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第5話 このグズ!

それから、このラースという少年に、食事が終わるまで観察された。ベッドの上に無造作におかれたのはこの塔の魔物が着用していたローブとインナー、そして毛皮と皮のブーツ。ドレスでは今後動き難いから着替えろとのことだ。しかたなく着替えると、さらに毛布を巻き付けられ外に出た。

大きな道では目立つと言うことで道なき道を。


とんでもないことになってしまったわ。

塔の中にいた頃はまだ生活が出来たのに、こんな獣も通らないような悪路を重苦しい厚着をして進まなくてはならないなんて。

それも旅の共が愛する人や美男ならまだいいわよ?


それがこのちんちくりんのラース。

童顔でパッとしない顔。ヘアスタイルも全然気にしない様子でやんちゃに跳ね散らかしている。

背は低いし、風が吹いたら飛びそうな体格。

全く何の因果であの快適な塔から出なくちゃいけないのやら。

これなら、ウオルフやブローに言い寄られていた方がまだましだったわよ。


雪だらけの山の中。風が雪についた足跡を消してくれるらしい。

私たちは山間にある高い針葉樹の森の中をひたすら国境目指して進んだが、私に限界が来た。

足が痛い。疲れもヒドい。お腹もすいた。汗でベトベト。


「もう私は動けません」


ラースは少し困った顔をしながら辺りを見回した。


「もう少し行けば野営に適した場所があるかもしれません。さあ姫、もう少し」

「もう動けません」


私はそこに座り込むと、ラースは細い腕を伸ばして、私を抱え上げた。


「な、何をする、無礼者!」

「し、しかしここでは我々は野犬のエサになってしまうかも知れません。私が運びます故、暫しのご辛抱を……」


「やめなさい! 下ろしなさい!」


私の命令などどこ吹く風。

ラースはヨタヨタとしながら、前進し続ける。


「姫、私の首に腕をお回し下さい。そうしないと安定しません」

「いやよ。誰がアナタの言うことなんて聞くものですか!」


私はラースを拒絶し、腕を回しはしなかった。

ラースはそのままフラつきながら前進する。


やがて木に囲まれた広い場所にたどり着くと、ようやく私は戒めから解放された。


「この屈辱、忘れませんからね! お父様に言いつけてやる!」

「そ、そんな姫……」


「もういいです。寒いわ。火をおこしてお湯を沸かしなさい。湯浴みを致します。その後は食事よ」


ラースはしばらくモジモジしていたが、ようやく口を開いた。


「あ、あの姫。食事は用意できますが、湯浴みはできませぬ。少量のお湯で体を拭いて貰うことはできますが……」

「はぁ? これは命令よ! 王女としての命令。どういう意味か分かるラース?」


「ええ。しかし姫、湯浴みのための浴槽も香油も椅子もそれだけのお湯もございません」


私のイラつきは再頂点に達し、近くにあった小石をラース目掛けて投げつけると、喜ばしいことにそれが彼の額に命中した。

彼の額から血がにじむのを見て、少しばかり溜飲が下がった。


「ラース。急いで湯浴みの用意をおし。お湯がないならアナタが川から汲んでこればいいのよ。香油だってイスだって、浴槽だってどこかから買ってこればよいでしょう。少しは頭を使いなさい」

「……どうか、どうかその儀ばかりは──」


このグズはいくら言っても分からない。

いくら救出したとはいえ、こんな子どもが私の旅の共だなんて。

それがやりたくないからと大人びて口答えするから余計に腹が立つ。


私はしばらくラースを睨み、彼は下を向いて無言のままで時が経ってしまった。

結局ラースは湯浴みの準備をするのがどうしても嫌らしい。

それに無理に命じたとて、いたずらに時間が経つだけであろう。


「はぁーー。ラースではもういいわ。食事の準備はできるといったわね。すぐに準備しなさい」

「は、はい。今すぐに!」


ラースはすぐに火を熾し、走って小川に水を汲みにいった。

そして食事。それは塔でラースが作ったものよりさらに貧しいものだった。


「これは……」

「それはパンでございます。少し固いですが保存が利くようになっております」


「このスープには見慣れないものが浮いているわね」

「塩だけのスープでは味気ないと思い、干し肉を削っていれたのでございます」


「まぁ……!」


なによ。こんなもの、庶民でも食べないようなものじゃない。

それを美味しそうに食べちゃって。

まぁアンタみたいな子どもだったら、地面に落ちた踏まれたパンだって平気に食べるでしょうけど、私はこんなもの食べれないわよ。こんなもの……。


でもさすがに背に腹は代えられないわ。

さっきだってずいぶん歩いたし。


固いパンを口に入れ、塩だけのスープを飲む。

温かいスープが全身を駆け抜け、固いパンもスープでずいぶんと柔らかくなって腹に入れられることは入れられた。


「はぁ──」

「おお、姫。完食ですな。もう少しパンを切りましょうか?」


「はぁ? うーん。じゃぁ、もう少し」


ラースがパンを切り、さらに温かいスープのお代わりをくれた。

ようやく人心地。空腹に勝るものなしと話は聞いたことあるけど、こういうことなのね。

今日だけで私、異常にたくましくなったような気がするわよ。


「姫。明日はもっと歩かなくてはなりません。どうぞ先にお休み下さい」

「え? もっと? もっとですって? もう国境が近いんじゃなくて?」


「いえ……。国境まであと100kmほどあります。一日10kmほどの道程を進む計算で10日ほどで到着と計算していたのですが──」

「はぁ? じゃ今日は予想よりもずいぶん進んだってことかしら? 90kmくらい歩いた?」


「いえ、まだ塔から2kmほどしか離れておりません。いつ追っ手が来るかもしれませんのですぐに動けるようにどうぞお休みに……」

「はぁ?? 2km?」


「さ、さようでございます」

「アンタがグズグズしているせいで!」


先ほどの湯浴みの件もそうだけど、分かった。こいつは完全なグズ。

のろのろとした進行状況を説明されたって絶望するだけよ。まったく。

追っ手が来たら殺されてしまうといいわ。

そしたら、もう一度あの塔に戻れる。そっちのほうがまだ快適だもの。

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― 新着の感想 ―
[一言] これだから箱入り娘はww
[一言] 姫様。こうなると清々しいまでのわがままっぷりですな。
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