31 リルーは、露天商を見つけた。
リールのバザールは相変わらず盛況だった。前回呑んだくれてバザールの普段の様子を見ていなかったソフィアも少し高揚したようにちらちらと屋台を見ている。
「あっ! 小僧っ来たな!」
ジルを目ざとく見つけて声をかけて来たのは焼肉屋のおじさんに見えるがまだ二十代の大将だ。
「一番良い焼き具合の時間は過ぎちまったじゃねぇか、今焼く塩梅はぼちぼちだぞ?」
「仕方ないよ、おじさん、俺も今仕事終わって休憩時間なんだもん」
「おじさんじゃねぇつの、ったく。でも、そうか、ちゃんと働いてんだな」
「そだよ。魚のフライが美味しいマーチン食堂。食べに来てよ」
「うお、一丁前に営業かよ、やるなぁ。店閉めてからだと夜だかんなー、きっとお前いないだろうけれど、いってみるわ」
「うん、俺、昼間だけだから。けど、やった! 絶対だよっ」
あの焼肉屋にもたくましく渡り合うジルに舌を巻いてリルリアンナが三人前の焼肉を注文すると、大将は品物を渡す時に、もう、大丈夫だぜ、あいつ、と、にかっと笑った。
リルリアンナも、そのようだな、と頷き返す。
バザールで、ジルの事を奇異な目でみる人間がいるかどうか、気になっていたのだが、大丈夫そうで安心した。ジルも気にせずに楽しそうに歩いている。
奥のベンチに三人で座ると、マーチン食堂で頂いてきた魚のフライが挟んだパンと焼肉屋から買った山盛りの肉を膝に乗せて、頂きます、と声を合わせて食べ始める。
リルリアンナはあらかじめジルの皿に肉を多目に入れて自分は三切れにする。
「ねーちゃん、相変わらず肉、苦手なのな」
「うっ、これでも三切れ食べられるようになったのじゃ」
「ジルのおかげですね」
ソフィアの穏やかな微笑みに、ジルは、え? 俺? とびっくりした顔をした。
「そうじゃな、マーチン食堂の魚フライも食べられた事し、ジルさまさまじゃ」
リルリアンナが大きく頷くと、ジルは銀髪の頭を掻いて、へへっと嬉しそうにくしゃくしゃっと笑った。
三人で綺麗に平らげて、さて、移動しようか、とした時に、リルリアンナは以前に寄った露天商がまた居る事に気がついた。
(あ……青の首飾り)
リルリアンナはフィリッツと来た時に三点がなく、買うのを諦めたのを思い出した。
「ソフィア、ジルと一緒に果物屋で果汁を買ってきてくれぬか? 喉が渇いた」
一瞬、ソフィアが側を離れる事を迷った目をしたので、大丈夫じゃ、バザールからは出ぬ、露店でも見て待っているから、と送り出した。
(青い三点はイレーネの出産祝いに贈ろうと思ってたのじゃった、ソフィアやアニタにも何か良さげな物があるといいのじゃが)
フィリッツと来た露天商の前に立つと、フードを被った主人が、おや、と赤茶けた白髪まじりの前髪が揺れた。
「いらっしゃい、天色国のお嬢さん。今日はお一人で?」
「いや、連れがいるのだが、その連れに贈りたかったので、少し離れてもらった」
「おやおや、お優しいですね。どうぞ、見て下さい。……そうそう、前におっしゃっていた青い揃いの三点もありますが、もう一つお見せしたい品があったのですよ」
「なんだ?」
「あなた様の瞳のような黒々とした宝石を見つけましてね? お連れさまのマント留めに丁度いい大きさ。少し値が張りますが」
(今日連れているのは陛下ではないのだが……でも、そうか、ここには女性物だけでなく、男性が身につけるものもあるのか。それならば、フィリッツ殿に贈ったら、喜んでくれるだろうか……でも、女性から贈るのって、どうなのだろう……)
「あの、聞きたいのだが」
「なんなりと」
「こういう飾り物、男性から女性へとは、よく聞くが、女性から男性へ、は、喜んでもらえるものだろうか」
そう、リルリアンナが聞くと、露天商は前髪を大きく揺らして、ほっほっほ、と笑った。
「なんとまぁ……可愛いらしい。男という者は、どんな物を贈られても、愛しい者からの品は嬉しいものですよ」
「そういうものか」
「はい。では、よろしければこちらへ。大きさがあるので、露店には並べる事は出来ないのですよ」
露天商はそう言うと、店の裏手にある小さなテントを示した。
リルリアンナは頷いて、裏手へ行き、小さなテントの中の木箱を手に取った。
木彫りで舟の印章が彫られている。山に囲まれた湖に浮かぶ舟が印象的だった。
そっと開くと、自分の拳ほどの大きな黒いマント留めが紫のシルクの上に乗り美しく輝いていた。フィリッツの深緑のマントに、よく映えそうだった。
「よいな、これを……」
そう、宝石を覗き込みながら告げた瞬間、宝石の光沢に移ったフードの男がこちらに笑いながら迫ってきた。
はっと振り向こうとした時には布で口と鼻を塞がれ、首筋にチクリと何かが刺された。
そして
あっという間に
目の前は暗くなった。




