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27 フィリッツ、おそるおそる口に含んでみた。

 



 シン となった執務室のテーブルに鎮座するそれは、今までに見たことない黒に近い紫と乳を混ぜ合わせた色味の代物。内側から盛り上がる丸い突起たちが、こぽり、と何かを放つ寸前で固まった、という形態をしていて非常に不気味だ。

 三人が三様に、ごくり、と喉を鳴らした。


「こ、れは、エルムグリンの、郷土料理、か?」

「……いえ、見たこともありません」

「……サイズ的には、デザートみたいですねぇ」


 フィリッツがルイスに聞くと、いつも冷静な切れ長の目が見開いて呆然と首を横に振る。ジョセフも言葉にならないのか茶化す事も出来ず、当たり障りの無い言葉を呟いている。


「そ、そうでした。近衛兵から妃殿下の手作りと聞いております。ぜひ、陛下、お召し上がりを」

「いや、お前達の分もあるだろ、トレイにあと二つ乗っている」

「いえいえ、そんな妃殿下の手作りを我らが先にだなんて。やはり陛下からですよ、ねぇ?」


 不自然なにこやかさを保ちながら側近二人が右と左から勧めてくる。

 お前ら、俺を毒味役にするつもりかっ! と吠えると、既にお毒味は済んでおります、とルイスがさらっと応え、やはり身分の高い方からですよ、ねぇ? とジョセフもおそろしく華やかに微笑んで攻めてきた。


「くっそ、お前ら……後で覚えとけよ」

「妃殿下のお心がこもっておりますゆえ」

「どんなお心なのか計り知れませんがねぇ」


 ルイスはもっともな事を言い、ジョセフは身も蓋もない言いっぷり。それでもフィリッツはスプーンを手に持った。


(前回のクッキーは料理長に作ってもらったと言っていたよな。リルーはたぶん、料理下手なんだろうな。それでも頑張って作ったんだろうな、うん、食べてやらないとな、うん。……うん)


 何度も自分に言い聞かし、硬いのか柔らかいのかも分からない代物にグサリ、とスプーンを指した。


(む、柔らかい……この隆起しているもの、ベリーか?)


 一さじすくってみると、角が丸い四角のデザートスプーンに見目は悪いがベリーとおぼしき物が乗っている。


 フィリッツはおそるおそる、どす黒いふるんとした形状のものとベリーを口に含んでみた。


「ッっ!!」


 カッと血走った目を王が見開いたので、ルイスとジョセフはどうとでも補佐出来るように、左右で身構えた。


「んおぉっ!!」


 フィリッツは口に含んだまま、言葉にならない声で叫んだかと思うと、ザクザクとスプーンで次々にすくって、物を言わず食べていく。


「ルイス殿、これ、当たりです」

「そうですね、物も言わずに食べられておられる。我らも食べましょう」


 お前ら、やっぱり毒味させたんじゃねぇかっ! と咀嚼の合間に放った主人の声は耳に入らなかったらしく、いそいそと側近二人も手前に(くだん)の代物を持ってきてスプーンを手に取った。


「ご相伴にお預かりします。と、言ってもなかなか勇気のいるお色ですねぇ」

「ちなみに近衛兵からの報告ですが、ソフィアもこちらの作成を手伝った様で、先日お世話になったので、ジョセフ殿と二人で食べてほしい、との伝言でした」

「猫さんも絡んでいましたか。それはそれは。それでこのような恨みのある色」

「絞めすぎたかな? 部下の過ちは上官が諭すのが務めなので甘んじて受けましょう」


 食べられるとあって側近達の舌も通常運転になる。しかしデザートに見えない代物を一口含んだ途端、後は黙々と器が綺麗になるほどスプーンを駆使して平らげた。


「これほど見た目と味に差があるデザートは初めてですねぇ」

「ええ、おどろおどろしい見た目とは裏腹な優しい甘さで、これに比喩が含まれているとしたら相当なものだと思いますが」

「ふむ、『とてもとても怒っているけど、許しちゃうにゃんにゃん』とか、いかがでしょう」

「ほほう、『あまりの仕打ちに毒を入れようと思ったけれど、やっぱり上司に逆らうのは後味が悪く毒の代わりに砂糖にしました』という意味ですね」

「ルイスが何気にひでぇ」


 フィリッツはぶはっと吹いて二人の見解を笑っていると、おや、陛下も何か思われたのでは? とジョセフがにやにやして言ってきたので、ふんっ、と横を向いて紅茶をすすった。


「お前らの笑い種になるような事を誰が言うかっ」

「これは……よっぽど聞くに耐えない恥ずかしい文句が思い浮かんだに違いないですねぇ」

「ほほう、『怒っているから顔を見に来て、だな』とか」

「おおっ、ルイス殿、素晴らしいっ。『嫌よ嫌よもにゃんしてのうち、だな』ですねぇ」

「お前ら退場だ。出てけ」


 フィリッツが目を細めてゾッとするような声で放ったにもかかわらず、側近二人はあーでもないこーでもないと、文言の応酬を繰り返している。


「黒と紫の色味から『私を食べて! だな』とかいかがですか」

「いいですねぇ、『今夜は来て! だな』とかで行ってほしいですねぇ」

「リルーの髪はあんな色じゃねぇし、お前らの誘導には引っかからねぇっ」


 うーむ、強情な方だ、というルイスに、単なる天邪鬼なんですよ、とジョセフが肩をすくめて残念な人だとでも言うように首を振った。


「しかし真面目な話、それこそお礼を言いがてら妃殿下を訪ねられたらいいと思うのですが」

「そうですねぇ、ご政務も一区切りつきましたし。今からお部屋でも訪ねられたらどうです?」


 ルイスがふっと雰囲気を変えてフィリッツに進言するのに、ジョセフも便乗する。

 なんだかんだと言っても会えてない二人を心配している側近達に、まぁ、な、と王は煮えきらない返事をして目はまたテーブルに広がっている地図を眺めていた。


(何か、一件一件に共通する関わりがある気がしてならない……)


 点在する黒い駒は四つ。

 線で繋いでみると舟のような形が浮かび上がるのだが、その図形がふっと人が笑っている口元にも見え、フィリッツは眉をひそめた。


 次々と入ってくる政務の量を見ると、この件に関して考える時間は限られている。

 今日までだ、と心に決めて側近二人の顔を見た。


「もう少し、行方不明者の件を考えてみたい。こう、ほぞを噛むようにひっかかるんだ。全ての資料をこちらに持ってこれるか?」

「それはもちろん大丈夫ですが……先々の事を考えますと陛下がそこまでやる必要はないかと思いますが」


 ルイスの冷静な進言に、フィリッツも分かっているよ、と頷く。


「半日考えて見出せなかったらこのまま軍部に調査を任せ切りかえる。だが……国民一人も救えない為政者になるつもりはない姿勢は見せないとな」


 王の言葉に、ルイスは切れ長の目を細めながら微笑んで、分かりました、資料を持ってきます、と席を立った。ジョセフは、不器用さん二人といった所ですかねぇ、と苦笑しながら飲み干したフィリッツのカップに再び紅茶を注ぐ。


「……夜、顔を見に行くよ」

「起きている顔を見に行って下さいよ」

「起きても起きていなくても、美味かった事だけは伝えるよ」

「はぁ、寝顔決定ですねぇ」


 ジョセフは呆れた顔をして、私が女心の分かるための指南書でも書きますかねぇ、とうそぶいた。

 フィリッツは絶対読まん、とバッサリ切っておかわりの紅茶を飲み干し、ガチャリと音を立ててカップを置いた。









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