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おきのどくですが あなたが 亡くなったため ギャルゲーの主人公に 転生してしまいました

作者: シヲンヌ

※女→男のTS転生(大切なことなので二回)。

※本文の発言はあくまでも登場人物個人の意見です。


復帰作part1

『あたし、貴方が、(れい)が好きなのっ!』

御堂(みどう)、君のことが好きなんだ。ずっと一緒にいたい』

『怜くんが好き、私だけを見て欲しいの』


『これからも、ずっと、私は、貴方の隣にいてもいいですか・・・?』










「はーーーー当たりだァーーーー!!このギャルゲーーー!!!」

携帯型ゲーム機を持ったまま、背中からベッドにダイブする。画面の中では最後の攻略キャラの女の子のトゥルーエンドが終わり、曲と共にエンドロールが流れていた。青い空と満開の桜並木、そして寄り添う二人の姿は画面越しでも幸せの波動が伝わってくる。まるで一つの絵画のようだ。いや、そもそも絵画(イラスト)だった。


「流石ルートコーポレーション様ですわ、今回もクオリティが神ッッてるゥ~」

がばりと起き上がってコロンブス――両手の握りこぶしを高々と挙げるあのポーズだ――をして、おもむろに正座する。

「神よ、山岡神よ、今回も神シナリオをありがとう。ううぅっ。るきるー様、神絵師様、今作も萌えと美麗キャラ&スチルをありがとう、ありがとう」



すりすり、すりすり。

製作会社のある方角に向き、頭の上で拝むように合わせた手を擦る。

第三者が見れば全力で見なかったことにして立ち去るであろう行為。

でも仕方ないじゃん、神作だったんだから。


しかし。ホント買って良かった。

プラウザゲーム民だしこのゲーム機初めて買ったし、良すぎる事前評判その他諸々の理由でかなり身構えてたけどすごい良作、いや神作。

お前が神作になるんだよォ!既に神作だけど!


感情のままにベッドのスプリングを軋ませる勢いで叩く。

5分くらいで疲れてきたから、叩くのをやめて仰向けに寝っ転がった。でもまだ余韻は残っているみたいで、顔がニヤついているのが自分でもわかる。十字キーや記号で操作しつつ、今まで獲得した成果(スチル)を眺め始めた。

「はー良かった、ホント良かったなぁ。また最初からやろっかな」





そうして鼻歌を歌う、直前に脳へ某効果音と閃光が走った。

またもやがばりと起き上がって、今度は画面の中を凝視する。

「なん・・・だと・・・」

いつの間にか手は震えていた。原因は視線の先、スチル欄にある最後の1枚。灰色の四角をバックに、無慈悲に表示された三つの『?』マークだった。


嘘だ、と唇から漏れる。

セーブ式であるこのゲームのスチルは全て取り切ったはず。ヌケモレはない。

公式からお布令(ふれ)のあった隠しキャラルートも、人数分クリアした。ちゃんとその娘たちのスチルも、このページの上に全部輝いている。もっと言えば親友キャラとの絆エンドだって視聴済みだ。

ならば。


「何か、回収してない隠しキャラやモブの話がある?」

呟きは部屋に吸い込まれて消えた。

すぐ脇のスマホに手を伸ばしかけて、引っ込めた。今まで攻略サイトに頼らず、頑張って女の子たちと絆を深めてきたのだ。衝撃の真実が発覚したからとはいえ、今ここで、これまでの努力を無くしてもいいのか自分?


口を真一文字に結んで、ブランク状態のスチルを睨みつける。

「よし。見つけてやる、絶対に見つけてやるぞスチルーッッ!!」











「・・・そう決めて深夜2時からプレイすること1時間半、見つけたのがハーレムエンドだったと」

「イエス、マム」

「胸貸してやるよ」

「ううぅ、優しさが身に染みるますぜ」

高校の昼休み。話し終えた私は、よよよと泣き崩れるよう佐々木奈美に抱きついた。肩口に頭を置いた私へ、貸すのは胸だと野暮なことは言わないイケメンな親友は私の頭を撫でる。

「ミチはハーレム嫌いだもんね、地雷だもんね~」

「それもあるけどさ」



説明しようとしたその時。

私の脳内に昨日ゲットした最後のスチルがフラッシュバックして、

思わずハグする力が強くなった。

すかさず私の頭へ、奈美の渾身のチョップがヒット。(むご)い。

抗議の視線を受けつつ、じわりと痛む頭をさすって私は語る。


「いやだってね、今作のは私史上最高のゲーム過ぎたから尚更?嫌だったっていうか。というかね、各ルートですでに主人公と女子たちの関係が完成されてたから、そのクオリティが全部木っ端微塵になるみたいですっごい消化不良なの。なんだろう。ふわっふわのショートケーキを食べようとしたら突然、どこからともなく生魚がケーキに刺さってきたみたいな?」

「あぁ~なんかわかるわ。私も純粋な受けがIFで滅茶苦茶ビッチになってたら萎えるもん~」

そういうことでしょ、と首を傾げてくる親友に頷く。奈美は所謂腐女子という人種らしく、高2にして18禁のBL本を多数愛読している強者である。強者(なみ)曰く、正しくは18禁本ではないらしい。でもこの前読ませてもらった中には、それっぽいことしてるモノもあったような。いやはや、薔薇の世界は奥が深い。

でも、だからこそ彼女は、私の趣味の話も興味を持って聞いてくれるんだと思う。





お察しの通り私、喜次川美智(きじかわみち)はギャルゲが趣味である。

ギャルゲが趣味である。大切だから2回言ったよ。

はまったキッカケは7歳上のお兄ちゃんが持ってた、とある18禁ギャルゲの本だった。その本はキャラごとの攻略方法や美麗スチル、開発秘話やそのギャルゲの幕間の4コマ等が含まれているもので非常に分厚く、完成度の高い本だった。それを私は小学校高学年の時に見つけ、読んでしまった。

18禁ギャルゲの、スチルも載ってる分厚い本を、全ページ。


一応擁護をさせてもらうと、兄はその本を自分の部屋に置いていて、且つ他の本の下へ何重にも隠していた。しかもその擬態は完璧で、粗探ししないとわからないくらいには見当たらないものだった。だから面白い漫画を求めて、兄の居ぬ間に家探しした当時の私が悪い。だから決してお兄ちゃんは悪くない。悪くないのだ。



とはいえ、小学校高学年にギャルゲのスチルは中々に衝撃的だった。あまりの衝撃に18禁スチルの内容は忘れてしまったけど、ギャルゲの存在は心躍るものとして残った。18禁じゃなくて構わない、私はギャルゲをしたい。野郎、もとい男子になって可愛い女の子とめくるめく恋をしたい。女の子を愛でていたい。当時の私は強くそう願った。

だがしかし、小学生はお金がない。せいぜい駄菓子屋の金塊チョコレートを買って、100円分の金券を当てるようなちっちゃなことしかできない。だから諦めようとした。


そんなときに見つけたのが無料のパソコンゲームのギャルゲだった。

攻略対象は4人、隠しキャラもハーレムもなし。元気娘に本の虫、お嬢様にギャルとテンプレの集合体のようなキャラクターたち。隠された過去や逆境、すれ違いを乗り越えて手と手を取り合い、ともに歩んでいくストーリー。

分厚いデスクトップの画面に映っていた彼らの姿が、私へなんとも言い表せない強い感動と興奮をくれた。

その日から私はギャルゲにのめり込んだのだ。



しかし。今も昔も自分自身が変人の自覚はあるけど、当時の私はギャルゲ趣味を公言することがどういうことになるかわかっていなかった。だから高校に進学するまでに色々騒動があり、いつしか私はギャルゲ好きを公言しなくなっていた。尤も小中の知り合いがいない高校を選んだから、友達はそこそこできたけど。

正直物足りなかった。

でも奇跡的に我が親友に出逢えてからは、青春を謳歌出来ていると感じるようになった。だから親友様々なのである。





「それを除けば完璧だったのよ~フルボイスだしキャラはめっちゃ可愛かったし、まぁ主人公はちょっと優柔不断だったけど?でも攻略キャラの女子にもダメなところが全くなかったと言えば嘘になるし、むしろダメなところも含めて全キャラ愛せるっていうか」

「ハーレムエンドって男子ウケが良いからね。そりゃBLにも一人対複数とかあるけど、やっぱり私もマンツーマンがベストだわ」

「そうでしょ、そうでしょ!それに脇役の質も良かったしさぁ」


脇役とは主人公の家族や一般人、そして主人公の親友である。作品の中には脇役に対して愛がなかったり、扱いが雑だったりするかルートに食い込みすぎているかの二極化していたりすることがあるのだ。ところが今回プレイしたギャルゲではそんなことはなく、非常に絶妙な匙加減でストーリーが展開されていた。しかも主人公の親友には本作の脇役で唯一、個別エンドが用意されているのだ。スチル付きで。


「甘々なのに立つ鳥跡を濁さず、って感じですがすがしい作品だったから本当に残念」

「まぁ薔薇(きずな)エンドは興味あるのよ。ぶっちゃけそのエンドが良質な時点で神作なのはわかる」

「奈美の言葉には激しく同意するけど、今絆エンドの部分って絶対別の文字を当てたよね?違いますからね、あいつとはそんな関係になりませんからね?」

とはいえ、実際シナリオ内では出来てるのか不安になるくらい親友と主人公は仲が良い。ゲーム発売後の公式ブログ内で二人の関係は否定されていたけど、Pで始まる二次創作サイトやSNSでは腐臭が漂うイラストや漫画が沢山あるのも事実である。そのくらい仲良くないと、他人の恋愛なんてサポートできないんでしょうけどね。




「まぁまた新しい良作を発掘しに行くよ、バイトの給料もらったらね」

「その時はあたしも一緒にメイト行こうかな」

「何?新作のBL?」

「それもだけど。別で買いたいラノベがあるのよ。異世界転生系で」

「あぁ、流行りのアレね」

そそ、と言って親友が見せてくれたスマホには可愛い女の子と星が弾けそうな野郎が二人映っていた。


異世界転生系とはある日交通事故や急病か何かで死んでしまった主人公が、その死んでしまう時までの記憶を受け継いで別の世界へ転生するお話。


転生先の世界は大体主人公が生前やっていた恋愛ゲームやRPGの世界とよく似ている。加えて主人公はその中のライバル役や悪役等の噛ませに生まれて絶望し、ゲーム通りの未来を回避するために生きたり前世と同じかそれ以上にひっそりと生きようとしたりするのだ。だけど大抵その望みは叶わなくて、意図せずハーレムを作っちゃったり何らかの偉業をなし得たりしていた。ちなみに交通事故系は一時期トラックに轢かれ、そして転生へなんてことが多かったから、一部で『トラック転生』とか呼ばれたり呼ばれなかったりする。



うーんと唸って私は腕を組んだ。

「悪いけど、異世界転生系は好きじゃないんだよねぇ。勿論主人公やその周りがすごい努力してるのはわかるんだけど、話の展開が都合良すぎっていうか。ごめんよ奈美」

「別に良いわよ。それもある意味異世界転生系の醍醐味だから、定められた運命を如何に切り抜けるかってね。作品によっては夢女子っぽいし、嫌いな人は嫌いなジャンルだもん、仕方ないわ」

顔の前で合掌する私を闊達に笑って許す奈美。

我が親友の背後には本日何度目かわからない、後光が差していた。









* * * * *



それが俺、御堂怜の持つ前世の記憶の最後だった。




今俺がいるのは御堂家の自室。ベッドの上である。

黒づくめの詰襟にスラックスをはき、静かに腰掛けていた。


2月(ふたつき)程前に15になった俺は、今年から帝国の少年少女が通う学園に通わねばならない。そして今日は帝都にある学園の入学式。又の名を記念すべき初登校日である。

あぁ、自己紹介を忘れていたな。

俺の名前は御堂怜、15歳。帝国屈指の名家『御堂家』の次男坊である。

そして俺の前世の喜次川美智が最後にプレイしたギャルゲ、『浪漫デリック-その心に愛を灯して-』の主人公である。






おう、なんとでも言えや。






私、いやもう一人称諸々が慣れたから俺って言うけど。

俺だってなりたくなかったよ!

異世界転生なんて!転生したのは主人公だけど嫌だよ、

むしろ転生するなら記憶が無いままでいたかった!

気づいたのは3歳くらいだった。テンプレよろしく発狂した。

その場にいた兄上や母上には大層迷惑をかけてしまったのは、今でも申し訳ないと思う。それからシナリオが始まらないように色々やった。滅茶苦茶勉強して、滅茶苦茶身体を鍛えて、滅茶苦茶学習した。


ん?2回も何を勉強してるのかって?

1度目のものは普通に言語とか歴史とか、あたかも学校で学ぶような内容だな。

とにかく学園へ行きたくなかったんだよ、許せ。

でもぉセンセー、その努力も空しく今日からギャルゲの舞台である学園に通う人間がここいますけどー。あっ俺かー。




2度目はバッドエンド回避のためのスキル強化。スキル強化といっても、魔法とかサイコキネシスとかの超能力ではない。そんなものは存在しないからな!なら何なのだというと器用さや運動神経のような、前世の喜次川美智が生きていた日本でもよくある身体能力とか技術に近しいものだ。それを鍛えていた。


このギャルゲはバッドエンドが世界の終わりという仕様且つ主人公が関わることで回避できる、かもしれないという設定。むしろ逆に主人公が関与しないとバッドエンドになるトンデモ設定なのだ。だから一応本編の主人公だった俺が何とかしないと、一発でアウト。無事にシナリオを回避して、第二の人生を満喫していたとしてもだ。




そんなわけで俺はその技術を養うために、学校の勉強とその他名家のお坊ちゃまとして必要な教養を学びつつ、15歳を迎えた。すっかり学園に入らないようにする小細工をやることを忘れて。はい。




俺は馬鹿です。





天井を仰いで、何度目かわからない溜息をついていたとき。

コンコンと、分厚そうな扉からノックがした。

「失礼します。怜様、斎川です。」

「入っていいぞ」

俺の言葉の後にドアが開くと、そこから中年男性が入ってきた。

右目に無骨なモノクルを着け、清潔感のある黒のタキシードを身につけている。


斎川は俺に恭しく一礼して、上着のポケットから懐中時計を取り出した。

「怜様、そろそろご出発のお時間になります。全くお部屋からお出でになりませんので、伺いましたが如何なさいましたか?」

「あぁ、もうそんな時間だったのか」

斎川から窓へ自然と視線が向かった。


「斎川。実は俺、気分が悪いみたいで」

「そういえば白飯を3杯もお代わりしていらっしゃいましたな」

「そうなんだ。今日が楽しみ過ぎて食べ過ぎてしまってな」

「確かに心ここに在らずといった、非常に鬱屈とした表情でしたな。奥様が心配しておりましたぞ」

「そうか。ならば今日は母上のお側で、元気な姿を見せて安心してもらわねばな」

「奥様は先程旦那様とお出かけになられましたぞ。久方ぶりのデートだとそれはそれは嬉しそうになさっていて、私めも幸せな気分になりました」

「斎川ッッッ」

「はい。学園に参りましょうな、怜様」

「嫌だーーーーーーーッッッ!!」












カラカラと車輪が石畳の上を走る。

その音と共に車窓の薄いレースのカーテンは、ゆらゆらと風に乗った。俺は馬車の背もたれに身体を預けながら、ぼんやりと窓の外を眺めていた。


外は快晴だ。

昨日もそれなりに晴れた日だったが、今日はまた一段と澄み切っているように思える。絵の具のように綺麗な空色が非常に――恨めしくて恨めしくて仕方ない。

畜生め。何故(なぜ)(ゆえ)晴れたんだこの野郎。

「大きな雨や雪でも降れば良かったものを」

「この季節でその天候は絶対に起こり得ませんよ、怜様」



意外と声が大きくなっていたらしい。呟きは正面に座る斎川が律儀に拾っていた。

俺はため息をついた。

「わかっている。それにそのような天候にでもなったら領民の生活に支障が出る。俺としても本意ではない」

「存じております」

ニコニコと笑って俺を見る斎川に、照れくさいようなむず痒いような気がして、窓の外へ向いた。そんな俺を咎めることなく、大丈夫ですよと斎川は続ける。

「この季節にそのような天候になるときは、駕星閣の灯火が消えるときですから」


駕星閣という言葉を耳にして、思わず斎川へ視線を向けた。斎川はすました顔で馬車のゆれに身を任せている。俺は窓の外を覗いた。目を凝らすと朝霧に包まれた摩天楼が、遠くの空でそびえ立っていた。それが駕星閣だ。




駕星閣は帝国屈指の高層建築物である。

展望台まで合わせて17もの階層が存在する駕星閣は、帝都の中央部に建てられている。また高層付近に帝国政府役所が鎮座しているので、帝都政治の中心の1つとして重用されている。他にも駕星閣では低階層にてパーラーや書店などが店を構えているから、帝国内では珍しい政府施設兼繁華街でもある施設。

そして、世界が終わる元凶の施設。









並木道についたので、斎川と別れた。

この並木道はそのまま学園と繋がっており、馬車は厳禁。つまりここから先は俺一人で登校するのだ。もっとも精々500mあるかないかの平坦な道のりだから、体力を鑑みても苦にはならない。また街灯の近くに監視カメラのようなものも設置されているため、防犯面から考えても繁華街でショッピングするより安全である。

鞄を手に歩きながら、俺は桜並木へ浮かぶようにそびえ立つ駕星閣を見やった。


駕星閣にはもう1つ、一般には知られていない顔がある。

それは軍事研究施設であることだ。

駕星閣は地下施設があり、そこが帝国直属の研究施設になっている。

ちなみに駕星閣の裏事情は、関与している研究員以外は帝国の重鎮しか知らないトップシークレットである。俺もゲームの知識がなかったらまず知り得なかった。


また軍事施設だと言ったのは軍事的な対象が多いだけで、軍事以外でも研究している。だがその軍事以外の目的で行っていた、とある研究が世界にとって不味かった。その研究のお陰で帝国は恐慌し、どのエンドのルートを進んでいようが幾千もの人が犠牲になるのだ。尚バッドエンドでは確実に世界が終わる。即ち俺は死ぬ。






それだけは嫌だ。

俺は平和に天寿を全うしたいのだ。

だからこそ、俺は、運命を変えるッッッ!!

「入学は避けられないなら、必要以上に関わらなければいいんだ」

呟いてはっとする。あぁ、こんなに簡単なことだった。

クールになってみろ怜、俺が通う学園はどういうところだった?

そうだ、俺の家のような華族が通う場所だったじゃあないか!



学園は平民も勿論通うのだが、華族が通う学園とは性別と年齢くらいしか共通する項目がない。つまり平民は俺がこれから通う学園にはいないのだ。細かいことを述べるならば、奨学金を頼りに入学する平民はいるからゼロではない。攻略対象にも1人いたから覚えていた。とどのつまり、平民は少ないからこそ良識があり優秀だと言われている。ある意味平民とはステータスであり希少価値なのだ。


平民を除けば俺の通う学園には、華族や財閥レベルの豪商の子息令嬢しか通わない。そういう少年少女たちに婚約者がいないのか?いやいる。ほとんどの家が幼い頃から婚約を結び、関係を育んできた婚約者が。俺にはいないが。

だから俺は異性に必要以上に接しなければ良い。むしろ接してたら俺も相手のご令嬢も、貞操概念という名の常識を疑われる。それでは今も尚、名家の称号を轟かせる御堂家に申し訳がない。




つまり俺はこれからモブと接するような気安さで、名家の威厳を保つような人付き合いをすればいいのだ!

うん。

それって。

かなりハードモードなのでは?

「それくらいしないと、ギャルゲー展開は回避できないってことかもな」

本日一番のため息をついて俺は正面を向いた。

そして固まった。


目の前に、正確には今いる場所から10m程離れた前方に、

女の子が立っていたからだ。


その子はふわふわとした栗毛色の髪を肩で2つに結び、これから通う学園の制服を身に包んで、桜をじっと見上げている。何てことはない。この季節では老若男女、そういう行動をとる人物は多い。しかしその姿はさながら1枚の絵画のようで、何故か目を離せずにはいられない程の華やかさがあった。

だが俺が歩くのを止めたのは、その子が綺麗だったからではない。






かのギャルゲーのヒロイン、如月(きさらぎ)小萌(こもえ)その人だからである。







よし帰ろう。

「いや帰っちゃダメだって」

学園を背にしていざ一歩、踏み出して気づいた。

身体が出会いを拒否している、学園に行くことには無反応だった俺の身体が。

如月小萌を見ただけでこのザマである。

しっかりしろよ怜。ここまで来たら帰ることなんてできないだろ?


それに、だ。

これは【浪漫デリック】、通称ろまデリのオープニング。

共通ルートにある一番最初のイベントだ。

桜を見上げ、ぼんやりとしていた小萌に主人公が話しかけて、一緒に登校するところで始まっていく。ということは。

もしかして、もしかしてだけど、これって回避がしやすいんじゃないの?

だって、このイベントは主人公が話しかけなければ始まらない。

主人公の俺が静かに脇をすり抜けて、学園に登校すれば何事も無く終わるはず。

なんだ、思いの外簡単だな!






俺は自宅への道に見切りをつけるかの如く、登校を再開した。

気づかれないように、極限まで気配を消し校門まで足を早める。

彼女の横をすり抜けて少し歩けば曲がり角がある。


そこからは学園まで一直線だ。人通りも段違いに増える。

如月小萌との距離はあと5m。出来るだけ彼女とは離れた通学路の端で、俺は歩く。ここでポイントなのだが絶対に走ってはいけない。足音で気づかれるからだ。足音が消せるならとっくに走ってたけど、残念ながら俺は忍者ではない。だから地道に歩くしかないのだ。



如月小萌とは目と鼻の先くらいの距離になった。

これから俺はそこを通り抜ける。

イベントなんて起こさせない、さっきまでの行動を徒労に終わらせるものか。

俺は乙女ゲームの主人公なんてまっぴらだ!


荒くなった呼吸を小さな声で繰り返す。

如月小萌の姿が視界の斜め前から横へと移ろう。

仄かにアネモネの香りがした。

汗が新品のシャツに張り付く。


そして。

視界から如月小萌の姿は今、完全に消滅する。






さっきから心臓が五月蠅い。

理由は如月小萌に恋をしてるからではなく、如月小萌と故意に知り合いたくないからだが。

でも俺は達成した。如月小萌と会話しなかった。これできっと乙女ゲームは始まらない。




――急にアネモネの香りが強くなった。




吹きすさぶ風が頭上の木々を揺らして、桜の花びらが目の前で踊る。

だがそれは数秒も待たず、足元の無骨な石畳を彩った。

いきなりの突風でつい止まってしまった。改めて足を進める。



しかし本当にすごかった。麦わら帽子をかぶっていたら間違いなく持っていかれたであろう強風だったな。まさに春の嵐というべき風。

いやぁ本当にすごい敵でしたねぇ、俺じゃなければバシルーラものでしたよ。

「ねぇねぇ、今の風すごかったね!」





なーんで如月小萌が俺のすぐ目の前にいるんだろうなぁ。







風もないのにふわふわとした髪が揺れる。

両手に持った鞄を背中に移して彼女、如月小萌はニコニコとしていた。

今日の空より澄み切った青色が、俺を映す。

アレッもしかしてこれは、回答を求められているッッ!?

「あ、アッハイそうですね」


焦って早口になった。ついでに少しどもった。

当然目なんて合わせられなかったから、非常に挙動不信に見えているはずだ。

我ながらキモい、最悪だ。

仲良くなる気なんて全くないが、気分は良くない。これが元で御堂家の跡取りが不甲斐ないなんて噂になったら、余裕で凹む自信がある。

なんて思っていたら。




「ぷっ、あはははっ」

心の底から愉快そうで、悪意を感じない笑い声。

鞄を胸に抱えて、少しだけくの字に身体を曲げている。

非常に楽しそうに如月小萌は笑った。

「あははっ。ごめんね、つい、ふふっ、面白くて」

「それは悪かったな」

「違うよ、悪い意味で言ったわけじゃないの」

そっぽを向くと、如月小萌は慌てたように言った。


「面白い人だなって思ったの!」

「そうか、変な人で悪かったな」

「もう!だから違うよー、親しみやすいってこと!」

ぷくぅと頬を膨らませて、如月小萌は拳を握りつつ抗議をする。

プンプンと効果音が聞こえてきそうだ。

くるくると表情が変わる。可愛い。流石ギャルゲヒロイン。




「って、こんなことしてる場合じゃないんだった!入学式に遅れちゃう!」

如月小萌はハッとしてから、学園の方角へ踵を返した。が、すぐに俺へ向き直る。

「ねぇ貴方も転入生でしょ?一緒に行こうよ!」

「あぁ、わかった」

「あっ、そうだ、大事なことを忘れてたね!あたしの名前は如月小萌って言うの、貴方の名前は?」

「俺?俺は御堂怜だけど」

「怜君って言うんだ!」






「"これからよろしくね!"」








桜並木から漏れる朝日が栗色の髪に反射する。

零れんばかりの星をたたえた瞳が嬉しそうに瞬いていた。

というところまで見て、ハッとした。


なんで俺、如月小萌と仲良くなっちゃってるのーーッッッ!??


しかも今の言葉!"これからよろしくね!”って言葉!

あれ最初のイベントの〆の言葉じゃないですか、やだー!

うわ、うわ。俺よろしくする気ないんだけど!

避ける気しかなかったんだけど!




どうしよう。

これ、このままダッシュで振り切って学園まで行くのが正解だろうけどさ。

俺は改めて如月小萌を見た。

うふふふあははと笑いながら歩いていた。

周りには色とりどりの花が舞っているのが見える、気がする。


めっちゃ楽しそうじゃないか。

これを今から突き放せと?

この尻尾をパタパタさせている小型犬を、失意のどん底に?


無理。





観念して俺は如月小萌と登校することにした。

まぁ、後で良い友達にでも落ち着ければ良いか。

交友関係は広い方が良いし。

攻略しなければ良いんだからな!

そうやって俺は歩き始めた。











この後の学園で出会った親友キャラが実は親友の奈美だったり、

何故か隠しキャラが最初からいたり、

この世の終わりが俺だけの終わりになっていたりするけど、

今の俺はそんなこと知るよしもないのであった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 主人公のキャラがめっちゃ良くて続きが気になる!
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