29 フィリッツ、思案する。
フィリッツは、翌日になってもまだ執務室のテーブルにある地図を眺めていた。
早急に決を取らなければならない書類を午前に片付けて、片手で食べられるパンをかじりながら黒駒を見る。
昨日、半日考えても何も見出せなかった行方不明者の件の資料と共にまたしても思考する。
フィリッツは元々頭で考えるタイプではない。自国の帝王学で学んでいるので、為政者としての心得等は叩き込まれているが、分からない事があると意味が理解できるまでその先に進めない、そんな不器用な男だ。
だから、何も考えずにお互いの気を読みながら相対する武道の方が好きだし、性に合っている。
今はジョセフやルイスが側にいて意見を述べてくれるのでだいぶ決断は早くなったが、今回の行方不明者の件はあまり早期に判断を下すのをためらわせる嫌な雰囲気を持っていた。
フィリッツはルイスが持ってきてくれた資料を数枚取り上げると、手早くパンを飲み込み、執務机ではなくソファに深く腰掛けて読み上げる。
「ラフニー領、根菜店、果物屋、魚屋、肉屋、小間物屋、金物屋、宝石商、刀屋、薬屋」
「まだ気になっているのですね」
「テイン領、根菜店、果物屋、肉屋、ああ、休憩してていいぞ、俺に付き合う事はない、小間物屋、宝石商、鉱物屋、武器屋、薬屋屋、土産物屋」
「お気になさらずに、と言えばいうほどそうはならない天邪鬼さんですからねぇ」
「うるさい。関連性がないか調べているだけだ」
フィリッツはルイスやジョセフの言葉に反応しつつも、ぶつぶつと行方不明になった街のバザールに出店している大まかな店を読み上げている。
「重なっている店もあれば、そのバザールしかいない店もあります。四つの街の関連性を見出すのは難しい。そもそもバザールに出店する店は固定店と行商店と厳密には別れています。行商なんかはその日に空きスペースがあれば飛び込みで入りますから。なかなかそれを追うのは厳しい」
ルイスも昨日はこの件はひとまず置いて別の案件を先に、と言いつつも気にはなっていたのだろう。同じように地図を見ながらするすると意見を言った。
ルイスの言葉にフィリッツは先日訪れたリールのバザールの様子を思い出した。
入り口からすぐは屋台がある店が両脇にずらりと並び、屋台の店が途切れると簡易なテントだったり露店だけの店が並ぶ。
「屋台のある店はほぼいつも出店する店か……」
「屋台の店が事件を起こすとは考えにくいですねぇ、固定して来ているのであれば、顔見知りも多いでしょうし」
ジョセフの言葉にフィリッツは頷いてルイスを見た。
「ルイス、出店者名簿、あるか? 露天商だけでいい」
「こちらに。屋台店が先に書いてあります。露天商は太い線の下に」
ルイスが出したのは、行方不明者を出した街のバザールに出店された店の名簿だった。
四枚にざっと目を通すと、何店かの露天商が重なっていた。
絞り込めない。
何かが足りない。
「……バザール、全ての出店名簿、用意出来るか?」
フィリッツの静かな声に、ルイスは、は、と短く応え、執務室を退出していった。
「ジョセフ、行方不明者に共通する何か、あるか?」
ジョセフの手前に広がっている、行方不明者四名の詳細を一緒に眺める。
「日付はバラバラ。年齢も年が若い、というだけでバラバラ。共通するのは、女、というだけ。なんとも言えないですねぇ」
「組織的な犯行だと思うか?」
「まぁ、普通に考えれば」
「犯行、繰り返していると思うか?」
「味をしめたならば、やるでしょうね」
「報告に上がっていないだけで、過去にもやっている?」
「はぁ……今度はなんの資料が欲しいんです?」
ジョセフはげっそりとした顔をしてフィリッツに聞いた。
「ジョセフ、ソフィアから受けたジルの母親の報告の件は、何年前だ?」
フィリッツの言葉に、ジョセフはすっと雰囲気を改めた。
二度目にリルリアンナがジルの母親を来訪した時に、何故父親がいないのかを聞きだす事が出来たという報告があった。
ジルの母親曰く、港町に住んでいたが気がつくと攫われていて、見も知らぬ土地、見も知らぬ家にいかされ、その家の主人の慰み者になったらしい。妊娠が発覚したと同時にまた目隠しをされ、元の港町に戻され捨てられたと言うのだ。
元々片親だけだったジルの母親の家族は既に港町には居なく、親身になってくれる親戚もいなかったジルの母親は、もう攫われまいと内地の土地に移動し、ジルを産み、その日暮らしをしながら街を転々と渡り歩いていたらしい。
もしかすると、繋がる可能性がある、とフィリッツは思った。
「約十年前ですね。おそらく、十二か十三の時に攫われています。今回行方不明になっている者たちの年齢と重なります」
ジョセフの抑揚のない言葉に、フィリッツは頷いた。
「十年前の露天商出店者の名簿をくれ。絞りこむ」
「了解しました」
もし、ジルの母親の件と今回の行方不明者の件が重なるのだとしたら、長々と人さらいが行われている事になる。
フィリッツはルイスとジョセフが戻るまでに、ざっと箇条書きに組織的犯行と判断した場合の対策を紙に書く。
そうこうしているうちに、ルイスとジョセフが戻って来た。
ルイスは今年に入って開催されたバザールの出店者全名簿を、ジョセフは十年前に開催されたバザールの名簿をそれぞれ、どさりとテーブルに置く。
「小間物屋、カイル・クリストン、薬屋、キーン・ハリル、宝石商、ザドク・グスタフ。この三名が今回の行方不明者が出た街に出店していた露天商だ。ジョセフは俺と一緒に十年前の名簿にこの三名がいないか探してくれ。ルイスは今年開催された名簿を」
二人は旨を叩いて了承し、三人で猛然と名簿を漁りだすと、ある一人の名前がどの名簿からも浮かび上がってきた。
「行方不明者が出た街のバザール、ジルの母親が居なくなった時期のバザール、全てに記載があるのは、宝石商、ザドク・グスタフ、ですねぇ」
「今年ザドクが登録している街は他にないのか?」
「アーセナル領です。リール……」
「まて、俺、宝石商でリルーに腕輪やらなんやら買ったぞ……」
「人相は?」
「いや、フードを被っていて、しわがれた声しか…………まて、リルーは? 定期的にジルの所へ行っているよな? 中止するように言ってくれ、確約ではないが、正体が分かるまでは」
「陛下、もう出ています」
「なに?」
「今朝早くに、ソフィアからリーさまを連れてリールに行くとの報告が。昼過ぎには帰ると」
フィリッツは、ガタリと立ち上がった。




