安置所の亡骸
ビチャビチャと音を立てて、弊社職員たちが腐乱臭を立てる遺体を貪る。
安置所はこの雨季に至って一層、一際、尚増して、酷い死臭にまみれている。
「このご遺体は、郊外の農作地帯の水路で見つかったものです。状況から見て、またお知り合いからの裏付けも経て、雨中に農作物の心配をし、夜間に出歩いた所を、足を滑らせたものと思われます。」
農作業に従事していたと思われる男性の遺体は、比較的大柄で、この無言の姿に至るまで、働き手として重宝されてきたのだろう。
「残念な事です。発見の報告、裏付けの調査でも、よく働き、よく食べて、何より仕事に対して強い責任感を持っていたと。既に父母に先立たれ、焦りや心配を諫めるものが居なかったのでしょう。頭部に打障、遺体の下にめり込むように石があり、本当に不幸な事故だったのでしょう。」
「私が、重要な参考人、というのは何ですか?」
弊社職員たちの奮闘の傍ら、検分の粗筋を語るポンコツに、先程の疑を問う。こういうのは複雑化する前に処置しておかないと、先の凶事の様な事に巻き込まれ、しなくて良いことをする必要が出てくる気がしてならない。
「そうですね。死因自体には何ら問題がないのです。不幸な出来事。雨で泥濘んだ未知で足を踏み外し、水路に転落、間の悪い事に石に頭を打ち付けて死亡。彼は心配していたそうです。農作物が無事かと。雨季の直前まで、益虫や益鳥が妙に増え、育ちも良かった。」
益虫や益鳥。物騒な響きである。
弊社職員たちが関わっている可能性がプンプンする。
基本これだけ勤勉で、謎の忠誠心にまみれた「常勤職員」たちが、通常業務外では野放しなのだ。
業務外では何をやっているか。社長としてノータッチである。
ムクドリのような大量の鳥を操るだの、使い魔もどき疑惑だの、既にやらかしている。
その能力がある事を知ってしまった今、関わらなくてもいい何かに、勝手に関わっている可能性が否定できない。
「しかし雨季に入って少しして、そういった影が減ったのです。より正確に言えば、今、減りつつある。吉兆を示していた、豊作も期待していた。しかし様子が変わってきた。彼の心配はそこだったようですね。」
そんな彼は、弊社職員たちの奮闘により既に骨と化していた。薄灰色の骨に黒い甲虫たちがかじりついている他は、待機し次の指示を待っている。
「こちらのご遺体は、山林に入る木こりの方です。どうぞ。」
ポンコツの合図を受けて、魔素を操作し、弊社職員たちに指示を出す。待機状態を示していた弊社職員たちが残業従事者を除いて、次の業務へと挑んでいく。
「先程の御遺体より状態はいいですね。」
見たところ、目立った外傷はない。腐乱というよりは、一般的な亡骸のように見える。
「足に骨折があり。発見時、山中、樹の下で座り込むような姿で見つかりました。同業者より報告を受け役人が発見。数日前より姿が見えなかったとのこと。何らかで負傷し、山中を徘徊。下山を諦め、そのまま亡くなられたのでしょう。」
ポンコツの検分には、不審な点はない。けれどもどこか引っかかる。
「綺麗、過ぎませんか?」
ポンコツの付け加えに、ハッとする。
そう、山中で数日を迎えているというのに、どこまで生きていたかは別として、損傷がなさすぎる。
「野犬など中型の動物に食害を受けた形跡もなし。虫害など小型動物にかじられた痕もなし。肌や着衣に付着した泥などは山林徘徊中に付着したそのままのものでしょう。負傷した足も、負傷したことがそのまま直ぐ判別できる状態でした。」
ここの数日、市中の病床死体や食中毒死が多かった印象で、郊外や山林からの発見死体はなかった。
雨季ともなれば枯れ葉の下や土の中で小さな虫たちは活性化している。
気温も上がり、冬季明けに比べれば活発化している印象がある。
「最近は雑事に追われ、検分作業にしっかりと目を通す事が減っていました。朝から煩わしい来客が職務を妨害してくる。その対応のため、こうした細事に目が行き届いていなかった部分は確かにあるのです。」
弊社職員の奮闘を見つつ、ポンコツが吐露を始める。大分日々を重ねてはいるが、ポンコツの職責範囲がイマイチ解っていない。
外渉にも関わっていて、こうした内部の諸事調査にも関わっている。ポンコツはポンコツであるが、重用される程度には街役人の中では有能で高位なのは何となく分かっている。
至らぬ役人が居れば代わりに従事し、手に負えない案件があれば駆り出される。物事を勝手に大問題にし、私を巻き込むという悪癖さえなければ、領主の信頼厚いという印象も適切な評価だ。
役人の手が足りない人材不足の深刻さは、何となく想像ができる。
もし仮に私が明日休みたいと、ポンコツや受付で口にしようものならば、直ぐ応接間に案内され、待遇についての相談窓口がその場に開設されているだろう。
嘱託な私に限らず、他の正規の役人でも同様の雰囲気は肌で感じているに違いない。
「次が最後の御遺体です。宜しければお声掛けください。」
改まった催促に、嫌な雰囲気を感じつつ、私は最後の遺体に目を向けた。




