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26 フィリッツ、うっ、と言葉を飲み込む。

 



「ルイス、印」

「はっ」

「ジョセフ、次」

「はい、軍部から行方不明者が少し多くなったという案件」

「行方不明者? 場所は?」

「数ヶ所に分かれている模様」


 執務机のみならず応接の為のテーブルにも書類の束がそこかしこと置かれた中、フィリッツは大量の書類にサインと、必要であれば印を押していたが、ジョセフの案件にがばりと顔を上げた。


 リールの街の件以来、リルリアンナの所にも行かずに執務室に篭って馬車馬のように仕事をしているのには訳があった。


 宿に戻った後、本来ならばルイスと一緒にリール領事館へ行き、アーセナル領主宛の書簡も届けてジル達の現状を話すつもりであった。

 しかしジルとの一件で信用がならぬとして、ルイスを先に直接アーセナル領主の元へ送り、フィリッツとジョセフの二人でリール領事館に行ったのが運のつきだった。


 身分を伏せ、バザールの件を陳情に行くと、一見してローツェン人だと見た役人は、エルムグリンの人間でもないのに、と鼻で笑ったのだ。

 リールの街の人間でもない者の話など、聞く耳など持たぬ、と。


 深刻さを悟ったフィリッツ達は早々に手を引き、ルイスを追ってアーセナル領主の元へ走りリールの現状を話したのであった。


 三人で王宮に戻ってからは、事例と共に各領主へ現状を調べる事を示唆、エルムグリンの国民でない事を理由に迫害がないか調べている所だ。


「陛下、各領主からの迫害に関する返答も戻ってきていますが?」


 ルイスの声に、フィリッツはバシバシと羽ペンをこめかみに打ちつける。


「ルイス、全領、揃ってからまとめて見る。気になる記述がある箇所を別にまとめておいてくれ。ジョセフの方が先だ、エルムグリンの全土の地図を出してくれ」

「はっ」


 フィリッツは羽ペンを放り投げて席を立ち、窓際の比較的広いテーブルへ移ると、ルイスが広げたエルムグリン全土の地図と、ジョセフに口頭で言わせた行方不明者が出た土地に黒い駒を乗せていく。


「地図からの法則性は無いな……南が若干多いか?」

「港に近いので、船に乗せられている可能性は高いですねぇ」

「海賊と名乗るボルカベアが絡んでいる?」

「影からの情報としては上がってきていません」


 フィリッツが海に近い南側の三つの駒の先を触りながら言うと、ジョセフが見解を示し、ルイスは首を横に振って、まだ何事も判断がつきませんね、と改めて地図を見ている。


「ルイス、俺たちには土地勘がない。点在するこの土地に何か共通するものはないか?」

「共通、ですか」


 フィリッツの問いにふむ、と腕を組んでじっと眺めているルイス。その側でフィリッツは事件に関連しそうな単語を投げて行く。


「領事館の数、拠点の数、名馬がいる、とか」

「特産品、食堂の数、美人が多いとかねぇ」

「お前、ふざけるなよ」

「フィリッツさま、こういう時は柔軟にいかないとピピンとくるものも来ないのですよぅ」

「全く関係ないだろがっ」


 相変わらずのまぜっ返しに流石のフィリッツも声を荒らげるが、ジョセフは物ともせず灰色のまなじりを下げて、大事な事ですよぅ? と言い放つ。


「この機を逃さずその土地の美味しい物を知りたいじゃないですか。あなたがここに居ると私も必然的にどこにも行けないのです。せめて想像するだけでも執務室という名の檻の外へ」

「檻、言うなっ!」

「ああ、マーチン食堂に行きたい。猫さんに酒飲ませて愛でたい」


 恍惚とした顔をしてぼわぼわとあらぬ事を想像をしているジョセフに、いい加減にしろっ、噛み付こうとした所でルイスが呟いた。


「マーチン食堂……」


 フィリッツはジョセフと共にピタッと黙る。


「マーチン食堂……リール……アーセナル……」


 ルイスが切れ長の目を細めて、アーセナル、リールの位置を指で指し、その後にずっと行方不明者が出た街を一つ一つなぞっていく。

 可能性の一つとしてですが、と一応の前置きをしつつ、短髪の騎士は地図をまた見ながら見解を述べた。


「マーチン食堂は関係ないですけれども、バザールは関係があるかもしれません。行方不明者が出た街は全て、バザールが定期的に開催されている街です」


 それを聞いたフィリッツは、む、と行儀悪く肘をつき、こめかみを指でこつこつと叩かながら唸る。


「理由としては弱いな、この街以外にもバザールは開催しているだろう?」

「あ、はい、確かに」

「バザール関係者が絡んでいるならば、もっと報告数が多くてもおかしくはない。こちらの街は出て、こちらの街は出ない、という明確な理由が見えない。バレないように控えているのだとしても、もう少し法則性が出てもいいはずだ」

「では、組織だったものではなく、なにか、個人的な失踪が重なった、とか?」

「その可能性は低いですねぇ。そうであればもっと数が少なくて、より幅広く東西南北に散らばっていていいと思いますねぇ」


 フィリッツ、ルイスの議論にジョセフも重なって、三人は地図を見ながら黙る。

 フィリッツは情報が錯綜する脳内を一旦白紙に戻すために身体を起こし、頭をぶんっ、と横に振った。


「埒が明かないな、もう一度精査しよう。比較的南に集中している事、バザールが開催されている街である事、届出の時期が近い事……」


 何度も可能性を上げて潰していきながら、ひとまず、バザールの全開催地の領主に領内の不審者の為の警備強化を通達すると同時に、領主からもバザールの取りまとめ役宛に同様の知らせを送る旨を一筆そえる事にした。


 方向性が決まった事に息をつき、フィリッツが目頭を押さえて椅子にもたれていると、失礼します、と扉の向こうから近衛騎士の声がした。


「なんだ」

「妃殿下からのお届け物をお持ちしました」


 妃殿下、という言葉にフィリッツがガタリと立ち上がると、ルイスが、お待ちを、と王に声をかけて扉に向かった。


 トレイを近衛騎士から預かって戻ってくるルイスに、ほ、本人は? と思わず聞くフィリッツ。


「ご本人はおられなかったですね。扉の前まではいらっしゃったみたいですが、私達が随分と長い議論をしていたので、控えて戻られたそうです」

「そ、そうか……」

「前なら、ババーン、と入って来られたのにねぇ、お可哀想に」

「おい、俺が悪い前提で話すのやめろっ」

「悪いに決まってますよ、寝顔しか見に行けないへたれが」

「そうですね、どうしてそこで朝までいないのか、私もちょっと信じがたいものがあります」

「ちょっ、なんで知ってるっ!」


 多忙過ぎてどうにも時間が取れないフィリッツが、深夜忍んでリルリアンナの寝顔だけ、見に行って帰っているのは王妃の寝所を守る近衛しか知らぬ事だ。


「むしろ知られてない前提でいるのがおかしい」

「陛下の動向をいまかいまかと(みな)が気にしているのをお許しください」

「影か? まさか中まで?!」

「そんな無粋な事するわけないですよぅ」

「滞在時間が異様に短いので、顔を見ているだけだろうとの報告を受けています」


 ジョセフとルイスの呆れたような返答に、ぐぬ、と黙ったフィリッツ。

 側近たちからすれば、想い合っているならば、いくら仲たがいをしたとしても一夜を共に過ごせばそれで事足りる話だ。


 なんともじれったい主人に、だんだんとルイスまでも言葉がきつくなりがちである。


 いやな雰囲気を察したフィリッツは仏頂面で、リルーは何を持ってきてくれたんだ、と水を向けた。


「これを見ると妃殿下がまだ怒っておられるかもしれない、と思われますよ?」


 ルイスはそんな嫌味をさらりと言いながら、フィリッツの手元にリルリアンナからの届け物を置いた。


「うっ……」


 なんだこれは、と言葉にするのは、リルリアンナの名誉にかけて飲み込んだ。


 しかしながら美しい白い陶器に入ったそれは、乳白色に黒紫色の汁を混ぜたのか、というにごった色をしていて、かえって目が離せない。

 さらに中になにか入っているのか、表面がぶつぶつと隆起しているのだ。


(食える、ものなのか……?)


 とても食べ物とは形容しがたい代物がデザートスプーンと共にそえられて鎮座しており、フィリッツはスプーンを持つことも出来ず、ただ、呆然と、そのどす黒いモノを眺めていた。



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