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33 フィリッツ、側近達の行動に、苦笑いする。

 



 フィリッツ達はマーチン食堂に駆け込んだ。

 リール領事館ではなくこちらに駆け込んだのには訳があった。


「陛下っ、ルイスさまっ、申し訳ありません!!」


 フィリッツは片膝をつきうなだれているソフィアに肩で浅く息をしながら、しゃがんで、ぽん、と肩を叩く。


「ソフィア、リルーが離れろっていったんだろ。大丈夫だ。必ず助ける。状況を詳しく教えてくれ」

「は!」


 ソフィアは簡潔に、リールに来てからのリルリアンナの動向を話した。バザールに着いてリルリアンナと離れたのはほんの少しの時間。


「念のためジルに表からリーさまを見てもらっていたのです。そしたら姿が消えたと言ったので駆けつけると、露天商の一角が空となり、すぐに周辺を探しましたが痕跡は見つけられず、一旦マーチン食堂に戻ってリール領事館にも知らせをしました」

「マーチン食堂に戻ってくれてよかった。俺も道中でルイスに聞いたが、影だったんだな」


 ソフィアの隣で静かにとん、と胸を叩いて騎士の礼を取る白い前掛けをつけた男に、フィリッツは短く礼を言う。


 騒動の後すぐに店を休業にして動揺するソフィアに最適な指示を示唆してくれたのがマーチンだった。

 裏庭に出てピルーを指笛で呼び、ルイス宛にリルーがさらわれた事を伝えたのもこの男である。

 フィリッツ達が駆けつけた時、騎士さまこれを、と、一杯の水を出してくれた女将の手が震えていたので、おそらく女将は何も知らないのだろう。

 気丈に振る舞う女将に、すまん、店を借りる、といってマーチン食堂を対策の拠点とした。


「ソフィア、露天商が何を売っていたか覚えているか?」

「宝石だったかと思います。店主は、確かフードを被っていたかと」

「当たりだな。店主は一人か複数か?」

「一人、だと思います」

「リルーが居なくなってからどれくらい時間が経った?」

「一刻(約二時間)ほど」

「よし、わかった」


 フィリッツは頷くとルイスに地図を出させて、リールから延びる街道の一箇所だけを除いて後は封鎖するように指示を出した。


「ソフィアはその旨をリール領事館に伝え、封鎖していない橋で検問をやるように言ってくれ。フードの男と荷車を止める事、また、少年を連れた連れも同じくだ。指示が滞りなく行われたか確認出来しだいマーチン食堂に帰還、待機」

「はっ」

「陛下、街道は全て閉鎖でなくてよいので?」

「ああ、リルリアンナの居所が分かっていないからな……敵に逆上されたくないんだ。移動しているのであれば、逃げ道を作って誘い出す」


 ルイスの言葉に、フィリッツは脳裏に掠めた最悪の事態を心に置き、そうならない為の最善の策だと提示する。

 ルイスは切れ長の目を一度瞑り、そうですね、と力強く頷き口を引き締めた。

 フィリッツはなるべく落ち着きを払ったように見せながら、ルイスとジョセフを見た。


「ルイスとジョセフは俺と一緒に捜索、マーチン、拠点での情報を集めろ、場合によってはピルーでルイスに連絡。王宮には飛ばせるのか?」

「いえ、まだルイスさま以外に王宮で拠点をつなげられる使い手はいません」

「そこも課題だな。わかった。何かあればルイスにピルーで連絡。こちらも指示があれば飛ばす、手が足りない場合はソフィアも応援要請をする。いいな」

「は」

「はっ」


 よし、と拠点を出ようとして、部屋の隅にジルがいる事に気づく。

 フィリッツは足早に近づいて、ぐりぐりぐり、と頭を撫でた。


「にーちゃ……っ……俺っ」

「大丈夫だ、リルーは必ず助ける」

「見てたのに、俺っ、ねーちゃん、見てたのにっ」


 自分のズボンを握りしめて目にいっぱい涙を浮かべているジルに、フィリッツは何度も頭を撫でる。


「リルーがお前たちを離したんだからリルーの責任でもある。そこは帰ったら俺がきつく言っておく。気にしなくていい。ジルは家に帰って待ってろ」

「いやだ、ここにいるっ」


 ぶんっ、と首を振って口をへの字に結んだジルに、フィリッツは真剣な目で頷いた。


「……分かった、でも一回家には帰れ。母さんが心配するだろ? きちんと断ってから来い。それならば、お前もリルーの騎士としてここにいる事を許す。それが条件だ」

「はいっ」


 ジルはぐいっと腕で涙を拭うと、一目散に店を飛び出していった。


「マーチン、悪いが頼むな」

「は」


 大柄な男は静かに笑って、胸を叩いた。


「よし」


 フィリッツは頷いて振り向くと、ルイスとジョセフは既に店の外に出て、馬の手綱を持ち待機していた。


 フィリッツは鈍い金色の前髪をぐしゃり、と搔き上げて、苦く笑った。


「はやる気持ちは、見破られている、か。……行ってくる」


 カツ、と踏み出した深緑のマントの背中に、ご武運を、とマーチンの静かな声が響いた。




 ****




 草原と森が点在する街道をひたすら南下する。途中芋を耕している農民を見つけて、荷車を走らせているフード姿の男を見なかったか尋ねるのだが、気がつかなかった、と夫婦であろう、中年の男女は顔を見合わせて首を振った。


「道が違うのか? 北?」

「いえ、行方不明者の件と同等のものならば必ず南下するはずです。港からではないとボルカベアには行けませんから」


 リルーらしき影も形も見当たらない様子に、フィリッツが少し早口で言うと、ルイスがさっと断言をする。


「……フード、脱いでいるかもしませんしね。かえって目立つので」


 鋭い灰色の目で静かに言うジョセフに、フィリッツもふー……と息をついて頷いた。


 ハッハッ と息を荒げている馬の首を叩く。

 王宮から乗ってきた自馬は早駆けに駆けて休ませているのでマーチンが用意していてくれた馬を借りているのだが、やはり街の馬はここまで走らせる事はないのか、体力の消耗が激しい。


 すまん、もう一走りだ、と馬上から馬に声をかけようとした時だった。


 きらり、と反射した翠の光を見た。


 フィリッツがおもむろに馬を降りたので、ルイスとジョセフもさっと降りて側に寄ってくる。


 フィリッツは片膝をついて、街道の脇にある、親指ほどの小さな玉を拾い上げた。


「……リルーだ」


 土埃にまみれたその翠の玉を丁寧に指で撫でると、リルーの左手首にはめられていた、翠の腕輪の玉だった。


「陛下」

「ああ、やるな。さすがエルムグリンの王妃だ」

「陛下の奥さんにはもったいないぐらいですねぇ」

「うるせぇよ」


 三人は束の間笑い合い、そして騎乗した。

 馬を早駆けにはせず、少し緩めに走らせながら縦に連なって走らせる。

 街道の小さな道しるべを探しながら、南へ南へと走って行った。





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