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30 リルー、ジルとジルの母親を案じる。

長くなったので分けました。

本日31話も投稿します。

 



「ジル、どうじゃ?」


 マーチン食堂の奥に入り、厨房への扉からジルに声をかけると、ジルは泡だらけの手でゴシゴシと皿を洗いながらこちらを見た。

 マーチン食堂の主人が用意してくれたのか、以前には無かった簡易な木の踏み台の上に立って左のテーブルに積み上がった皿を泡だらけの浴槽に次々と入れている。


「ねーちゃん! 来てくれたんだ! ごめん、これだけはやりたいから待ってて。そしたら少し昼休憩って言われてる」

「わかった、大丈夫。ここで待っている」


 リルリアンナはそう言うと、少しだけ柱の影に隠れながらジルをそっと見守った。



 早朝に王宮を出てソフィアと馬を走らせ、途中の街でジルとジルの母親に渡す保存食を買っていたら少しだけ予定より遅れてリールに到着した。ジルは働いている時間だったので先にジルの家に行くと、ジルの母親がベッドから起き上がって迎えてくれた。


 足が萎えてしまってまだ歩く事はままならないけれど、家の中で立ったり座ったりはできるようになった、と顔をほころばす。


 極度の飢餓状態だったのが、ゆっくりと定期的に物が食べられるようになり、心なしか顔色も黄身がかっていたのが、本来の白さに戻ってきた。


 リルリアンナは、無理はしないのじゃぞ? と声をかけながら、ジルの母親をベッドに座らせて片膝をついて細い足をゆっくりとさする。


「そ、そのような……手が汚れます」

「いいのじゃ、こうやると血の巡りが良くなって萎えた足もすぐ動けるようになる。ジルにも教えておくのでやってもらうといい」

「本当に……ありがとうございます……」


 まだ年若いはずなのに額に刻まれたシワを見て、リルリアンナは壮絶な道を歩いてきたのだろうとさする足に力を込める。

 今度は何か肌につけるクリームを持ってこよう、と心に決めた。


 普段はジルが昼休憩にお昼を持って帰ってきてくれる、というのを、今日はジルを少し借りたいのでこの保存食でいいか? とソフィアに調理してもらって、干した肉と保存の為に固く焼かれたパンを湯で戻して、一緒に食べた。


 リルリアンナと同様に料理下手なソフィアだが、流石に湯を沸かして何かを戻すぐらいは出来るらしい。火が使えないリルリアンナからするとそれだけで頼もしい側近である。


 食事をしながら、何か困った事はないか? とリルリアンナがジルの母親に聞くと、お椀を抱きしめながら、ゆっくりと首をふるのだが、少し迷いながら一つだけお願いが、と言った。


「ジルの様子を、見てきて頂けますか?」

「ジルの?」

「ちゃんと、やれているか心配で……あの子、大丈夫としか言わないから……」


 リルリアンナは、そうだろうな、と黙って頷いた。

 あの小さなジルにとって母親は、もう、甘えるべき存在ではなく守るべき存在なのだ。

 何を聞いても、例え辛い事があったとしても、大丈夫としか言わないのだろう。


 でも、それは母親には言えない。


 リルリアンナは少しだけ逡巡して、ふわっと笑った。


「わかった、今回は妾が見てくる。でもな、お母上。お母上も元気になるのじゃぞ? ジルが誰に一番見てもらいたいかは、お母上、貴女だ」


 リルリアンナの言葉に、ジルの母親はジルに似た猫のように少しつり上がった目を見開いて、あ、と口元に手を当てた。そして、目を少しだけ潤ませて頷くと、ゆっくりとまた椀に入った食事を時間かけて食べていった。



 今、リルリアンナはジルをマーチン食堂で眺めながら、二人の行く末を考える。

 母親は少しずつ体力はついていくだろうけれど、萎えてしまった足が回復するのはもしかすると数年はかかるかもしれない。

 その間、ジルがあの小さな身体で働いていくのかと思うと、つい、手を差し伸べたくなる。


 リルリアンナは、ジルとジルの母親さえよければ王宮に、と思ってしまう気持ちを押し込めた。


 ここにいないフィリッツに、それは違う、とたしなめられそうで頭をふるふると横に振る。


(分かっておる、それはジル達の為にはならぬと我慢している……そばに居ないのに陛下はずるじゃ。すぐ妾の頭の中に入ってくる)


 ジルがマーチン食堂の主人に断りを入れて、こちらへやってくる。

 手には三つ、紙にくるんだ物を持っていた。


「親方がねーちゃん達と食べろって。ねーちゃんの好きな魚のフライが挟んだパンだよっ」

「なんと! 主人、すまぬ、頂戴いたします」


 リルリアンナが慌てて厨房に居るマーチンに声をかけると、マーチンはひょい、と片手だけ上げて奥にいってしまった。


「親方、照れてるのかな」

「そうか?」

「ねーちゃんの事、たまに話してるよ?」

「えっ、なんと?」

「ねーちゃんがうちの魚のフライを気に入っているのが自慢だって」

「へ、へぇ。でも、マーチン食堂のご主人のあげる魚フライが一番美味い。どこよりも」

「そうなんだ! 親方に言っておくよ」

「ああ、ここが一番じゃ、とな」


 ジルと笑い合いながら店の表へ出ると、ソフィアが入り口で待っていた。あ! 美人のねーちゃん、こんにちは、とジルも挨拶する。

 ソフィアは、び、美人じゃなくて、ソフィアです。とジルに言うのだが、ジルはいつも忘れて開口一番に美人というのだ。


「ジル、いい加減覚えて下さい」

「うん、ごめん。で、どこで食べる?」

「今日はバザールの日だろう? あの中の奥に座れる場所が確かあったのじゃ、そこでどうじゃ?」


 ジルはあれ以来バザールには行っていないだろう。なるべく臆する事なく将来的には一人でもバザールに行けるようにと誘うが、ジルは逆に目を輝かせた。


「ねーちゃん、あの焼肉食べたいっ」

「なんと! 妾にたかるつもりかっ」

「いーじゃん、そのつもりでねーちゃんもバザールに行くんだろ?」

「うむむ、ジルに読まれてしまった」


 たくましいジルにリルリアンナは目を白黒させながら、読まれたからには仕方ない、行くかの、とうそぶいた。

 やったっ! と片手を上げて飛び上がり先を急ぐジルを微笑ましく思う。


 こちらが本来のジルの姿なのだろう。

 願わくば、母にも屈託のない姿を見せられる日が来るように、と願いながらリルリアンナはソフィアと二人、先をいく少年を追った。











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