お小遣いと窓口の粗茶の味
「こちら、本日お渡し分です。」
窓口の男性職員から、青銅銭の詰まった布袋を渡される。受け取り、あまり深く確認はせず、その中身を取り出しポーチの中に入れると、空になった袋を返す。言うなれば、お小遣いだ。
私の受領する報酬は、行政から「屋敷を」貸与される様になってからも、実の所あまり変わっていない。そう「変わっていない」のだ。
家賃などの取り分はどうなっているのか、役所で行われている決済の形式がまるで想像もつかないが、恐らくそこには「導師様政策」の迷惑料も含まれているのだろう。
数日置きに、割られた薪が届く。調理器具など下宿屋で共用利用していたものと同水準の家具は既に設置されている。風呂や煮炊きに使用する井戸も屋敷の庭に存在し、その利用料もまるで取られている感じがしない。あの屋敷、本当に街の闇そのものと言える。会計上はどういう決済になっているのか、考えたくもない。
そしてこうして渡される報酬はむしろ下宿屋時代よりも、そして嘱託受注開始時よりも多いのだ。
ああそうだ。「彼女」の雇用料金もどの様に捻出されているのだろう。やはりここからお小遣いを渡すべきなのだろうか。更にポンコツは言っていた。先程も言っていたのだ。今後を鑑みて報酬のお約束はすると。更に増える。大丈夫なのだろうか、この街は。
「どうぞ。」
思慮に更けながら、外を降る雨音に耳を傾け、窓口の待合椅子に座っていると、求めても居ないのにあの柑橘の香りのする少し苦めのお茶が差し出される。例の件から、味覚や嗅覚、舌の感覚はほぼ完調したが、このお茶は試行錯誤もあるのか味が安定しない。
「いつもの職員さんはお休みなのでしょうかー?」
こうした窓口の報酬の授受やお茶の配膳は、普段はあの少し押しの強い女性職員が行っていた気がする。しかし本日は、例の導師様御来社号令係といえる、阻害貫通さんが対応を行っている。この人は恐らく一般職員よりもやや上の立場で、ポンコツに近い職員だと思っている。
「彼女は今日、申請休を取っております。導師様のお陰で、そうした休みを取りやすくなったと喜んでおりました。上司が理解してくれるようになったと。」
また、導師様のお陰で、である。ほんの少し嫌味のようなものを感じなくもないが、勘繰りかもしれない。そういう休みが配慮されるようになった、という事は良いことなのだろうが、逆に言えば、あのワーカーホリック気味のポンコツが、今まで配慮しなかったことに依る弊害が、この庁舎の勤務形態の細部に存在していたのだろう。
「人手不足、なのですよね?」
「良いのです。導師様がご自身を持って御苦言下さるまで、そうした事へは疎い、という慣例化した不満は存在していたようです。上役の方から、そうした申請を無下にせぬ様にと。募った不満から勤務能率低下や、退職に繋がる方が、現在の人手不足の深刻さが増すと、上役方々が口々に発するようになりました。」
現場である下位職員側がそれでいいのなら、良いのだけれども、やはり言葉の中に若干の嫌味のようなものを感じてしまう。男性職員にしてみれば、その分の仕事の負担が増えるのだから無理も無いのかもしれない。
「我々職員はいいのです。極一部、と限定した言い方になりますが、公私の、私に当たる部分がまるで欠如したかの様に存在しない方も居ますので。我々としては、寧ろそういった方に申し訳ない気持ちもあるのですよ。」
誰とは言及されていないが、一人、思い浮かぶ顔が確かにある。しかし、公私混同していないかという言については、納得できない部分もある。私的な理由で、物事を曲解し、その被害を被っているのは私なのだ。
屋根を伝い、軒をリズミカルに滴る水滴の音が、窓口の隅には伝ってくる。その音に耳を傾けながら、差し出されたお茶を啜る。今日の味は、少し柑橘の風味が強く、苦味が薄い。
「もう少し、苦味がある方が私の好みです。日々、味が洗練されているのはわかります。この味が好きという人の方が、恐らく多いのではないでしょうか。」
「御食通の導師様の御意見、痛み入ります。粗末なものですが、宜しければお持ちになりますか?」
物は言いようである。首を横に振っておく。お小遣いまで貰って、その上、庁舎の備品まで失敬する様では、体裁の悪い言い方をすれば、ただのタカリ屋だ。下の上辺りの目立たない生活を望んでいるのだから、そんな体に堕ちるつもりもない。
「帰ります。また明日。」
預けていた番傘が差し出され、それを受け取り窓口を立つ。
雨の音は、昼をやや過ぎたこの時間も尚、続いている。雨脚も強まりつつある。
庁舎をでて、雨中を進む番傘を開くと、何処に潜んでいたのか、使い魔を名乗る猫が足元に駆け寄ってきて、にゃあと声を上げる。
「お前はいつもどこに隠れているんだい?」
勿論、返答はない。雨に濡れている様子もない所を見ると、庁舎の何処かの軒を専有していたのだろう。あの夜、何処からともなく現れた他の猫達も、そうしてこの街の方々の何処かの軒で、雨が止むのを待っているのだろう。ちゃんとご飯にありつけているのだろうか。
中央通りの出店で何か買ってあげよう。そう思いながら、私は歩き出した。




