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ウメコのテンプル 並行世界の風水導師  作者: うっさこ
災害の爪痕
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心に響く声、それと味

屋敷街へたどり着く。

 途中から地面を打ち付け始めた雨粒は、激しさを増していくばかりであった。


 ほんの一時、運良く、止んでいただけ。そんな事は季節を見れば予想ができた事だった。

 雨季はまだまだ続く。この雨が止むには、まだ多分、数十日は有る。


 まだまだ雨が降り、そして暑くなってくる。そうしてから、乾季がやってくる。


 そんな中でも、芋もどきや米もどきは、腐ったり枯れたりする事はない。

 その生育を見れば、今がどういった時期なのか逆引きすらできる。


 例年に変わらない。もしそんな事があれば、あのポンコツが見落とすことはないのだ。


 だから多分、この残酷な雨は、まだまだと降り続く。


みゃあ。

 猫のなく声。不意に立ち止まってしまった私にかけられただろう、唯一の声。


 屋敷の前の、屋台街通り。軒を持った屋台が並べた行灯の火が、雨に乱反射をしている。

 まるで滲んでいるかの様に見えるそれは、私の元いた世界のネオン灯か、街路の蛍光灯の様に見える。


 それから遅れて、ささやかな声や生活音が耳に届き始める。


『何で誰も助けに向かってくれないんだよ。なんでだよ。』

 何度も何度も、繰り返し心に叩きつけられる声が、今も響いている。


 仕方がないじゃないか。皆、自分の生活や役割があるんだ。

 そう言い聞かせる、自分の心に反して、遮って、塗りつぶすように、その声は響く。


 私にどうしろって言うんだ。これ以上私に何ができたっていうんだ。

 導師様だって持ち上げられて、街を救ったって持ち上げられて。


 それで天災の一つも、なかった事にできなかったのかって、解決できなかったのかって。

 街全体を、永遠に助け続け、幸せに導き続ける、そんな便利な存在じゃないのかって。


 そんなわけ無いじゃないか。

 そんな事言うなら、私を救ってくれる人は、何処に居るっていうんだ。


 ずっと帰りたいって思っている私を、助けに来たよって、手を引いてくれる。

 異世界に落ちるなんて天災に巻き込まれた私を、助けてくれる導師様は、一体、何処に居るんだ。


 誰も、私を、助けに来てくれないじゃないか。


頬を伝う雨粒は、拭っても拭っても、どんなに拭ってもこぼれてくる。


 わかってる。皆には生活があって、その生活のためには仕事がある。役割がある。

 それは限られた人員で回っていて、助けを求める声よりもいつも少ない。


 間に合わない事、助けられない事なんて、決して珍しいことじゃない。

 彼のお父さんも、彼も、そんないつだって間に合わない、不幸の一つだったんだ。


 そんな事は、三年もこの世界に待たされている、私だって知っている。

 助けなんてもう来ないのかも知れない事だって、薄々気づいてる。


 諦めなければ届いたかも知れないその幸せは、もう、諦めなければならないんだって。

 そんな事は、私だって同じなんだ。


 そんな私に、これ以上何を求めるっていうんだ。何ができたっていうんだ。


 私は、この世界を救いに来た、勇者様なんかじゃない。

 私は、この世界の女神様に手を差し伸べる、王子様なんかじゃない。


『行きましょう。お手伝いします。』

 その声が心に再生されて、息が詰まる。心臓が止まる。


 私に、あんな事、できるわけがない。

 私は、あんな事、してもらえないじゃないか。


『ユメコ、道の真ん中で、泣いていちゃだめだよ。』

 涙が止まる。そんな声が聞こえた気がして。心臓が動き出す。


 突然、耳に街並みの生活音が戻ってくる。辺りを見回す。

 その声を覆い隠して、何処かにやってしまうかの様に。


 その声を追い探す。足が一歩、前へ出る。


「やっぱり客かい。まぁ、座りな。」

 間近にあった屋台の店主が、ハッキリと私に声をかける。

 急に呼び止められて、その一歩が再び止まってしまう。


「店の前で、雨に濡れたまま突っ立ってるから、何かと思ったよ。」

 にじんだ行灯に見たことの有る顔が浮かぶ。

 被災者の炊き出しにも見た顔だった。


 言われるままに、軒に並べられた長椅子に腰掛ける。もう立っていていたくなかった。


「こんな天気に、あんな大事まで起こったんじゃ、客足も遠のいてどうにもならねぇ。」

 そう言って、店主は空の陶器の碗を、私の目の前に置く。


「だからって、店を開けないわけも行かねぇ。そういう約束なんでな。困ったお役所だぜ。」

 そう言って、店主は空の碗に、それを注ぐ。


「今日は時間がなくてな。ろくな準備してないんだ。簡単なもので済まないが。」

 そう言って、店主は、碗の上に薬味を盛る。


「まぁ、今日は、皆、嬢ちゃんの世話になったしな。」

 そう言って店主は、そこにおにぎりを一つ添える。


 はっとして、店主の顔を見上げる。


「お疲れ様。ありがとうよ。今夜は、いつもみたいに、お代はいらねぇからよ。」

 そう言って店主は、不器用そうに頬を緩ませて笑った。


 目から再び、涙がこぼれ出す。視界がにじむ。


「ほら、さっさと食べちまえよ。腹に何か入れて、温まれば、少しは気持ちが楽になるだろう。」

 そう言われて、目の前に差し出されている碗を両手で包み込む。

 暖かさが両手に伝わる。たった湯気から、鼻を通して香りが伝わってくる。


 持ち上げて口元に運ぶ。

 同じものであるはずがないのに、どうしようもない懐かしさを感じる。


 しょっぱくて、甘くて、辛くて、温かい。

 私が用意したものとは全く違う、もっとちゃんとした、温かい汁物。

 お味噌汁ではないけれど、それに似た、この世界のこの街の、何か。


 長椅子の隣に、誰かが座る。きっと別の客だろう。そうして、急に時間が流れ出した気がした。


汁椀の横に添えられたおにぎりを、私は慌てて口に放り込んだ。

あの時の、焼いた味噌おにぎりの味がした。

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