今日も今日とて
嫌だ嫌だ。何が嫌だって。それはそう、この生業だ。
それはそう、責任の重い面倒な仕事はしたくない。世界を救う勇者なんてまっぴらだ。
私はこの世界で財産を築いて、悠々自適なスローライフを営む気もなければ連れ合いをこさえて、結婚をして、子供を育てて、ましてや子孫を見守ることを告げながら看取られるつもりもない。
そう、食べるため。食べて、温かい寝床で眠り、暑くもなく寒くもない衣類をべたつかない程度に着替えられ、「その時」までのある程度の水準を維持した生活ができれば、それでいいのだ。
だから後腐れのない、「私」の替えが利く、それなりの仕事で、そこそこ不自由のない収入を得られればいい。一筆添えて翌日からドロンできる仕事であれば言う事はない。
言う事はないのだが、それでも、嫌だな、やりたくないな、という仕事は世の中にたくさんある。
だから今目の前にある、この仕事も、作業も、嫌だが食うために、やる事に異論はない。
私には芸があんまりない。
もちろん英雄なんてやりたくないのは事実だが、英雄なんて「なりようがない」のもまた事実だ。
求めていないものを、求められない。それはそう、そうなのだが。
まぁ仕方がないのだ。一応仕事がある。それはそう、有難いことなのだ。
というわけで、そろそろ仕事を始めねばならない。
私は、自分の心に折り合いをつけて、仕方がないと前を見る。
前にある「それ」を見る。うん、そう。死体だ。
よく見ればもう少し腐乱を始めている。死臭ともいうが、発酵と分解、化学変化だ。
動物の死体ではなく、人間の死体。それはいつまでか、私たちと同じように生き、何らかの理由で命を失った抜け殻だ。死後、家族には亡骸が残されるというが、うん、家族がいなければ廃棄物だ。ナマモノである。
男の死体で、まだ若い。死因はよく知らないが、まぁとにかく目の前で死んでいる。
別に私が殺したわけではない。死んでいると誰かが発見し、ある程度の行政処理が行われ、で、私が依頼を受けてここにいる。つまり、この男の死因に私は関係がない。
私は手をかざす。死体を処理するためだ。私はこの死体をどうにかするのだ。
彼がどういう人生を送ってきたかは知らないが、少なくともその死後を世話してくれる人はいなかった。だから私に、こうして仕事としてお鉢が回ってきたのだろう。
死体は放っておくとどうなるか。これには色々あるが、まぁある程度は知っている。
1.埋められていた場合
地面の中の微生物や昆虫がおいしく食べて分解して、やがて土に返る
2.ヒツギなりカンオケに入れられた場合
事前に火葬なり腐食防止処理などをされて、灰なりミイラになる
3.異世界の場合
とりあえずこの異世界の場合は、アンデッドになって人を襲うこともあるらしい。
スケルトン・ゾンビ・吸血鬼、色んな種類がある。私も、実際に見たこともある。
この場合は色々事情が重なるが、討伐をされるのが大体。
極稀な例として、アンデッドとしてアンデッド族として第二の生を得て、人よりも長い歴史の紡ぎ手となる事もあるらしい。それも自分からその手段をとる連中もいるそうだ。
ここは私がいた「魔法だのなんだのがない」ごく普通の機械文明の世界と違うので、極普通に、アンデッドとならないように処理をする必要がある。正解は3である。
ガサゴソガサゴソガサゴソガサゴソガサゴソガサゴソガサゴソ
ああ、聞こえてきた聞こえてきた。今すぐにでも目を覆いたくなる。
奴らの歴史は長い。それはこの異世界でも多分変わらない。多分ね。
虫。虫。虫。機械と知識の文明の時代に生きる私に限らず、コイツらはずっと人類のそばにいる。
死肉を食らわせるため、私が呼んだのだ。ここに餌があるぞ。と。
虫に食わせて、死体を消し去る。それが仕事で、私に求められる役割だ。
「バグマスター」。蟲使いとも言われる、この世界にあるれっきとした職業だ。
焼けばいいのでは?最初に私もそう思った。実際にそう口に出した。
焼くためには燃料もいるし、場所も必要だ。
埋めればいい?自然に完全に返る前にアンデッド化してしまうことも少なくないそうだ。
土の中に含まれる魔法の要素、魔素というそうだが、誰かが何時か魔法を使った名残で土に交じったそれが、なんやかんやあって、死体をゾンビやらスケルトンに変えてしまう事があるらしい。
同じ理由で焼いたら青白い炎となって辺りを焼き散らしたり、灰から吸血鬼として蘇るとか、まぁ、色々、定かではない理由をつけて、この世界の、それもこの辺りの人たちは死体に苦労しているらしい。
資産もあって、看取ってもらえる家族もある人は、そういったアンデッドにならない処理をされ、以後遺族を見守る墓地へと入ることがある。だがこれも限られた裕福な層だけだ。
墓地というのは余程事情があって荒れない限り、アンデットとは縁が遠い、清い土地として地価が高い事すらあるそうだ。これはそういった処置を受けた死体を埋葬しているからに他ならない。
しかし、それはどの死者にも施せるわけでもなく、アンデッドになる前に自然に返すなり、他の生き物、虫たちの生命力にしてしまおうというのが、多くの末路である。
この仕事、「死体処理」。当然、やりたがる人は少ない。が、一定数はいるし需要もある。
私、イザワウメコは、異世界でバグマスターをやって、救助を待っている。