前身会社の遺産整理
「問題、というのは。」
ふと、ナッキーとアキサダに、『夏樹』と『秋定』の面影を幻視する。こうして、「二人」が直面した問題を共有するといった事は、ヒトであった頃にまで遡れば、そう、数多くはなかったが決して珍しい事ではなかった。
意識が過ぎ去った時間を巻き戻す様に、かつて過ごしたあの時代の事を呼び起こし、今のこの時間に重なり合う。ナッキーの面立ちが、アキサダの手振りが、まるで寸分違わずあの時のままの様に思えるさえする。そして実際に、それはきっと事実だ。
「SoMP、Salvage of Memory Project。計画について思い出すことはできるかい、ハルタ。」
アキサダが発したその言葉が、脳裏に反芻されると同時に、寸瞬とも、数分とも感じる目眩を覚える。思い出せない、けれど、記憶の何処かに引っかかる、不気味でもあり、嘔吐感。その不快感を過ぎた先に、ゆっくりと、それが何であったかが、理解され、思い出されていく。
「俺たちの、我が社の企画した、最後の一大プロジェクト、だろ。」
違和感と同時に、全ての感覚に悪感が生まれる。自分が自分であることを受け入れられないような絶対的な不快感と同時に、引き出されていく記憶と共に、自分がハルタではなく『春太』に立ち返っていくのが自覚できる。
「無理しなくていいよ、ハルタ。少し説明しようか。楽にしてくれていい。」
アキサダはその多脚を起こし、器用に石を抱えて俺の背に添える。
「そう。そもそも、色々と破綻している。正しく言えば、失敗した。SoMPは失敗したんだ。冬巳や春太、夏樹が懸命に時間を稼いでくれたのに、間に合わなかったんだ。」
「私の記憶の一番最後、引き継いで遡れることのできる記憶の限りでは、当初予定していた実行回路はその半分も機能を満たせていなかった。更に実行から処理の終了まで見越せば、実際にどの様に完了したのか、見届けたものは誰もいない。最後に残った秋定が言う言葉が事実ならば、な。」
「Salvage of Memory、量子ストレージに存在する記憶を次の生で引き継ぐ、その計画の全容は多岐に渡る。でも、その計画はそもそもメインタスクにはなれなかった。量子ストレージと海馬のヘッダーにある識別アドレスについての第一人者である河内教授が、Quantum Bom、量子爆弾の開発側に行ってしまったことは覚えているかい?」
量子爆弾。そう、我が社の裏で、最期に一矢報いる、と願いの元に進められていた、国際プロジェクトだったはずだ。招致し、計画に於いて必須であった客員が、そちらに回ってしまった事が脳裏の更に奥底で燻る、焼き付けられた記憶に残っている。
「勿論、バックアップがまるで受けられなかったわけではない。だが、秋定と私は、徐々に失速していく開発状況を明確に覚えている。最終的に向こうさんがどうなったのか、それは預かり知る事はできないが、少なくとも、サブタスクに過ぎなかったこちらは、途中から完全に、途切れてしまった。或いは孤立させる事で逃されたのかもしれない。」
二人が言っている事がまるで理解できない。耳に入ってそのまま通り抜けていく。
「そして何より決定的なのは、記憶に残る範囲では、実行処理を始めていない。そもそもが、記憶を引き継げない、そのはずなんだ。」
「だが、我々はこうしてここに居て、こうして共通に、ヒトであったことを思い出した。前世の記憶、と言うやつだ。ここがどこで、今がどういう状況なのか、あれからどれほどの時間が過ぎているのかも、まずそこから不明な状態なのだ。」
「ちょっと待ってくれ。」
頭の整理が追いつかない。何度も頭を振り回す。未知の言葉を記憶と照らし合わせ、必死に理解しようと噛み砕いていく。
「単純に、前世の記憶、や、異世界への転生、なんて話なら理解の上で良かったのだけれどね。」
「だが、そうはならなかった。」
「社長の、歌を覚えているかい?」
『アキサダ』が表情を和らげて言う。『秋定』ではなく、『アキサダ』が指す社長は、彼女の事だ。歌。そう、社長の歌。俺たちの記憶の鮮明化がより進んだ、あの夜の話。
「あの歌を、社長が唄った、あの歌を、私は知っている。お前も知っているだろう。我々は知ってるんだ。『嘘の絵の具』という歌名を。」
ああ、そうだ。知っている。思い出せる。あの曲は、あの歌は、職場で夏樹がよく聞いていた曲で、夏樹のカーステレオからよく漏れ出ていた曲で、あの曲について話す時の秋定と夏樹の柔らかい表情を、ちゃんと思い出せる。
よほど気に入ったのか、あまりにも連続再生するので、量子タイムラインで話題にもなったのだ。あの曲が、自分たちがヒトとして生きていたその期間よりも古い曲だという事すら思い出せる。
だから、今ここにこうして、『この場にいる仲間が全員』、知っていたとしてもおかしくはない、曲のはずなのだ。
ナッキーが足を崩し、その場に座り込む。
「それは少なくとも、社長が、私達と同じ世界、或いはここが私達のヒトとした過ごした世界と同一であるならば、同じ時代、近い時代の出自だ、という事だろう?」




