咲け、つながれ、花と空
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と、内容についての記録の一編。
あなたもともに、この場に居合わせて、耳を傾けているかのように読んでいただければ、幸いである。
え〜、まだこの時期になっても、夏ミカン食べてるの〜?
そりゃ、君がみかん好きなのは知っているけどさあ。本来は夏ミカンって初夏の果物らしいじゃん。もはや秋に差し掛かろうって時期に、時代外れじゃないかと思うんだけどね、個人的に。
――一度はこいつらも、秋を潜り抜けているんだから、もはや一年のどこで食べようが関係ない?
う〜ん、そんなものなのかなあ。でも、同じ樹に年子が成るのを、見ることができるというのも、夏ミカンの変わったところだよね。
晩秋。色づいたばかりの夏ミカンは、酸味が強くてとても食べられたものじゃない。
冬にもいで貯めておくか、もしくは樹にずっと生えたままにしておくかして、じっくり酸を抜かなきゃいけない。そして、初夏の時期に食べごろを迎えるから、夏ミカンと呼ばれるようになったとか。
しかし、ここでミカンをもがないでおくと、今度は今年分が新しく樹になってきて、去年の分と共存できてしまう。その様はまるで、親子や兄弟のように思われた。
知ってる? 夏ミカンはもともと、「夏代々(なつだいだい)」。血筋を結ぶ果物として、扱われていた地域もあったのだとか。
……話をしていて、思い出しちゃうことがあったよ。ちょっと気味の悪い話なんだけど、聞いてもらえるかな?
これは僕のいとこの話になる。僕と彼は同い年。
いとこの家って、僕の家に比べるとはるかに大金持ちで、年に数回。日本全国から世界まで、色々なところへ旅行していたとのこと。
悲喜こもごもの土産話を堪能して、時にはうらやましく思い、時には行くことがなくて良かったあと思う僕だけど、いとこは日本が断然いいとよく話している。
その理由に挙げられるのが、君も今食べている、夏ミカンのことだ。
かつて山口県に漂着し、そこに根付いて、全国に知られるようになった夏ミカン。その味が、いかなる珍味、ごちそうよりも自分の舌に合うんだと、豪語していたっけ。
けれど、6歳くらいの時だったかな。夏休みのお盆前、彼が僕の家へ泊まりに来た時、不思議な頼みごとをしてきたんだ。
おじさんとおばさんは、ぎりぎりまで仕事があって、一人だけで先行して我が家を訪れたとのこと。
「今晩、ペルセウス座流星群でしょ? そのあとでいいからさ、一緒にみかんを買いにいこ?」
どうして僕に断る必要があるのだろうか。勝手に買いに行けばいいのに、と思ったけれど、切り出されたのは、親の前。
「付き合ってあげなさい」と、拒む手を封じられてしまう。元より、その算段だったのかも知れない。
あいにく、その日の夜は雲が湧き、流れ星を拝むことはできなかったのだけど、彼はベランダの手すりを掴みながら、曇天の空を眺め続けていた。
翌日。僕は彼と一緒に、近くのスーパーマーケットにミカンを買いに出かけた。季節を問わず、様々な果物が置かれているけれど、いとこはミカン類にしか興味がないようだった。
最高額の紙幣が一枚。これをミカンだけに費やそうというのだから、何を考えているのか、さっぱり分からない。山積みになっているミカンの中から、適当に選び始める僕だけど、いとこは一個一個、食い入るように見つめながら、慎重に買い物かごに入れていく。
一気にたくさん詰めるんだ。下敷きになってしまうものたちのバランスとかを、考えなくてはいけない。そう思っていたのだけど、彼が手に取るものが妙なんだ。
ぶよぶよしたものばかり、かごに入れていく。どう考えても中で潰れているか、もっとひどい惨事になっているかだろう。選択できる自由があり、その中で自分から不良品を掴みに行こうとするなど、どこのマゾヒストだ。
僕はそのことを指摘したけど、彼は「これでなくちゃいけない」と言い張って聞かない。
できれば、僕にもそれらを選んでほしそうだったけど、付き合ってもらっているという負い目があるのか、強制はしてこなかった。
山ほど買い込んだミカンたちに、さすがの両親も唖然としていたけれど、いとこは我関せずという顔で、いらない新聞紙を所望する。
受け取るや、家の縁側に広げて、みかんをその上でぶちまけた。
「そんな、食べられるの?」という僕に対して、いとこは「いいから、手伝って」と急かしてきた。
いとこは自分が選び、買い占めたぶよぶよのミカンを手渡してくる。僕が嫌そうな顔をしている間にも、いとこはミカンをひっくり返し、「へそ」のように、へこんでいる部分の皮に、指を突っこんでいく。
だが、その剥き方は非常にぞんざい。というか、ちゃんと剥かない。指を入れて、大穴を空けて、それを少し眺めた後に、不満げな顔で新聞紙の隅へとそれを置く。そして新しいものを、自分の両手の中へと招いていくんだ。食べる気配も、さっぱり見られない。
――こんなんじゃ、お金をドブに捨てたようなもんじゃないか。
僕は嫌悪の色を隠すことなく、それでもミカンの皮むきを手伝ってやる。
買う時に僕が予想していた通り、たいていのミカンは中の房がすっかり潰れてしまったり、どろどろに溶けてしまっていたりした。いつもがっしりとした身持ちの一品を食べている僕には、耐えがたい光景と感触だ。
どれくらいのミカンを剥いただろうか。
ある一つが、僕が指を入れたとたん、するするとひとりでに皮が剥けていったんだ。
ワッペンなどにあしらわれる、五枚の花弁を携えた桜の花びら。それを思わせるような、見事な咲きっぷりだった。
「ようやく見つかった。ありがとう!」
いとこは自分の担当していたミカンを放り出すと、僕に今しがた開花した、ミカンの花を新聞紙の真ん中に置いてくれるよう、お願いする。
先ほどまで、焦りと不機嫌が入り混じる、何とも触れがたい空気を醸していたのに、いきなり人が変わったような、嬉しそうにはずんだ声。
「さあ、忙しくなるぞ」と、彼は立ち上がると、家の中へと引っ込んでいく。戻って来たその手には、家の電話の子機が握られていた。
何をする気だ、と僕が尋ねる前に、彼はすでにダイヤルをしている。
110番。警察だ。
「事故です。つい先ほど。場所は……」
彼がよどみなく紡ぎ出した場所に、僕は面食らった。ここから二つ県をまたいだところにある、高速道路のインターチェンジが出てきたんだ。
更にいとこは、あたかも今まさに見ているかのように、現場の様子について説明し、電話を切ってしまう。
「連絡先だけは、教えても信用してもらえないしなあ」と苦笑いするいとこ。
「何やってくれちゃってんの?」と突っ込む僕。
でたらめの事故報告なんて、迷惑にもほどがある。それに対して、いとこは笑いながら
「じゃあ、もうすぐあるだろう、ニュースの渋滞情報を見てごらんよ」と返してきたんだ。
果たして、いとこの言った通り。通報をしたインターチェンジの付近での事故のため、4キロの渋滞ができているという、情報が入っていた。
あっけに取られながらも、いとこはそれからも何度か110番をし、事故のあらましを告げていく。県も、山も、海も関係なく、日本全国を対象にして。
この不思議な通報に関しては、いとこが来てから、二日目の朝に到着したおじさん、おばさんによって語られた。
いとこは流星群の直後、数日間。この日本に起こる交通事故を、見渡すことができるのだとか。ただそのためには、「指を入れただけで、ずるりと皮が剥ける、まるで花開くかのようなミカン」が必要になると。
これは一年ほど前。海外旅行の帰りの日に重なった流星群を受け、その後に、家にストックしてあったミカンを食べようとしたいとこによって、発覚したらしい。
にわかには信じがたいことでも、度重なるニュースで放送される場所と一致すると、認めざるを得なくなったとか。
おばさんは語る。
「あのミカンの皮。もしかしたら、アンテナかも知れないわね。流星がもたらした、宇宙から見た日本の姿。それがずっとずっと拡大されて、あの子には見えているのかも」
いとこ自身も説明してくれたけど、ほとんどビデオ映像を見ているように、事故現場とその情報が頭に流れるのだとか。ただ、全国を対象としているせいか、めまぐるしく変わりすぎて追いつかなくなり、時々は休まないと持たないとか。
「いたずら電話と思われるかも知れない。でも、その後に誰かから、同じ場所に対する連絡があると思う。そのうち、信じてくれる人がたくさん増えたらいいけど。そうしたら、少しでも助けられる人が増えると思うんだ」
残念ながら、いとこの不思議な体験は、小学校高学年以降、ぱったりと鳴りをひそめてしまい、今に至るんだ。