36 リルー、ジルとソフィアを抱きしめる。
ピルーでルイスが先触れしたのもあり、マーチン食堂に戻ると、常駐していたリールの兵士達が歓喜の声を上げ、ジルが真っ先にリルリアンナの胸に抱きついてきた。
ソフィアは片膝をついたままうなだれて顔を上げない。
リルリアンナはジルを抱きしめて、大丈夫じゃ、と頭を撫で安心させると、ソフィアの前に立ち、被さるようにして頭さら抱きしめた。
「すまぬ、ソフィア。妾が悪い。そなたの責ではない」
「姫さま……」
「心配、かけた。ごめんなさい」
「ひめさま……」
震える栗色の髪を抱き、宿まで連れて行ってくれるか? と頼んだ。
「リルー、俺が」
疲弊して歩けそうにないリルリアンナを心配してフィリッツが声をかけたが、リルリアンナは首を横に振る。
「湯浴みもしたいし、ソフィアがいい」
わがままを言いながら、ソフィアの心を潰さないように振る舞うリルリアンナに、フィリッツは離れないって言ったじゃねぇか、と茶化していった。
「そ、それは……元気になってからじゃ」
真に受けて真っ赤になるリルリアンナに、周りはどっと笑う。
「ねーちゃん、にーちゃんと恋人同士なの?」
ジルが今更驚いたように目をまん丸にして言うので、あのな、その、と幼いジルになんと言ったらいいのかしどろもどろになるリルリアンナを尻目に、フィリッツがそうさ、と笑いながら言った。
「恋人で夫婦だ。ジルにはやらねぇよ」
そう言ってリルリアンナの肩を抱いたので、ジルも負けじと、俺も美人のねーちゃんの方がいいもん、と丁度立ち上がったソフィアの腕を掴んだ。
「わ、私ですか?!」
ソフィアが驚いてジルを見ているので、リルリアンナは思わず、四角関係じゃ、と呟いた。
なんだ四角って、とフィリッツが不思議そうに言うので、ルとジョとジとソじゃ、と小さく囁こうと見上げたとたん、ふらっと身体が揺れた。それに気づいたフィリッツがリルリアンナを抱き上げる。
「やっぱり宿まで俺が連れて行く。ソフィア、後ろを守ってくれ。ジル、今日はお役御免だ。また明日、そうだな、マーチンから許しが出たら宿に来い」
有無を言わせないフィリッツの言葉に、リルリアンナも身体を預けて頷いた。ソフィア、マーチンも胸を叩いて応ずる。ジルもそれを見て小さな胸を叩いた。
よし、と頷いてさっと踵を返すフィリッツを見て、ジルがボソッと呟く。
「にーちゃんて、何者なんだ?」
驚いたようにジルを見る周囲には気付かず、でも、カッコいいなぁ、と小さな腕を組んで、うん、と頷いた。
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フィリッツが以前泊まった宿に連れていってくれると、話はついているのか前と同じ部屋を案内してくれた。
ひとまずリルリアンナをベッドに下ろしたフィリッツは、ソフィアに湯浴みをするならあまりつからせない事と、傷の手当ても頼むと立て続けに言うと、リルー、すまんが行ってくる、と座っているリルーの頬にキスをした。
「あ、あと、髪、長いままでな、頼む」
それだけを言うとフィリッツはまたマーチン食堂へと戻っていった。
リルリアンナはソフィアと一緒に湯浴みをし、傷をいたわりながらさっと上がって人心地ついた。
ソフィアが首元の傷を痛ましそうに手当をする。
「姫さま、しみます」
「……つっ……」
「手首の方がもっとしみます」
「あつっ……」
手首の傷は火傷のように肌が擦りむけており、不思議と刃物の傷より薬がしみた。
ふー、ふー、と息を吹きかけているリルリアンナに、ソフィアは後ろに回って丁寧に髪に櫛を入れた。
「姫さま、少し休んで下さい。陛下が戻られましたら声をかけます」
「では、陛下の部屋で寝て待つことにする」
「ひ、ひめさま……」
「あ、そういう事ではなくて」
侍女ではないので何を用意したらいいのか分からないソフィアに、首をふって寝所の用意ではなくて、と言った。
「もう離れない、と約束したのじゃ。昼も夜も。だから陛下が帰る場所には妾がいるようにするのじゃ。陛下の部屋でお待ちする」
ソフィアは安堵したように頷いて、そうですよね、流石に今日の今日では、と余計な事を言って自分の頬を赤らめた。
ソフィアがフィリッツの宿部屋まで送ってくれて、ドアの前におりますから安心して下さい、と言った。
「でも、横になって身体を休めて下さいね。寝てしまってもよいですから」
「相分かった」
ぱたり、とドアが閉まって、後ろをみると、がらんとした部屋がある。
リルリアンナは身をひるがえしてドアを開ける。
「姫さま?」
「……やっぱり、陛下が戻ってくるまでこの部屋に一緒にいてくれぬか?」
「……はい!」
嬉しそうに頷くソフィアにリルリアンナも暖かい気持ちになる。
がらんとした部屋は、ソフィアがいるだけで暖かく柔らかな雰囲気となった。
リルリアンナはソフィアと一緒にベッドに座りながら、ルイスとジョセフとジル、誰が好みか聞いていいか? と尋ねながら、フィリッツを待った。




