警備部の監視カメラ映像
「全くノンキなもんだね、ハルタも、他の連中も。」
鳥を手繰り、その目と肌の感覚で、辺りを広く見回す。丁度、下ではハルタが社長の後ろをトラ猫で追いかけていく所であった。
住処の地上側では雨の中で悪ノミの三匹がはしゃぎ周り、あの地面の下ではナッキーやアキサダ、非番の連中が馬鹿みたいにデカイ『巣』を必死に作っている。
「フユミ姉さん、行かなくていいんですかい?」
「ああ、今は社長はハルタに任せておけばいい。それよりも、こっちだ。」
ハルタを目で見送った所に、追ってきたアタシの部隊の鳥たちが数匹、身体を寄せてやってくる。
「日が昇って直ぐに、見回りにやった連中からの報告は相変わらずかい?」
「ハイ。農作地周辺を鳥と一緒に回った連中からは、虫や小動物が目に見えて減っていると。」
鳥の羽を広げて、住処から、街の外殻に向かって風を切る。周囲の風景が目まぐるしく変わる中、アタシの部隊の鳥たちはピッタリとその尾についてくる。
報告は数日前、アタシの顔を伺うように数匹から上がってきていた。ヒトたちの作物に有益になるように、それとなく害になる虫や小動物の威嚇や駆除、監視をさせていたアタシの部隊だからこそ、ここに来て更に急激な変化にも気づいた事だ。
それとなくアキサダにも情報を流してやったはずだが、ハッキリとした返事がなかった以上、まだ『裏付け』なんてまどろっこしい事をしているのだろう。状況が加速して変わってきているのに、あんな土の下に潜ったままで、一体何が出来るか、理解できない部分だ。
ふと視界の端、地面の方に、トボトボと力のない馬に引かれて街に向かってくる荷車が入り込む。
一寸、嫌な予感が走る。最近、ああした感じの街への出入りが、ヒトの生活の騒動に発展してるのを幾度か見ていた。
「いくよ!」
翼で風を掴んだまま高度を緩やかに落とす。僅かに手繰っている鳥のココロがざわついている。本能なのか、アタシの不安が伝播したのか。
荷車に近づいていくに従って、アタシの身体にも、鳥から伝播する小さな震えの様なものをハッキリと捉えていた。前に似たようなモノを肌に感じたことがある。記憶にも新しい。
「フユミ姉さん。」
無意識に接近を止めて、一定距離から滞空していた所へ、他の鳥達もやってくる。
「あの荷車の中身にアタシは張り付く。アンタたちは、農作地の調査と、害虫、害獣達の動向を洗ってきな。もう直ぐ社長の呼び出しもあるだろうが、アタシは欠勤する。」
「そっちの調査の方も、腹持ちのいいやつを中心に欠勤させて、継続させな!」
連中の返事を聞く合間を置かず、向きを切り変え、荷車を空から目で追う。部隊の気配が散っていくのを感じながら、相棒の揺れるココロをなだめつつ、空に漂う。
この距離では、あの荷車がどういったものなのかしっかりと確認できない。ただ、あまり調子のよくなさそうな馬が引く荷台には、ヒトが二人乗っている。馬を手繰るヒトも合わせれば三人だ。
荷台には幾つかの大入りの袋。抱える程度の大きさの箱物もある様に見える。
「この辺りの連中やよく出入りする様な連中の身なりじゃないねぇ。」
違和感の一つは、それだった。例の一件から、ヒトは住む地域やその流行によって服装が変わる事を思い出していた。文化の違い、地域性の違い、生活水準の違いや、生活様式の違い。
ただ、前に何処かで、あんな姿のヒトを『今のこの目で』見た事があったような気がする。もしかしたらヒトの街の何処かには居たのかもしれないが、「最近は見かけなかった」のだけかもしれない。ただ少なくとも、何か特殊な役割を持って、街に近づくなり、街を通過なりするのだろう。
ふと、腹の中を吐き出しそうな違和感と共に、ゾワゾワとした感覚が湧き上がる。社長のコールだ。そしてそれに抵抗した影響が襲ってきていた。
「初めての、事じゃないが、慣れないもん、だね。」
こちらの不調を察したかのように、荷車との距離をそのまま保ちつつ、鳥が勝手に高度を落とす。
「気にする程の事、じゃない、さ。アタシくらいになれば、たまには、サボっても、いいんだよ。」
しっかりとお互いを繋ぎ止める『紐』を握る。その意志を汲んで、鳥は再び高度を上げる。
コールに従っている時は追い風を背に受けたように湧き上がる高揚感。
逆にそれに反発した時は、背徳感の混じった虚脱感がやってくる。
ガキだった頃に、学校をサボって、フラフラとしていた頃のよく似た記憶が、ふと頭によぎった。
コールへの反発に半分意識を持っていかれている間に、荷車はその弱々しい足取りのまま、街の中に入っていく。
やがて街の大通りを途中で逸れて、『見慣れた通り』を馬と荷車はよたよたと進んでいく。
「この街に御用、って事かい。」
意識を手繰って、高度を落とし、荷車を見失わない程度の距離を取りつつ、鳥を比較的見晴らしのいい足場に休ませる。小雨の中の長い滞空で、息切れを感じ始めていた。
はやる気持ちを抑え込み、自分の羽で駆け出したい気持ちを押さえつけ、一寸立ち止まって、その背に跨る相棒に意識を向ける。
「あの連中の行き先が解ったら、水を飲ませてやるからもう少しだけ頑張りな。」
そうなだめると、鳥は頷くように身体を振るって雨水を払い、再び翼を広げた。




