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10 リルー、ぎくっと肩をすくめる。

 



 リーヌ川から街中に戻り、ルイスが手配した宿に馬を預けると一行は昼ご飯を食べに外へ出た。

 お忍びという事でごく一般的な宿屋に泊まった為、夕食、翌日の朝食の手配はするが昼は無いと言われたからだ。



「さて、どこに行こうか」

「妃……リーさま、せっかくアーセナルに来ているのですからマーチンのお店はいかがでしょう。リーさまのお好きな白身のフライが食べられます」

「ああ、いいですね、あそこはその日に釣ったものを出しているので、昼の時間は頃合いでしょうから」

「ま、まて、ちょっと聞きたいんだが」


 そうしようと頷きあっているリルリアンナ、ソフィア、ルイスにフィリッツが待ったをかけた。


「リルリア……」

「し、陛下、お忍びじゃろ? 妾の事は愛称で呼ぶのがいいと思う。リルーと呼んで欲しい。あ、ジョセフ殿はリーで頼む」

「かしこまりました、リーさま」

「それはいいが、いや、お忍びなら俺の事も呼び方を変えた方がいいんじゃないのか?」

「ではフィリッツ殿とお呼びする」

「あまり変わらない」

「陛下よりはマシじゃろ。では参ろう」

「まぁいいか。っと、そうじゃなくて、リルー、貴女はよく忍んでいるのか?」


 フィリッツがそう投げたので、リルリアンナはぎくっと肩をすくめて振り返ると、夫はなぜか不機嫌そうに両腕を組んでいる。


「な、なぜそう思うのじゃ?」


 こっくんと生唾を飲んで聞くと、指を折りながらフィリッツはつらつらと理由を上げた。


「馬を駆け慣れている、偽装に慣れている、この街に慣れている。ソフィアはそこまででもないが、ルイスは貴女と忍んでいるのに慣れている。深窓の令嬢ではなかったのか?」

「お、王妃になってからはしていない」

「そういう事ではなくて」


 なんとなくにじり寄って攻めてくる様子にリルリアンナは一歩下がった。


「フィリッツ殿、立ち話もなんですから、ひとまず店に入りましょう。そこで詳しくお話します」


 ルイスが苦笑しながら間に入ると、フィリッツはむっとした口をへの字にしつつも身体を戻した。


「腹が減るとなぜか怒りっぽくなりますしねぇ」

「いや、俺は彼女を心配してだな」

「わ、妾を心配⁈」


 叱られる気配たっぷりな雰囲気に、ソフィアの陰に隠れ気味だったリルリアンナは途端にフィリッツににじり寄った。


「陛下っ、妾の事を心配して下さるとは、まるで仲良しの夫婦みたいじゃ!」

「い、いや夫婦だ。それよりも名前」

「では(ねや)にも来てくれるか?」

「おい、往来でそんな事いうもんじゃないって!」

「お二人方、お二人方、目立っています。とにかく移動。場所を変えましょう」

「妃……リーさま、こちらです」

「すみませんねぇ、お騒がせして」


 おい、おいって呼ばれた……! ジジさまとババさまみたいじゃ! と目を煌めかせて両頬を挟みながら感動しているリルリアンナをソフィアが上手く誘導し、ルイスはフィリッツ、ジョセフはなんとなく遠目に見ている通りの民ににこやかに会釈をしながら、先程話に出ていた食堂に入った。


「いらっしゃい! あら、いつぞやの騎士さま方!」


 店に入ると恰幅の良いはつらつとした女将がこちらに気付いて声をかけてくれた。


「やぁ、マーチンさん、しばらくだね。今日は二階、空いてます?」

「大丈夫ですよ、どうぞ。珍しく大人数なのね」

「ああ、アーセナルが初めての方を案内していてね。では上がらせてもらうね」


 先に今日のオススメの白身魚のフライを五人分注文して、ルイスが最後にサラダを別途追加で頼み、一行は階段を上った。


 小部屋に入ると、丸テーブルが中央に置いてあり、簡素なコップに黄色の花が一輪無造作に入れてあった。

 各々席につくと、女将が後からやってきて、コップに一杯分の水を配り、おかわり、ここね! と水指しも置いていってくれた。


 リルリアンナは口をつけると、ほのかにレモンの香りがして目を細めた。

 女将が気を使ってくれたのだろう。

 疲れた身体に一口の涼が染み渡った。


「ああ、嬉しい心遣いですねぇ」

「生き返ります」


 ジョセフとソフィアがほう、とため息をつきながら飲み干したので、ルイスが水指しを持って二杯目を二人に入れていた。


 リルリアンナもこくこくと飲んでいると、隣にいるフィリッツがまだ眉間にシワを寄せてむう、という顔をしている。どうしたものか、と思案していると、ルイスがこちらに柔らかく笑って、フィリッツに向き合った。


「フィリッツさま、先ほどのお話ですが、私から説明させて頂きます。お察しの通り、リーさまは度々お忍びで領土内を視察されておりました。これはクリスさまもご公認の事です」

「なぜだ? 普通、王女がするべき事ではないだろう?」

「これはエルムグリン王室の事情がございます。リーさまは王女ではありますが、王位継承に一番近い方でしたので」

「世継ぎ扱いだったのか……そこら辺もローツェンとは大きく違うな」


 フィリッツはそう言うと、ローツェンでは貴族も平民も剣士以外の女子は家事を担うのが一般的なのだ、と話した。

 女子しか居ない家系は養子をもらいますしね、とジョセフも補足する。


「エルムグリンは当主に関して男子が望ましい風潮ではありますが、女子も容認しています。リーさまは女王になられる可能性もありましたので、クリスさまが王となられてからは、そのような形に変わりました。まぁ、本人の資質もありましたしね」


 ちらっとルイスがこちらを見たので、リルリアンナは明後日の方向を見る。


天色(あまいろ)国の英才教育の賜物か、目を離すとすぐに外に出てしまう方でして」


 ルイスが苦笑して言うのに、ソフィアも真面目な顔をしてうんうんと頷いた。


「私も、妃……リーさまがお部屋にいない時は真っ先に馬舎に向かいます」

「お、王妃になってからは自覚しておるっ! 部屋にいない時はピルーの所だと前も言ったではないかっ」


 リルリアンナは身を乗り出して丸テーブルの向かいに座るルイスとソフィアにくってかかるのだが、二人はそろって首を横に振っている。


「それでピルーの所にいた時も侍女たちの到着が遅かったのか……」

「後手に回る理由が分かりましたねぇ」



 側近が首を振り続けるので、リルリアンナは隣のフィリッツに、本当に王妃になってからは行っておらぬっ、と訴えるのだが、ルイスとソフィアが滑らかに横から口を挟んだ。


「フィリッツさまの手前、鳴りを潜めているのだと思われます」

「私もアニタさまより、イレーネさまからの申し送りでいつ外に出てしまわれるか分からないから気をつけるようにと言われている、と聞き及んでおります」

「ひどいぞっ、(みな)、そのようにっ」


 延々と首を振り続ける側近、まったく信用されていない主人の図をみて、フィリッツがぶはっと吹き出した。


「なんか、面白いな、リルー。じっとしているのが苦手か?」

「いや、やれる、やれるぞ? 茶話会もがんばった。王妃然と振る舞えと言われたらやれる」

「分かった分かった。やれるが苦手なんだな?」


 柔らかく灰緑色の瞳に問われて、リルリアンナは観念して言葉を紡ぐ。


「外に……エルムグリンの自然や街中、民の様子を見るのが好きなんじゃ。……自室の、王宮の中だけでは、動物や民が元気なのかわからぬ。貴族の言葉は上っ面だけで、至極、つまらぬ」

「まぁなぁ、貴族ってそんなもんだ。だが王妃となるとそこを()んで動かねばらないんだぞ?」

「分かっておる。承知じゃ。妻として、陛下にご迷惑をかけたくはない。……ただ、たまには息を吸いたい、とは思う」

「それは、俺も同感だけども」


 語り合う主人達をみて、側近三人はさっと顔を見合わした。


「せっかくだから、この後、アーセナルの街を歩いてみてはいかがですか? 二人で」

「リーさまがお詳しいので、リーさま、ぜひ陛……フィリッツさまをご案内差し上げては?」

「いいですねぇ。我ら三人も一杯ひっかけて骨休め、いいですねぇ」


 三人の言葉に、フィリッツはお前らが息抜きしたいだけだろ、と呆れたように言ったが、隣で目を輝かせて期待している気配を察して、わかったわかった、と前髪をくしゃりと掻きあげた。


「飯食ったら行こう」

「やった! デートじゃっ!」

「民の様子を視察だっ」

「初! デートじゃっ!」


 リルリアンナが諸手を上げて喜んでる所に、女将がお待ちどうさま、とマーチン食堂特性白身の魚のフライを配りに来た。

 五人はほろほろと身が崩れるぐらいのフライに舌鼓を打ちつつ、午後の予定を立てた。






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