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163話 中庭

 時刻は少しさかのぼる。

 ユキノたちがハヤブサによって転移させられた直後。

人気のなくなった通路でナツメは、呆然としていた。


「大変だ。みんなどこかへ連れ去られてしまった……。ハヤブサの仕業だ」


 どうして自分だけが転移させられなかったのかはわからないが、とにかくみんなが散り散りになってしまった。

 ナツメは手のひらに光魔法を展開して、明かりにする。


「うぉおお!……っと、これはちがう」


 明かりに照らされた範囲に誰もいなかったので、左右に光球を動かしていたら、突然首なしの死体が目に入ったので驚きの声をあげたナツメ。

 だがそれは、よく見るとアキナの身体だった。


「アキナの身体……つまり首から上だけが転移したということか。もしかしたら人質に……」


 脳裏に嫌な想像が広がる。

 とりあえず、アキナの首から下を保護しなければ。

 そう思ってアキナの身体を抱え上げようとするナツメ。

 だが力の抜けた人の身体はとても重い。ナツメが苦闘していると、突然首なしアキナがナツメの胸倉をつかんだ。


「え!?え!?」


 突然動き出したアキナの身体にパニックになるナツメ。

 無礼だったのだろうか、やっぱり。

 などと考えていると、アキナは振りかぶってナツメを投げた。

 まるで野球のボールでも投げるみたいに、大きく振りかぶって投げた。


「ひええええええ!」


 さすがにボールみたいに飛ばされることはなかったが、下手くそな足払いみたいに、危ない角度で地面に落とされたナツメだった。

 力もなかったから大事には至らなかった。アキナの方は、へにゃへにゃと脱力してその場に崩れている。


「いたたた……アキナさま、突然触ったから怒ったのだろうか」

 

 そう考えるナツメだったが、実際はユキノに言われて適当に手が掴んだものを投げてみただけだった。

 アキナの方は首から下がどうなっているかはなんとなくしかわからない。

 手足を投げ出して座るアキナの胴体を、ナツメがおっかなびっくり触る。


 無反応だ。今アキナの頭は、自分がニコの能力を持っていることにパニック中だ。

 そんなことを知る由もないナツメはホッと一息つく。


「怒ったわけではないようだ。いきなり触られてびっくりしたのだろう」


 と思っていたら、突如アキナの胴体がすくっと立ち上がって走り始めた。

 結構な速度だ。


「ちょっと待つんだ。こんなくらい中で走ったら転んでしま……はやっ!!!」


 ちょうどヒイロが現れたときだ。自分も闘かわなければというアキナの気持ちに反応して、首から下が動き始めたのだ。


「さすがカクラ一の運動神経。暗闇で目もないのに、全く転ばない!そして私は全く追いつけない!」


 光球の光をどんどん強くしているのに、アキナはその外へとどんどん走っていく。ナツメの運動神経は並くらいだが、巫女服を着ているために走るのに向いていない。


「ま、まってください……そんな状態で、走っては……万が一敵に出くわした場合……」


 ぜえぜえ息を切りながら、アキナの背中に何とか食らいつくナツメ。

 気が付くと通路がどんどん広くなっている。

 さっきまでは従業員通路のような簡易的な感じだったのに、今走っているのは、ちゃんとしたつくりの廊下だ。


「あれ、もしやこの道は……」


 アキナは宮殿の間取りを覚えている。

 だから首から下も闇雲に走っているわけではなかった。

 いや、むしろ、闇雲に走っていたほうがよかったのかもしれない。

 首から下はアキナのいる植物園を目指しているわけではなかった。そこまで考える頭は文字通りなかった。

 幼き頃から身体に染みついた記憶を頼りに、慣れ親しんだ場所に向かっているのだ。


 ばたんとアキナの身体が開けたドアの向こう、そこに広がっていたのは落ち着いた雰囲気の部屋。とても広くて風通しがよくて、オシャレな机といすが置いてある。

 まるで食後にゆっくりと家族で団らんするための部屋という感じで、そして奥の方には中庭が見渡せるバルコニーがあった。


「誰かと思えば、ナツメか。コロッセオから逃げ出して、なんで自分から死にに来た?」


 バルコニーの手すりに寄りかかっていたハヤブサが、いきなり開いたドアの向こうに立っていたナツメにそう問いかける。

 少し離れたところにはピアノが置いてあり、セラセラはそこに座って興味なさげにナツメを一瞥した。

 2人に見られたナツメは、顔面蒼白になっていた。


「なんということだ……ハヤブサに、セラセラ……セブンとサーティーンズの2人を同時に相手するなんて……」


 ナツメをこんな死地に連れてきたアキナの身体はというと、目的地についてやることがなくなったのか、壁際にもたれて手足を投げ出している。

 ハヤブサは落ち着いた手つきでポケットからマルボロを取り出し、火をつける。


「どうやら好きでここにきたわけじゃなさそうだが、白兎教の聖女を野放しにしておくわけにはいかんな」

「そりゃそうなるよね……」


 「望むところだ。白兎教国のためにもお前らを倒す」と言いかけた瞬間、ナツメは気が付いたら、中庭に移動していた。

 見上げると、バルコニーから身を乗り出すハヤブサ。


「しまった!【X&Y】か!」

「油断したな。集中してても防げはしないが」


 ハヤブサの能力によって自分が強制的に転移させられたのだと気づいたときには、すでにハヤブサは次の一手を打っていた。

 空から降ってきたのは大きなタバコ。

 先端の燃えた巨大マルボロが、ナツメの頭上めがけて墜落してきている。


「魔力障壁!」


 ナツメの細い両腕が巨大タバコを受け止める。

 ナツメの目の前には丸い火柱。燃えるタバコの熱が魔力障壁を通じてじわじわと手のひらに伝わってきた。


「さすがの練度だな。重さだけじゃ突破できる気がしない」


 ナツメのハイレベルな魔力に感嘆の声を漏らすハヤブサ。座標軸に押し当てただけのタバコを今度はぐりぐりともみ消すように動かした。

 それに呼応して、ナツメの頭上のタバコも右左にと回転しながらつぶれていく。


「やばい!押し切られる……」


 もし押し切られたら、中庭の芝生に引火する。そうなったらどんな被害が起きるか。

 もう限界だ。とナツメが膝をつきそうになった瞬間。


 ひゅううううううううう


 物が風を切って落ちてくる音がして、何かが大きなタバコの上に衝突した。

 次の瞬間、巨大なタバコが中から破裂して、刻まれたタバコ葉が中庭中に吹き飛んだ。

 

 破裂させた主がナツメの魔力障壁の上に着地……それは着地とは呼べない不格好な転倒といったほうが正しかった。


「セーレさん!?」

「あれ?ナツメ?え、どこここ?気づいたらわけわかんないとこにいるし、鎖は出なくなったし、さっきから意味が分かんない」


いつもお読みいただきありがとうございます。

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