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20 ジルの謝罪

 



 ザッ と並んだ一同に一種異様な雰囲気を察知したのだろう。バザールを行き交う人たちはさささ、と道を開けた。


 青を通り越してもはや紙のように白い顔をした少年を筆頭に、後ろに並ぶは口を結んだ黒髪の見目麗しい少年兵、その横に金の色が霞んだ髪色の体格の良い騎士、アッシュブラウンの短髪の美丈夫と栗色の一房の前髪が顔にかかる美人騎士が脇を固め、なぜか一歩さらに後ろに白灰色の髪が珍しい細身の騎士が連なっている。


 最後尾の人物はひょうひょうとした微笑を保っているが、それ以外の一行は一様に無表情で口を結んでおり、少年を前に歩かせての移動は見えない紐で縛られて歩かされている様にも見えていた。

 今から何が始まるのか、と野次馬が十歩も離れた所からそろりそろりと後についてくる。


 少年がまずやってきたのは、野菜を売る露店だった。昨日、ドロボォォー! と叫んでいた女店主が、何事かと転がり出るように店から出てきた。


「な、なんです今日は? 昨日の事はもう、品物のお金を納めて頂いたからいいですけれど……」


 異様な一団にいちゃもんでもつけられたら堪らないと、女店主は先手を打って早口でまくしたてた。


 それを聞いたジルは、バッと後ろを見た。

 背後の者は皆全員、無表情で応えない。


 それまで顔を真っ白にして微かに震えながら立っていたジルの顔がぶわっと赤らんだ。


 うつむき、ぎゅう、と両手の拳を握ってぶるぶると震えると、金色の目に涙をいっぱい溜めながら、膝に顔がつくほどに腰を折って女店主に銀色の小さな頭を下げた。


「ごめん……んさい、お腹がすいて、盗みました……もう、二度と、しま、せん」


 ぱたた、と、土に沁みた涙。


 その後に、ざっと倣うように背後の騎士達が黙って頭を下げた。

 ええぇ!! や、やめてくださいよぅ!! と腰砕けになりながらも、騎士達に叫び、ジルの肩に手をやり身体を起こす女店主。


「あたしゃ、もう、ちゃんとお代も頂いているから、お金さえ貰えればもうそれで何も思わないよ。だだ、本当にもうやらないね? それだけは約束おしよ? こんな、騎士さまが平民に頭を下げるなんて、本当に無い事だよ? わ、私だって震えちまうよ」


 ぶるぶると震えながらも、必死の形相でいう女店主に、ジルもこくこくと頷く。もう、しません、ごめんなさい、と何度も言うジルに、わかった、わかったよ、と言って野菜店の女店主は許してくれた。


 ジルが何度も頭を下げてその場をさると、最後の騎士が、そっと女店主に近づく。


「この度はあの子が申し訳なかった。以前にもやったと本人は言っていたのですが、この事、領事館には知らせていたのです?」

「あ、え? ええ、今回はお代を頂けたので何も連絡しませんでしたよ。でも前回は流石にしましたよ。いくら子供の仕業であっても」

「そうでしたか、ありがとう。それでも何も動きが無かったのですね?」

「ああ、なーんにも。子供のした事だと軽く見られたのかねぇ。アーセナルの領事館は頼りにならないよ」

「本当ですねぇ。さて、騒がせたお詫びに、この野菜を少し買ってもいいかな?」

「あら、騎士さん、分かってるね。路銀なんぞ渡されたら鼻で笑う所だけど、お客さんなら願ったり叶ったりだよ。丹精込めた野菜、沢山買っておくんなましよ!」



 チーズ屋、果物屋、ジルが覚えている限りに盗みに入った店に、片っ端から頭を下げて回る。 ジルが頭を下げた後、必ず騎士達も無言で頭を下げ、後に店に入った騎士が店主と立ち話をし、品物を買って行く。


 ザッザッ と 言葉もなく粛々と謝りの行脚を進めていく一同と一歩後から買い物袋を両手に食い込むぐらいにいくつも掴みながらひょうひょうと歩く騎士。


 ジルが最後に謝ろうとしていた店の店主は、バザールの騒ぎを聞きつけていたのだろう。

 店の近くの表通りに太い腕を組みながら仁王立ちで一行を待っていた。



 ジルは、口をへの字に曲げて、一歩前へ出た。


「……お腹、すいて、盗みました。もう、二度と、しない。しません。ごめんなさい」


 目を剥いて忿怒の表情でこちらを見ている焼肉屋の店主のこめかみがピクリ、と動いた。


 ジルは、ごめんなさい、と膝を土につけた。


「何度も、ぬすんで、ごめんなさいっ!」


 ゴツッと音が鳴る程、額を打ち付けて、ジルは店主に誤った。


 背後の騎士達がざっと頭を下げようとした瞬間、店主はぐいっとジルの胸ぐら掴んで片手で引き上げた。


 ピクリと身体が動きそうになった少年兵の腕を、隣の金髪の騎士が制している。


 シンッ と 騒めきがなくなった通りの真ん中で、店主は、地を這うような低い声で呻いた。


「お前が物欲しそうに俺の焼肉を見ていたのを、知ってたよ。その金色の目ん玉まん丸にしてよぉ」


 ジルは首が絞まった状態で宙づりになりながらも、ご、め、さ、い、と細い息継ぎの合間に言葉を紡ぐ。


 店主は、その細い息を苦しそうに吐くジルに構わず、血走った眼で瞬きもせずに涙を浮かべる金色の目を覗き込むように睨む。


「何度も見てたよなぁ。何度も何度も」

「ごめ、ん、な、さい」

「何度も盗んだよなぁ。俺が忙しい時間を狙ってよぅ」

「……」

「俺が一番いい焼き具合になったな、ってヤツに限ってなぁ。お前取って行ってよぅ。その後の悔しさったら、お前、分かるか?」


 ジルは、苦しそうに微かに首を振った。


 ピクッと身体が動いた女騎士の両脇を、短髪の騎士といつの間に隣に来たのか白灰色の騎士が固めて身動きを取れないようにしている。


「丁寧によぅ、あぶった一番いい肉をよぅ、あんなに盗んだのに、なんだよ、この身体は」


 店主のもう一方の片手がジルの肋骨(あばらぼね)がくっきりと浮かんだ横腹を乱暴に掴んだ。


「骨と皮じゃねぇか、あんなに、あんなに持っていったのに、食ってねぇのかよっ」


 その言葉に、ジルは目を見開いて店主を見た。


「お前ぇがどんな状況だなんて、顔みりゃ、服みりゃ、身体みりゃ分かるんだよぉ、なんで何回も盗みにくるんだ」


 店主は歯を食いしばりながらジルに向かって答えなんて求めていないように畳み掛ける。


「親はどうした、領事館は何やってんだぁ……おれぁ、何回も何回も、リールの役人に何回も言ったのによぉ、子供が、ひでぇ顔した子供が盗みにくるんだって。誰も聞いてやくれねんだよ、なんなんだよこの街はぁっ! なんで子供一人救ってやれねんだよぉぉ!!」

「すまぬっ!!」

「リルー!!」


 リルーと呼ばれた少年兵は、ジルの身体ごと抱きしめて店主を見上げた。


「ジルの事、ないがしろにしておいてすまぬ。気づくのが遅くなってすまぬ。そなた達の気持ち、気がつかなくてすまぬっ! ……預からせてくれ。そなた達の気持ち、我らに預からせてくれ。リールの領事館に進言する、それで、気持ちを、収めてはくれまいか」


 店主は、じろりと少年兵を睨む。


「あんたはここを離れるかもしれないが、こいつはこの街で生きていかなきゃならねぇんだ。こいつが独り立ち出来るようになるまで面倒見切れんのかよ、ええ?」

「マーチン食堂に雇ってもらえるか願っている。盗っ人を止める、盗んだ店に謝りに行かせる、という条件で叶うかもしれぬ。頼む」

「やっとかよ……」


 店主は大きく大きく息を吐くと、ジルに向かって勢いをつけてゴチーーンと鳴り響くほどの頭突きをした。


「うあぁっ」

「ジルッ」


 店主が手を離したので、少年兵はジルもろともその場に尻餅をついた。


「二度とその痩けた面ぁ、見せるんじゃねぇぞ。金貯めて、客として来るまでなぁ。俺の一番いい焼き具合、覚えているだろう?」

「……お昼、少し前」

「っとによぉ、金さえ払えばお前程俺の焼き加減を知ってる上客はいねぇよ! さっさと帰んなっ! マーチンとやらんとこに全員に謝ったって言って雇ってもらえ!」

「……っく……うあぁ……うああぁっ!」


 ジルがたまらず、背を向けて歩き出そうとした店主に抱きついた。

 思いもよらない行為だったのだろう。

 バツ悪そうにした店主は、しばらく自分の頭を掻きながらなすがままにされたいたが、泣き止まないジルに観念して慣れない手つきで、ジルの銀色の頭をぽん、ぽん、と叩いた。


 やがて、ひっく、としゃっくりを上げながら、ジルは、ありがとう、おじちゃん、と言った。

 お、おじっ! 俺ぁまだ二十八だっ! と叫んだ店主に囲んでいた野次馬がどっと笑う。


 リルーと言われる少年兵を金髪の騎士が手を取り立たせながら、見えんな、と呟き、ひでぇ! と店主が間髪いれずに受けたものだからまたさらに笑いの渦が広がっていった。


 後方で連なった騎士達がほっと息をつく。

 それと同時に身体の力を抜いた女騎士に、世話がやける人ですねぇと白灰色の騎士が呟き、追加で座学です、と短髪の騎士がため息を吐いた。


「え、な、何が追加なのですか? 何に追加なのです?!」


 戸惑いを通り越して叫ぶ声に短髪の騎士は応えず、倒れたら気付けに一杯誘ってあげますよ、と白灰色の騎士が人の悪い顔をしてにんまりと応えた。


「その返答によってはさらに追加訓練……まぁ、追追加だと思っておきますよ」


 と短髪の騎士に断言予告され、女騎士は大混乱の中、いつの間にかチーズの買い物袋を持たされバザールを後にするのであった。




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