表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ウメコのテンプル 並行世界の風水導師  作者: うっさこ
移りゆく街
132/193

麦茶もどきを傍らに

 この世界で私が、誰かに教えてあげられる事なんて、殆どない。

 彼女と一緒に、お昼の買い食いを物色していても、屋台の端にまで目が行き届くのは、彼女の方だ。ただ、それでも二人で歩いて食事の中の彩りについて一緒に考える事は、彼女にとっても楽しい事のように見える。


「ありがとう。ごちそうさま。」

 芋もどきと玉ねぎもどきの串焼きを持参の紙袋に入れて貰い、引き換えに青銅銭を支払って、それを受け取ると、店主は認識阻害のかかっている私ではなく、彼女を見て、その分厚く硬そうな顔を緩ませる。恐らく、面識があるのだろう。


 彼女の交友関係は広い。昨日の様に、川の漁師から魚を貰ってきたり、野草や調味料を貰ってくる事は、出会って短いこの期間でも少なくはなかった。元よりこの街に住んでいるのだから、土地での馴染みもあるのだろうけれど、それでも交友関係は良好な様子だ。

 相手は彼女との何気ないやり取りと同時に、横に立っている私の事に気づかないまま、「導師様」への言伝を添えたりする。彼女が「導師様の世話周り」をしている、という話は決して多くはないが知られている様だ。そうした知己には私の「一方的に見知った」屋台の店主も多い。


 紙袋の中に収穫を抱え、屋敷の通用門をくぐる頃には、太陽は再び分厚い雲の向こうとなっていた。


 屋敷の台所で、私が紙袋の中身を広げた頃には、釜戸の鍋に火が入って、湯が焚かれていた。

 戸棚から、仕事の報酬の一つでもあるそれを取り出し、その鍋でふかす。


「導師様、よろしいのですか?」

彼女は私が茶類を好みつつも大事に飲んでいる事を知っている。接待ではなく、食卓としては嗜好品に寄った部類でもあり、彼女からそれを扱う事はまずなかった。

食卓の白湯として焚かれている鍋にそれが入った事で、それが一品として添えられたことに気づいたのだろう。

「私の生まれた場所では、食卓にも添えるのです。貴方にも味の感想を聞いてみたいのです。」

これは大通りの商店で見つけた品で、雑穀を焙煎した麦茶もどきのような物だ。少し珈琲に寄った苦味もあったけれど、この蒸し暑さに、無性に飲みたいと思ってしまったのだ。この世界に冷蔵庫はない。あのよく冷えた麦茶は味わえないけれど、ヤカンで炊いた麦茶の方が美味しいという根強い論も聞いたことがあったのを思い出す。


 遠慮しがちに、串焼きに手を伸ばし、麦茶もどきに手を伸ばす彼女を見つつ、私は饅頭もどきを口に運ぶ。芋の生地由来の粘り気に、麦茶もどきはよく合った。もどき料理に、ちょっとした郷愁を覚える。


 彼女が食後の炊事場を片付けている間に、既に済まされている洗濯の乾きを確かめるために席を立つ。奥の影となっている一室で、物干し竿に通され干された衣類はまだしっとりとしていた。ちゃんと石鹸を使って濯ぎ、私が余暇に手早に済ませる洗濯よりも丁寧に干されている様だった。

 この様子だと、夜の深まる頃には乾くだろう。明日着るものに困ることはない。


 飲み足りないと感じた麦茶もどきの余りを水筒に移し、新しく炊き直しているその台所で、彼女に幾つかの計算の手習いをしている頃には、外は霧のような雨と、僅かな風が吹き始める。


 そういえば、この世界では嵐や台風というものに遭ったことはなかった。

 はっきりとした土地勘は未だにまるで無いけれど、私の今まで旅程は、かなり内陸深い場所らしい。河があり、幾つかの大きな湖を経て、更にその向こうの下流で海へと通づるらしい。

 世界地図のようなものが欲しいと思うことはあるが、知的好奇心以上のものではなく、生活必需品でもないので、未だお目にかかる機会はなかった。


 恐らく生涯をこの土地で過ごす彼女や、この街の殆どの住人は、「世界の形」というものに知識を持つわけもなく、気候や地形といった環境による産物の違いにも理解はないだろう。

 この街に、どこかから運ばれてくる食べ物や調味料。そして逆に、この街からどこか運び出される食べ物や調味料。そこから更に、旅をする者や商人によって運ばれる嗜好品の数々。茶類もそうだろう。この街で作っているもの、街の外から運ばれてくるもの。

 その先にどんな人々が居て、どんな生活があるのか。彼女らにとっては、想像すらした事もないのかもしれない。そういった事に知識や理解を持っているのは、この街では極一部だろう。


 中央と呼ばれる、以前滞在をしていた大きな街では、居住者ではなく旅客や広域流通商人といった面々が多く目に入り、その居住者よりも幅を利かせていた様に思う。

 しかしあれが「いつもの日常」であれば、この街の様に「居住者中心の街」は、異文化で理解が及ばないものなのかもしれない。


 この世界、この地域では、そう言った文化間の緩衝材として、恐らく、教会というのは存在しているのだろう。それだけに、この街に対する教会の評価が、大きく流通を左右してしまうのだろう。


 あのポンコツはそんな要所と厄介事を起こしている。勿論、その厄介事に、教会側が何の責任もないとは言わないが。私がそんな「社会性」に対してまで「代行」を行えるわけもなく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品は外部から「観測」されています。
アマテラス干渉システム Chimena
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ