演技力はいくらで買えますか?
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呆気なく終わった私の人生、僅かな記憶だけを持って次の世界へ――。
なんて小説のようには柔軟になれない。そもそも、なろうとも思わない。
というよりだるい。気怠い。
「何が楽しくて悪役なんかやるのさ」
金持ちに憧れることもあったが、なってみると自由がない。
常に誰かに見られている。つまらないと言う訳ではないけど、庶民の方が楽しかったかも……なんて。
『何か欲しいものはあるか?』なんてゲーム一択に決まってるでしょ、なんてこの身分じゃあ言えない。
そもそも、この世界が異世界を題材にした乙女ゲーム。
そして、そんな異世界にゲームという概念はない。
「息苦しいなあ。ご飯は美味しいけど」
食事は自由に取れない。腹なんてそんな空いてないって。
でも腹に収める。どんな些細なことでも、崩してしまったらいけない。
全ては推しのため、推しのための全て……それだったら我慢しよう。
――やっぱ無理。
悪役令嬢のセリフなんて覚えていない、立ち振る舞いなんて知らない。
「悪女ってどんなのだろう。おほほほ、みたいな?」
神は私に私にどうしろと?
……ひとまず、ひとまず冷静にこのゲームの内容を思い出そう。
まず、主人公はとある小さな王国の姫。
平凡に暮らしていた姫はある日、政略結婚を申し込まれる……だっけ?
そんで、国のために! とそれを受け入れた姫。ここから分岐だったよな。
東にある王国、西にある王国、南にある王国、北にある王国……それぞれ2国ずつ。
そしてその分岐の後は……そう、攻略対象キャラである王子2人と親睦を深める。
で、心を開いた王子達は――
ああもう面倒臭い。とりあえずここは北にある王国。名前は……なんだっけ。
「うーん……まあ、その内思い出すか?」
この悪役令嬢の名前も思い出せない。どうしたものか。
『お父様! 私の名前ってなんでしたっけ?』とか気楽に聞けるかな、無理だよね。
どこにそんな悪役がいるかって話だよね。……本当にどうしよう。
下手に動けばストーリーが変わりかねない。命も守りつつこの世界の情報も集める。
ここに台本とか説明書とかあれば違うんだけど。
誰を頼ろうかなあ……。