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19 リルーはルイスに食ってかかり、フィリッツはにやりと笑った。

 



 リルリアンナはフィリッツと二人並んで階段を降りていくと、側近三人が既にテーブルにいてさっと立ち上がり、おはようございます、とそれぞれ挨拶をしてくれた。


「おおおはよう」

「む、リーさまの顔が赤いですねぇ、さては?」

「何もしてないわっ」

「それは残念です」

「ル、ルイスさま、お言葉が」


 リルリアンナがなんとなく気恥ずかしく思っている事を看破したジョセフに噛み付くフィリッツ。

 さらりと本音を漏らしたルイスを驚いたように見るソフィアの栗色の髪が少しだけ乱れている。急いで後ろにしばったのだろう。一房だけ前髪が垂れていた。


「ソフィアは髪を垂らしていた方が女らしいと思うのじゃが」

「すみません、朝食が済んだらきちんと結びます」


 ソフィアの至極真面目な応えに、そういうことではないのじゃが、と思いながらテーブルに出されたパンをちぎって食べていると、兄ちゃん、姉ちゃん、来たよ! とジルが宿に駆け込んで来た。

 ルイスが切れ長の目を細めて頷き、ちゃんと覚えていたな、と言いながらテーブルにジルの席を確保すると、ジルは少し迷った顔をした。


「どうした? ジル」

「兄ちゃん、俺食べてきた」

「食べてきたって言ってもまだ入るだろ? 遠慮すんな」


 フィリッツの言葉にじゃあ、と席をちょこんと着くと、ルイスが皿に取り分けたハムとチーズ、パンに茹で卵に金色の目を輝かすと、ものすごい勢いで食べて行く。


(きっと、食べたか食べないか分からぬ程の食事を取ってきたのじゃな……)


 もぐもぐと口に入れた状態でさらに豚肉の腸詰に手を出そうとしているジルに、ジル、食べてから手を出せ、ちゃんと人数分ある、とルイスがたしなめる。


「姉ちゃん、いらねーの?」


 リルリアンナの皿に残っているハムを見てジルが不思議そうに聞くので、い、いや、食べる、と慌ててフォークを刺した。皿に出された物は食べる、と決めた矢先に食べぬ訳にはいかぬ、とちびりちびりと食べて行く。


「ところでリルーは何で肉が嫌いなんだ? 魚はぺろりと食っていたが」

「そういやそうですねぇ、魚のすり身団子はあっという間に食べていましたねぇ、二個」

「ジョセフ殿、見ていたのかっ」


 フィリッツの疑問にジョセフが灰色の目をちろっと向けたので、リルリアンナは見られていた事にぎくっとする。大皿に残っていた最後の一個を食べたくて、さっと自分で盛ったのだ。


「リーさまは天色(あまいろ)国に行かれて以来、無類の魚好きになってしまいまして」

「肉料理が主流のエルムグリン料理だとなかなか食が進まない事も」


 ルイスが苦笑して言うと、隣でソフィアが眉をひそめてフィリッツに報告する。


「魚ももちろん良いが、肉も食べた方がいいぞ? バランスが大事だ」

「た、食べておるっ! なかなか噛み切れぬのが苦手なのじゃ……いや、食べておる、食べておるぞ?」


 フィリッツの言葉にぼそりと返すと、猛然と食べていたジルがピタッと止まってじっとリルリアンナを見ているので、慌てて残りのハムを食べ、こほん、と居住まいを正した。


「ジル、そなたが働く所な、マーチンの店に頼んでみようと思う。食事を出す店じゃ。忙しい店だから、きっと仕事もきつい。大丈夫か?」

「大丈夫」

「妾と共に頭を下げるのじゃぞ? 出来るか?」

「出来るっ! よろしくお願いします、だろ?」


 ジルはぱっと席を立って、リルリアンナに向けてぺこっと頭だけ下げた。


「違う、こうじゃ」


 リルリアンナも立ち上がると、胸に手を当てすっと腰から上体を傾けてお辞儀をする。


「優雅ですねぇ」

「それだと優雅すぎねぇか? ほら、ジルがぎくしゃくしてるぞ」


 ジルはやった事がない動きに戸惑いながら、細い腕をバシンと胸につけると頭が膝に着きそうなぐらい腰を曲げて戻した。


「手を胸にあてなくてもいいですよ、軽く脚の横につけ、腰から曲げ、上げる。ゆっくりと」


 今度はソフィアがジルの横に立ち、ゆっくりとお辞儀をした。ジルも倣ってお辞儀をする。


「いいですね、好感がもてます」

「ああ、こっちの方がジルもやりやすそうだ」

「そうやって並ぶと姉と弟みたいですねぇ。栗猫さんと銀狐の子、うーん、眼福」


 ルイスとフィリッツが真面目に頷いているそばで、ジョセフは妄想の世界にいってしまったようだ。フィリッツが何言ってんだお前、と突っ込んでいる。


「ありがとうな! 美人のねーちゃん」

「び、美人はいりません。ソフィアと呼んでください」

「わかった、ソフィアねーちゃん」


 ジルはにかっと笑うと、もう一度、習ったお辞儀をした。


「よし、では行こう」


 ジルのお辞儀が様になった所でフィリッツの声と共に一同は宿を出て、開店前のマーチン食堂へと向かった。




 ****




 開店前のマーチン食堂のドアをノックすると、しばらくして女将さんが窓からこちらを覗いて、すぐにドアを開いてくれた。


「あら、騎士さまたち、どうしたの? まだ店が開くにはだいぶ時間があるけれど」


 不思議そうにこちらを見ている女将に、リルリアンナは一歩前へ出た。ジルも隣にに立たせる。


「女将、折り入ってお願いがある。この子はジル、というのだが、下働きでこちらで雇ってはもらえないか」

「ええ?! それはまた、ずいぶんと突然な話で……」


 ふくよかな女将が困惑した顔で厨房の主人の方を見た。

 しばらくすると、手を布で拭きながら、大柄な男がゆっくりとリルリアンナとジルの目の前に立った。

 彫りが深く目つきの鋭い男は、じろっとジルを見ると、リルリアンナを見下ろした。


「マーチンだ」

「リー、という。こちらはジル。突然で申し訳ないのじゃが、話を聞いてほしいのじゃが」

「聞くまでもないな、このガキ、バザールで再三盗みをやっていた奴だろ?」


 野太い声で静かに言ったマーチンに、ジルがびくっと肩を揺らした。


「ああ、そうじゃ。だがそれには事情が」

「そんな事はこっちが知った事じゃない。盗っ人を雇う訳にはいかない。店の看板に泥を塗れって言うのか?」


 リルリアンナは素直に肯定し弁明をしようと試みると、被せてマーチンが静かに畳み掛けてきた。

 リルリアンナは親指を手の中に入れ、ぐっと握りしめる。


 マーチンの言う事は至極もっともだ、どう言葉をかけていけばいいのか、とリルリアンナはマーチンを見つめながら思考を巡らしてゆく。


 鋭い目の男、静かな受け応え、感情に任せて動くタイプではない。ジルの現状は言っても通じない事は明白であった。

 耳を貸さぬ者へ話を聞いてもらうには、どうやって言葉を紡いでいこう。


(ジルはもう盗っ人をせぬと約束をした。それを分かってもらうには……)


「……盗っ人では、なくなったら、いいのじゃな?」

「む?」

「ご主人は盗っ人を雇う訳にはいかない、と言われた。ジルがもう盗っ人ではない、と皆に分かってもらえばいいのだろう?」

「それはまあ、そうとも言ったが。周知は無理だろう」

「無理ではないですよ?」


 リルリアンナに任せ、じっと動向を見守っていた四人の中、ルイスがすっとリルリアンナの側に立った。


「今からはバザールに行ってジルに謝らせます。それでいかがでしょう」

「む……」


 マーチンはリルリアンナの隣で震えているジルを見ると、ふんっと鼻から息を吐いた。


「いいだろう、ただし、ガキ一人でだ」

「なっ! 袋叩きにされるではないかっ」

「あんたっ、やりすぎだよっ」


 リルリアンナが叫ぶと同時に女将さんがマーチンの腕を掴む。


「いいでしょう。出来るな? ジル」

「ルイス!」

「ジル、返事は」

「ひ、ひゃいっ」


 リルリアンナよりも先に応えたルイスがジルに向かって確認すると、ジルは声を裏返しながら返事をした。


「俺達は仕込みがあるから店を離れられない。挨拶が済んだらここに来るんだな、もっともこられる身体で済めばの話だが」


 マーチンはそれだけ言い放つと、ちょっとひどいよ、あんたっ! という女将さんの言葉を遮ってバタンとドアを閉めてしまった。



「ルイス! ジルを殺す気かっ」

「流石に一人では……! 人々に囲まれたら我らとて止める事は難しいです」


 リルリアンナがルイスの目の前に立ち、胸ぐらを掴まんばかりに食ってかかると、ソフィアも眉をひそめながらルイスの後方から提言する。

 その様子を見てフィリッツはルイスとリルリアンナの横に立った。リルリアンナの肩を軽く、しかし意思を持ってルイスより距離を離す。


「リルー、ジルは、それぐらいの事を仕出かしている、という事だ。謝って来いというのも分かる」

「みすみす見殺しにせよと?! そんな事はさせられぬっ」

「落ち着け。一人でなんて行かせない」

「でも一人でとっ」

「一人で行かせるが、一人じゃない」


 どういう意味じゃ、と困惑しながらフィリッツを見るリルリアンナに夫はにやりと笑った。

 ジルはリルリアンナの隣で不安そうにし、ルイスは片眉を上げ面白そうに主人の顔を見ている。

 後方ではソフィアが先程と変わらず眉間にしわを寄せ、ずっと黙っていたジョセフは、くくっと笑って呟いた。


「久しぶりに、アレをやるのですねぇ」







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