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3 舞台裏はてんやわんや。

 



 リルリアンナは兄から預かった分厚い指南書を読みたいと思いながらも、即位式の準備に目まぐるしく、なかなか落ち着いて本を開く暇がなかった。


 次々と届く祝いの品の閲覧、式の二日前から到着し始めた賓客、ほとんどを兄と夫となるフィリッツが表に立って対応しているが、女性客の話し相手は当然、リルリアンナの役割となる。

 慣れない女主人としての役目を、なんとか担っていた。


 リルリアンナはこの周囲の人々とは違い、黒髪と黒い瞳をもつ少し珍しい王族だ。

 リルリアンナの母ワカナは、エルムグリン王国の南東に位置する海に囲まれた国天色(あまいろ)国の王女。両国との関係を強化する為に政略結婚でこちらに嫁いで来た。

 天色国は単一民族国家で黒髪、黒い目、色の白い肌が特徴的な民族だ。


 ワカナの血を色濃く継いだリルリアンナの髪は特に豊かで美しく、光の加減で黒とも紫とも艶やかに輝く。

 またその零れ落ちそうなほど大きな黒い瞳は、〝麗しの紫紺(しこん)〟と称えられるほど。その瞳に見つめられ、やんごとない言葉で話しかけられると、初対面の客たちもうっとりと魅せられて茶話会が終わる頃には満足げに部屋を後にするのであった。



 しかし実際の舞台裏はてんやわんやである。


「姫さま、次の茶話会のお相手はカナリヤ領アトリ夫人です。先に金銀の笛の髪飾りを頂いておりますゆえ、それをお褒め頂きましてからお話下さい」

「カ、カナリア領はローツェンか? エルムグリンか? 昨日も歓談したような……」

「姫さま、お気を確かに。カナリア領は我が国です。昨日お話頂いたのはカロリア領マーベリック夫人、こちらはローツェン王国になります」

「ま、まて、今から、次に話すのは誰ぞ?」

「カナリア領アトリ夫人です。姫さま、自国です。自国の方です」


 第一侍女イレーネの代わりに配属された女騎士ソフィアは冷静沈着、何事にも的確でとても頼りになるのだが、いかんせん話し方に抑揚がなく、情報が多くなってくるとなかなかリルリアンナの頭の中に入ってこない。


「ひ、姫さま、カナリヤ領は美しい鳥が多い土地です。と、鳥のお話をすると喜ばれると思います」


 おずおずと話しかけてきたのは新米侍女のアニタ。やっとこの三人で動く事に慣れてきたアニタは、少しずつこうやって進言も出来るようになってきた。

 リルリアンナはこの新米侍女の成長にとても助けられていた。長く勤めていた第一侍女イレーネの穴を、自分なりに精一杯埋めようと頑張っているアニタをみていると、元気になれる。


「カナリア、自国、美しい鳥、金銀笛髪飾り、相分かった。ソフィア、アニタ、いつもすまぬ」

「そのような、私も上手く伝えられずに申し訳ありません」

「ひ、姫さまっ、過分なお言葉ですっ」


 新米王妃、新米侍女、女騎士は新米ではないけれどもこの状況は初めて、という、実は三人とも慣れない環境の中それぞれの役割を全うしようとしていた。

 遠慮があった関係が少しずつ溶け出し、心が通い合っていくのが分かって、リルリアンナはとても嬉しくなる。


 頑張ろう、頑張りましょう、が、頑張りますっと三人で頷きあっている所に、近衛騎士の来訪の声が聞こえたか聞こえないかぐらいのタイミングでバーンと扉を開けて入ってきた人がいた。


「相変わらず緊張しいだねぇ、リルー。王妃はただ黙ってにこにこ笑っていればいいさね」

「ババさまっ!」


 リルリアンナはぱっと立ち上がると駆け出して、日に焼けた初老の小柄な女性にぎゅっと抱きつく。


「ババさま、明日いらっしゃると聞いていました! 早めに来て下さったですね、嬉しい!」

「なんだい? そんな子供のように甘えて。そんなんじゃ務まるものも務まらないよ」


 言葉とは裏腹に優しく撫でてくれる厚い手の平にリルリアンナは涙が出そうになる。

 懐かしい潮の香りのする黒髪に鼻を埋めて、じわりと溢れそうになる雫が収まるまでじっと堪えた。

 何も言わずにずっと撫でてくれる背中の温かみに、喉が熱くなってくる。


「……すまぬ、ババさま。もう大丈夫。来て下さってとても嬉しい。ジジさまは?」

「来ているよ、孫とはいえ女性の部屋に立ち入る事はまかりならん、とか言っちゃってさ、廊下で待ってるよ、顔を見せてあげておくれ」

「ジジさまっ」


 リルリアンナは急いで廊下に出ると、同じく日に焼けた、ひょろりと背の高い白髪の男性に抱きつく。


「おいおい、リルー、年寄りにそんな飛びついたら、びっくりして尻餅をついてしまうと何回も言っておるのじゃぞ」

「ジジさまはしっかりされているから、そのようにはならぬ! ジジさま、お久しぶりです」

「チビだったリルーがこんな大きゅうなって嫁にいくとはなぁ、長生きするもんじゃないのぉ」

「どういう意味? ババさま」

「寂しいってこった。ワカナの時も散々だったからね。娘の男親ってのはこんなもんだ、ほっといていいよ」


 ばっさりと言って笑う祖母・マソホの言葉に、リルリアンナは満面の笑みを浮かべて、祖父・ソウデンの深くシワの入った顔を見る。


「また会いに行きます」

「いや、どちらかと言えば我らの方が身が軽くなるじゃろ。しばらくはお前がここで迎えてくれたら良い」

「はい、ジジさま」

「それはそうと、さっき十年ぶりにフィリッツ殿下に会ったが良い漢になったよ。年をとって男っぷりが上がるのは見込みがあるね」

「……」


 マソホがフィリッツ殿下、と口にした瞬間、リルリアンナはピキッと固まってしまった。


「男らしいおのこは嫌いか? リルー」

「ジジの方が良い男じゃろ? ジジと一緒に帰るか、リルー」

「ジーさまの事はほっといて。リルー、思っていた方ではなかったのか?」


 やはり蚊帳の外ではないか、とぶつぶつ言っているソウデンを尻目に、マソホはリルリアンナの身体を自分に向かせて正面から孫娘を見た。


 固まった孫娘は、顔を伏せて親指をぎゅっと握っている。しかしハーフアップに編み上げられた髪から覗く耳は赤い。マソホはその様子を見て察し、大丈夫じゃ、とリルリアンナの細い腕を力強く叩いた。


「ババが送った指南書、読んだか?」

「はい、ですが忙しくて全ては読んでおりませぬ」

「よいよい、落ち着いてからで。ゆっくり読んでみな。天色(あまいろ)国の古き時代から伝わる指南書じゃ。騙されたと思ってやってみるといい」

「だまされた?」

「あ、いや、まぁ、やってみれば、自分に合う合わないが分かるからな。とにかく、やれるものをやってみな」

「ババさま、一つ聞きたい。ババさまもやってみられたのか?」


 リルリアンナの言葉に、シンと室内が静かになった。いつの間にかソウデンはこちらに背を向けて仁王立ちをしている。


 リルリアンナはもちろん、後ろに控えた新米侍女も女騎士、部屋のドアを守る近衛騎士も、それぞれの位置で固唾を飲んでマソホの言葉をまった。



「な、なんだいヤブからボウに。そりゃ、まぁ、うん、まぁ、な、ジーさまがいてこそワカナもナツメもユウデンも出来たしな、うん。ま、まぁ、リルーに渡したのは上巻だから。下巻が読みたければクリスに見せてもらいな」

「リルーは下巻なぞ見なくてもいいっ!」

「ああ、ジーさまの戯言はほっといていい。……まぁ、クリスも見せないと思うしな。リルーは今、手元に渡っているものだけ読んでおけばいい」

「わかりました、ババさま。読んで実行すれば、ジジさまとババさまみたいにオシドリ夫婦になれるという事じゃ。励みます」

「はげまんでいいっ! リルーはそのままの、清いままでええっ!」

「ジーさまの事はほっといてええわ」



 あきれる祖母とほえる祖父を見て、ジジさま、ババさま、相変わらずじゃ、と笑ったリルリアンナ。

 久しぶりに見たリルリアンナの心からの笑顔に、周囲もほっとしたように和んだ。

 祖父母の来訪を受けて肩の力が抜けたリルーはその後の茶話会もなんとかこなし、翌日は式前日準備に追われ、当日を迎えるのである。






次話、短編でのメインです。

明日か、明後日にはお届けします。

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