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俺たちに起こった変化、何も「体がより強くなった」事だけではない。
だがまずはそこに真っ先に興味を奪われた。一番わかりやすかったからだ。
足の強さ、羽の強さ何かがそれだったろう。だがそれは、やがて自分の一部となる様に「当たり前」となっていった。俺たちの中には、あの場にいた全ての連中が含まれる。
そう、特別な変化だと慢心する間もなく、それは特別な事ではなくなってしまった。誰もが持っている、ごく普通の姿でしかなかった。
同族の中には、真っ先にそれを狩りに試した連中がいた。あの初めての仕事にありつく前に、俺たちは生きるために飯を食わねばらなかった。
嫌でもその中で気づいていったのだ。今までの生活が一変した事に。
仲間には既に、生きた獲物を狙う連中がいた。最初にそれを始めたのは最早誰かわからない。
大型の昆虫を含め、自分の何倍もある生き物が、恐怖が、逆に獲物となった。樹液を争って、命を懸ける事も最早ない。自信と余裕から、飢えはどこかへと消えていった。
とはいえ、それは昆虫に限っての話、同族の中での話だ。遥か高み、動物という領域に及ばぬ事は、誰の頭にもあった。
当然、神の領域たる「社長」になど届くわけもない。動物の中でもその「社長」と同族である、「人」という高みが、あらゆる慢心をかき消していた。
そんな中で、俺たちは本当の意味で「飢え」から解放される。
「社長」によって用意された山ともいえる食料は、あれから幾度も俺たちに与えられている。
その度に、余裕と自信が満たされ、自ら進んで狩りを行う連中は減っていった。
中には、そうした「社長」に心酔し、最早片時も離れぬと、草の影、木の影、岩の影と追い続けている連中すらいる。
連中が言うには、すり寄る様な距離はその威光に阻まれ、そうしてある程度の距離をとるしかないらしい。
そうして俺たちは自然と、自分の内側へと、日々の過ごし方を向けていった。
獲物を求めて走り回る時間は、草木を駆け抜け競う時間になり、木の幹を駆け上るのを競う時間になった。そうした中で、以前の脅威が、脅威でなくなってきた事を知る。
蛇や蛙、トカゲといった悪夢に、自然と気づく様になった。相手よりも早く、だ。
それらよりも早く駆け抜け、姿を隠し、隙を探り、一刺し、二刺し。精力旺盛な敵を、自らを試す相手として選ぶ。狩りとしてではなく、自分たちの研鑽のため。
中にはやはり、俺たちを遙かに超える力を、速度を、持ち合わせる存在が数多くいる事を再認識することにもなった。いくら強靭になったとはいえ、だ。
だが、俺はどうにも腑に落ちていなかった。感覚が鋭くなり、体が強靭になったと理解した今その時ですらも、未知が自分の中にある事を感じていた。
天高く飛び、風を受け、舞い降りる中に感じる違和感。それがその一つだった。
突き抜ける空には、まるで重みがない。
背に受ける風には、草の葉を弾むような感覚。迫る地面からまるで遠ざかる様な、風の追い上げ。
それらに気づくと、まるでそれが願えば得られるかの様な、錯覚。
まもなく、その錯覚は現実であり、その現実が違和感の正体であったと気づく。
自分に「風を操る力」が備わった、備わっていたことを確信する。
「意のままに風を動かす力、ねぇ。」
フユミは疑うでもない目で、俺を見ている。今この場に、草が舞う渦を起こしている俺を見ている。
「こいつは面白くなってきたね。アタシにもできると思うかい?ハルタ。」
「いや、それは分からない。俺もまだ、色々試している最中だ。」
「あんたが、あの奇妙な動きで鳥の巨体をかわして抜けた、それがその正体ってわけか。」
合点を得て満足げにフユミが頷く。
「でもね、ハルタ。満足している暇はないよ。確かに、その力は興味深い。」
「そろそろ、お前の種を明かしてくれ、フユミ。お前はどこから俺を見ていた。」
ずっと溜め込んでいた疑問を突き刺す。フユミのあの不満げな声が思い起こされる。
すると、再び悪戯を思いついたかのように、フユミは笑い、その真っ赤な甲羅を持ち上げる。
「アタシらの中には、キノコがある。あんたもわかるだろ、ハルタ。」
腹から駆け巡る様な、力のうねり。キノコと聞いて、体が震えるのを感じる。響く。
それはずっと、知っていたはずだ。こうなってから何処かに、ずっとわかっていたことだった。
ほんのわずか、恐怖がその頭をのぞかせる。
嫌でも思い出す、あの地獄絵図。思い出さないようにしていた、死の恐怖の記憶。だが、静かな意思と、確かな自信がそれを抑え込む。
体のキノコは、意思によって鎮まる。
「アタシはね、自分のキノコをとことん知ろうしたのさ。わかるかい、ハルタ。」
フユミはまるで知らない顔を見せる。真っ先に獲物に向かう、先陣を切るフユミとは違う顔。
「そもそも、アタシたちをキノコに変えちまうっていうのはどういう事だろうね、ハルタ。アタシはそこがずっとわからないでいた。幾度も仲間がキノコになったのを見ても、納得できずにいた。」
フユミのそれより遥かに大きな、空気を掻く音が響く。
その音を聞いても、一切の恐怖はない。冷たい視線も、刺すような敵意もまるで感じない。
フユミが羽音を立てて飛び上がる。
そして、まるで恐れを知らないいつものフユミの顔そのままに、その巨躯へとまたがった。
「でもね、こうなってわかるような気がしてきたのさ。キノコを食ったアタシたちを、キノコに変えちまおうとした、この奥底に沈められたキノコの気持ちをさ。」




