的でしょう?私にも大店おおだなや職人にそれなりの伝手があるつもりです。そういった商品を並べて、評価もされれば、屋敷街のあの新しい屋台街も規模が大きくなっていくでしょうね。」


 静かに手元の紙面をポンコツに押し返す。


「これでもう話が終わりなら、仕事に行きます。」

 いい加減、席を立つ。時間が過ぎていけば、それだけ帰りが遅くなる。

 或いは、疲れた上で、暗い中、雨に濡れて帰るというのも、気が滅入るだろう。


 そうなる事で、きっと心配するのは彼女だ。それでは折角取り持ったのに、甲斐がない。


「ご提案いただいた被災者の今後の方針は、参考にさせていただいても?」

「勝手にしてください。」

 言葉と共に一度足を止めて、溜め息を吐き出すと、扉に手をかけた。

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