第9話 ラースを処刑に
ラースの導きにより、凍り付いた雪の尾根を進んでいるときだった。
「きゃぁ!」
「姫!」
足を踏み外した。私の体が雪山を滑る。いわゆる滑落というやつだ。
凍り付いた雪が痛い。
このままでは。
死──!
全身を雪の板にこすりつけられたよう。
冷たい雪の上が焼けるように痛い!
こんなことなら、塔の上の方がよかったわ。
国を失っても魔族のブローの妃となることができたもの!
ブローの方がラースよりも100倍ましよ!
その時。
山の上から蛇がうねるように雪が蛇行して舞い上がる。
雪崩の前兆のように見えるそれは猛スピードで私の方に近づいてきたのだ。
ガシ。
滑る体が下に引っ張られて痛い。
でも体はここに留まったまま。
伸ばした腕を掴んでいるのはラース。
雪に剣を刺してそれを掴み、もう片方の腕で私の腕を掴み込んでいた。
「姫。よくぞご無事で。今助けますので暫時お待ちを」
体が叫んでいる。痛い痛いと。
彼の行動に抵抗できない。
ラースは私を抱いて、山の上へと移動し、平らなところに私を置く。
でももう無理だわ。私はこのまま死んでしまうのかも知れない。
ラースは私を地面に降ろすと、なにやらブツブツと口を動かした。
「クリニク」
ラースの指先から光りが私にふりそそぐ。
その光りを浴びるとかつてない爽快感。
傷が痛くない。それどころか髪型までキレイに整っていた。
「こ、これは?」
「勇者の治癒魔法……らしいです。姫が治ったのならよかった」
「ち、治癒魔法? 私──助かったの?」
「ええ。しかし、私は許されない罪をしました」
「え?」
「姫の許しを得ないにも関わらず、姫の身に触れてしまいました。この罪、死に値しましょう。どうぞこの剣で私を成敗くださいませ」
ラースは自分の剣を抜いて私に背中を向けた。
私はその剣を握る。たしかにそうだ。
手を握って抱きかかえるなんて、ラースには過ぎたる越権行為。
でも──。
なぜだろう。このちんちくりんを殺すなんて。
心がダメだと言っている。
それはきっと、ラースがいないと国へ帰れないから。私をこんな雪山の上に置き去りにして自分は死ぬなんて逃げだわ。勝手よ。
それに私に人を殺すなんて!
そんなことできるわけがない。恐ろしいことよ。そんなことを私によくもさせられるわね。
「冗談じゃないわよ、ラース。私に死刑執行人の真似をしろと? 無礼千万よ!」
「は、はい」
「もういいわ。助けてくれたんだもの。それで罪を帳消しにします。しかし今度は滑落しないような場所を選んで歩きなさい。いいわね」
「は、はい!」
私たちはまた歩き出す。
国へと向かって──。