外気と室内の温度差
「土砂に飲まれていくな。」
街の外に点在するヒトの住処が、いくつか、山崩れに巻き込まれていくのを見ている。
自分の足が震えているのが解る。なんとか逃げ果せたが、巻き込まれていればあの土や岩の下で潰れていたとしても。
その恐怖は、未だ背にしがみついて離れないアキサダの足の力からも、感じられる。
雨が勢いを増している。大粒の雨が、時折と降り掛かってくる。
「ナッキー、アキサダさん!」
声が響く。振り返ればそこには同族が居る。社屋から偵察にでてきたのだろうか。
「外に出ている連中に、巻き込まれたやつは居ないか?」
「現在、異常を察知したハルタさんが、社屋で非番勢の点呼を取っています。」
「ヒトが、走っていくね。」
アキサダが背から降りながら、そう呟いた。街の役人だろう連中が、明かりを持ってその言葉通り走っていく。
山には怪異がまだ残っているだろう。危険に向かっていくようなことだ。
「社長はどうしている。」
「社屋の地上にて、お過ごしのようだ。御出になられた様子は、まだ。」
「そうか。それは幸いだ。」
傍に立っているアキサダに催促し、ヒトの住処の屋根から降りる。
見積もりが甘かったと、感じざるを得ない。怪異であれば、同胞たち総出でかかれば、抑止はできるだろうと考えていた。しかしそれを改めざる得ない。
災害を起こせる。それだけの力を持ちうる。
力の扱い方、状況にもよるのだろうが、そうした前提で動かれれば、この小さい体など簡単に巻き込まれ、命を手放すことになるだろう。
そうした場合、社長を守り切ることなど果たして可能なのであろうか。
或いは、社長であれば、自身ではなく周りを救うことを望むことも有るだろう。
そうした時に、我々はそれを叶えることが可能なのであろうか。
相手がああした怪異であれば、相手がああした巨大災害を前提として動くのであれば
全てを叶えることはできないだろう。同胞にも犠牲は発生することだろう。
それを圧して、ハルタが、フユミが、アキサダが、そうしようと意思を維持できるだろうか。
恐らく、ハルタは無理だろう。フユミも、慕ってくる仲間を優先するかも知れない。
「何か、手を考えねばなるまいな。」
亀を手繰った所で、山を相手にすることはできない。
それはハルタの猫であっても、フユミの鳥であっても同様だ。例え数を伴っても、状況は変わらないだろう。
怪異そのものと立ち向かうことと、その影響に対して立ち向かうことは違うのだ。
「フユミはどうしている。」
社屋へと足を進める中で、徐々に偵察にでていたらしき同族が集まってくる。
「夕方に空へ出て行ったきり、まだ戻っていない。偵察に出ている間に戻ってきているかも知れないが。」
「偵察連中を一度呼び戻せ。持っている情報を集めて整理する。アキサダ。」
「うん。探知している範囲ではフユミを感じない。かなり遠くへ出ているのかな。」
言わんとしている事を察してか、キノコを介しての探索を試していたらしい。
或いは、あの災害に巻き込まれたという線も捨てない方がいいだろう。
何にしても、フユミの同族が捕まれば、何かしらの情報は掴めるだろう。
雨の間隙を縫って、社屋の上へと降り立つ。
手近な雨水溜まりに潜り、水路を抜ける。
頑丈に作られた地下社屋は、今のところ雨水や山崩れの影響を受けていない様子で安心をする。
最も、あの規模の山崩れに巻き込まれれば、土石流に飲まれてもおかしくはないだろう。
それを前提にした作りにするか、そうでなければ、そうした本格拠点の設営自体を諦める手を考えるしか無い。それにしたとしても、膨大な時間とインフラ構築のための技術が必要だろう。
「いかんな。相手に飲まれている。」
口に出して戒める。そうでもしなければそれは払拭できる気がしなかった。
社屋の戸にたどり着く頃になれば、流石に社員たちの喧騒が感じられる。
「ナッキー!良かった。」
発光係の光源に照らされて、集まっている中から、こちらに気づいたのかハルタが走って向かってくる。
「無事か?」
「とんでもない地鳴りだったが、なんとかな。こっちは外に出ているフユミたちはまだ戻ってないのと、ちょっとな。」
「どうした。何かあったのか?」
浮かない様子のハルタに、漸くたどり着き、後ろからやって来たアキサダが声をかける。
「下の階層が崩れたらしい。潜ってた連中が這い出てきて途方に暮れてたよ。強度が足りなかったって。外は大丈夫だったか?」
報告を受けて、アキサダが頭を垂れる。費やした時間を考えれば、意気落ち込むのも理解はできる。
「無事なら、また掘り直して組み直せば、いい。構わない。」
アキサダはそれだけ言うと、そのままコチラに背を向けて下の階層へと向かう行動へと足を進める。
「一体何があったんだ。」
「危うく死にかけたのだ。濡れて冷えた身体を温めにいったのだろう。」
アキサダを追わずに、騒がしい周囲を見渡す。若干の不安はあれども、連中に悲壮感はない。
「詳しく説明してくれ。フユミもまだ戻っていないし、外はどうなっているんだ。」
「バケモノに襲われたのと、土石流から必死に逃げてきたのだ。山が崩れてな。」
「へ?」
ハルタがその場で固まり、エントランスの喧騒は一瞬で静まった。




