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24 リルー、分厚い本の上で突っぷす。

 



 フィリッツ達を待たずに王宮に帰ってきてしまってから、五日(いつか)、リルリアンナは今、私室にて舐めるように分厚いピンクの本〝ホニャ=ラーラの指南書〟を読んでいた。


 私室のドア付近にはソフィアが待機しており、しばらくして、失礼します、とアニタがアフタヌーンティをトレイに乗せて静々とリルリアンナの側に来る。


「妃殿下、お茶のお時間です」


 アニタの声に、応える声がない。

 アニタは困った顔をして、ちら、と後ろにいるソフィアを見ると、ソフィアはそっと首を横に振って、後ろで組んでいた手をテーブルに差し出したので、アニタも頷き、こちらに置いておきますね、とだけ声をかけて下がり、ソフィアの隣に立つ。


「姫さま、今日もあの調子ですね」

「ええ、陛下と仲直りする策を練っているのだと思います」


 ごくごく小さな声でアニタが話しかけると、ソフィアはリルリアンナから目を離さずに少しだけアニタに身体を寄せて応えた。


 うー……という仔犬が唸るような声が聞こえたかと思うと、バタン、とリルリアンナは本を閉じてテーブルの上に置き、その本の上に腕を組んで突っ伏した。


「だめじゃ、書いていない……」

「ひめ……妃殿下っ」

「リー……妃殿下」


 アニタとソフィアが思わす素で叫んですっ飛んで来る。

 リルリアンナは伏せた顔を横に向け、アニタとソフィアに力なく笑う。


「ひめさまでもリーさまでも好きに呼んでよい、三人だけの時は楽にせよ。妾もその方が気が楽じゃ」

「お、恐れ入ります」

「有難き幸せ」


 アニタが胸に手を当て、膝をかがめてふわりと礼を取ると、ソフィアは胸を叩いて騎士の礼を取る。


 リルリアンナはその様子を顔を横たえながらにっこり笑って頷くと、また目を瞑って深いため息をついた。


「この本には、恋人になるためとか気を引くための事は書いてあるのだが、喧嘩した時の仲直りの方法とか、その後の具体的な事は書いていないのじゃ。何か見過ごした文言があるかと思って読んでみたが、何もなかった」

「そうですか……」

「リーさま、そちらは上巻なので、下巻を所望してみては」


 アニタが小ぶりの手を顎に当てて、何やら考えている横で、ソフィアがリルリアンナに進言する。リルリアンナも、うむ、と身体を起こして頷いて、妾もそう思ってな、とソフィアに身体を向ける。


「こちらへ帰ってきて二日目、ピルーでババさまにお願いをしてみたのだか、昨日戻ってきた手紙の返事では、ジジさまの許可がおりなくて送れないのじゃと。兄上の所にあるからそこで読みな、とは書いてあったのじゃが、兄上の領地まで早馬で駆けても一日かかる。そこまでしてここを離れる訳にはいかぬし」

「ジルの事もありますしね」

「ああ」


 リルリアンナは王宮に戻ると早急に影を手配してジル達を見守るよう指示し、リルリアンナ自身もなんとか時間を作って三日(みっか)に一度はリールの街を訪れている。

 その日のうちに戻るので滞在時間は短いが、日に日に頬に膨らみが出てくるジルの母親の経過が見れ、ジルの働いている様子も覗く事が出来、ほっと胸を撫で下ろしている所だ。


 順調にジルの母親が回復していけば、三日おきではなく七日おきとか、半月おきとか、様子を見て少しずつ離れていく事も考えていた。

 大事なのは初動で、そこを乗り切れば立ち直ると、リルリアンナは経験として知っていた。二年ほど前からクリストファーから慈善事業にも携わるようにと言われていて、事故や病気で片親、もしくは両親を亡くした者の慈善に携わるようになっていた。


(そんな事を話す余裕もなかった……)


 苦しくて、左手で胸元をぎゅっと握ると、左手首から翠の腕輪がシャラリと肘の方まで落ちる。

 その一つ一つの玉を無意識にいじりながらリルリアンナはあの時の出来事を幾度も思い返すのだか、放ってしまった言葉は戻らず、あの時の感情を撤回も出来ず、まだ、フィリッツと話し合えずにいた。


「ソフィア、陛下のご様子はどうじゃ」

「相変わらず、執務室に籠られておられる様です。お食事も全て持ち込まれているようで、お部屋から出るのは就寝の時ぐらいだと」

「そうか……」


 今までは朝食を一緒に取ったり、リルリアンナがおやつの時間だと押しかけて一日に一度は顔を見ていたが、仲たがいした事が気まずくて執務室に行く事をやめてしまった。

 こちらから出向かなければ、ぱたりと会えなくなる事もまた、リルリアンナを傷つけていた。


(陛下、お帰りになってから一声もこちらにかけてくれぬ。妾は相当に怒らせてしまった……)


 視察の旅で愛しい人と心が近づいたと思ったら、今度は喧嘩。恋を知らぬリルリアンナにとっては全てが初めての事で、何もかも、どうしたらいいのか分からない。


(兄上と喧嘩した時は、次の日には普通に挨拶していつも通りに過ごせたのに……陛下には、それが出来ぬ)



 怖かった。

 怒らせた時に自分を見た目が鋭く、あの優しい灰緑色の瞳がこうも冷たく光るのか、と心に刺さってしまった。



 会いたい。

 でも怖い。



 その気持ちがリルリアンナを自室に留めていた。

 自ら、執務室に行けなかった。



「姫さま、お菓子を作って持っていってはいかがでしょう?」


 今までずっと考えていたアニタが、おずおずと提案してきた。


「前みたいにクッキーを持ってか?」

「以前は料理長に作ってもらいましたが、姫さまご自身でお作りになられたら、陛下もお喜びになると思います」

「わ、妾がか? すごく、苦手なのじゃが……火との相性が悪いのか、何を作っても黒く灰にしてしまうのじゃ」


 アニタの提案に、リルリアンナは眉をハの字に下げて告白すると、ソフィアはごくり、と生唾を飲み、アニタは、で、では、火を使わないお菓子はいかがでしょう? と、に、にこっと笑って言った。


「うーん……アニタ、側で見ていてくれるか?」

「もちろんですっ、姫さま、恐れながら、私と一緒に、作りましょう? 陛下もきっと喜んで下さいます」

「そうですね、リーさま手ずから、とお伝えすれば時間も取ってもらえるのではないでしょうか」


 自信なげに上目使いにアニタを頼る王妃は、誰から見てもただの十七の少女で、アニタとソフィアは心の中で、姫さまが可愛い……! とふるふる震えるのだった。








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