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9 フィリッツ、王妃の装いに驚く。

 



 王宮門まで出ると、既に馬は用意されていて、ジョセフ、ルイス、ソフィア、ソフィアより少し背の低い騎士が待機していた。

 四人とも近衛の騎士服ではなく、ごく一般的な乗馬用の服装にオリーブ色のマントをまとっている。


「王妃は?」

「ここじゃ」

「え?」


 ソフィアの隣にいる騎士が喋った。

 ソフィアと同じ簡素な服装を見にまとっているが、髪の長さが違う。

 ほっそりとした首筋が出ているショートヘアをフィリッツはまじまじと見た。

 近くで見ると女性だとは分かるが、化粧を落とした顔は中性的にも見え、距離が離れれば少年兵に見えなくもない。

 それぐらい、佩刀(はいとう)した姿も(さま)になっていた。


「髪が」

「ああ、これはカツラじゃ。以前地毛で作った事があってな。馴染んでおるじゃろ?」


 リルリアンナの言葉にフィリッツは息をついた。


「切ったのかと思った」

「流石に妾とてそこまではせぬ」

「貴女ならしそうで怖いんだよ」

「長い方が好みなのじゃな」


 嬉しそうなリルリアンナの言葉にうぐっと今度は言葉を詰まらせる。

 女性の髪の長さを気にした事はない。貴族は長い髪が多いが、フィリッツがいたバロック領騎士宿舎の女剣士達は様々な長さの髪をしており、少しでも女性の姿かたちに言及すると王子といえど遠慮なく袋叩きにされていたからだ。


 ただ、リルリアンナが髪を切ったとしたならば惜しんだとは思う。

 光の加減によって、黒とも紫とも言えない光沢を放つ豊かな長い髪。抱きつかれ、目の前で広がったその緩やかに波打った光景は、フィリッツの脳裏に焼き付いている。


「さ、これで準備は整いました。先導はソフィア殿と私で。フィリッツさま、リルリアンナさまの後にジョセフ殿でお願い出来ますか」

「承知しました」


 ルイスの言葉に短く頷くジョセフとソフィア、それを合図にそれぞれ騎乗する。フィリッツが目を見張ったのは、リルリアンナも侍従の助けを借りずに馬に乗ったのを見たからだ。


「馬に慣れているとは驚いた」

「国策でエルムグリンの女性は馬に乗る事を推奨しているのじゃ」

「そうなのか? 知らなかった」

「普段は乗らないので他国には知られてはいないと思う。そのような事も、少し話したいと思っておる」

「わかった。時間を作る。……言葉は変わらないんだな」


 いくら側近の装いをしても喋れば天色(あまいろ)国の古き言葉使い。見た目は変われどリルリアンナと分かるものがある事に、フィリッツは何故かほっとした。

 対してリルリアンナは、少しだけ寂しそうに笑う。


「この言葉に助けられ、この言葉で少し、(みな)に気を遣わせておる。変えようと努力してみたが変わらぬので、このままじゃ」


 王妃が初めて見せた憂いた表情に、王はかける言葉がない。


 リルリアンナの事を、何も知らないのだ。


 彼女がどういう経緯でもってこのような珍しい物言いになっているのかを、即位式まで行動を共にしていた先王クリストファーからかいつまんで聞いていた。が、ただ、情報として頭に入れ、そこにある本人の感情まで気を回す余裕がなかった。


 黙ったまま一言も発しない主人を見て、ジョセフが場違いな程のほほんとした声でのんびりと言った。


「それならば妃殿下を守る四騎士、という(てい)で走る方がそれらしいですねぇ」

「あ、それいいですね、それでいきましょう」

「努めます」


 ジョセフに続いてルイス、ソフィアが言葉を繋げると、リルリアンナがにっこりと笑って、今日明日だけは側近じゃ、妾が王を守るぞ? と受けたので和やかな雰囲気の中、出立する事が出来た。




 先導をするルイスやソフィアが多少気を使って何度か緩めながらも、かなりな早駆けで走っているのに更に驚いた。

 隣のリルリアンナも苦もなく走らせている。

 一度馬を休ませる為に小川の近くで休憩をし、また走らせると、昼の少し前にはリーヌ川のほとりに着いた。


 フィリッツ達がいる東側の川辺から見るリーヌ川は緩やかな水の流れ。一行は馬に水を飲ますべく、河川敷まで下がる。


「馬で渡る事は可能なのか?」


 フィリッツの問いに、ルイスが短くいえ、と答えて説明をした。


「ここから見える範囲の浅瀬は可能ですが、

 奥へ進むにつれ深くなるようで、馬でも渡る事は難しい水深だと報告がありました」

「自然の堀だな。エルムグリンの地図をみると、上手く街の中心を守るように川が流れている。川が防塞を兼ねているのが強みだ」

「御意」

「西の憂いがなくなったから、橋渡しの案が浮上したのじゃろう」

「俺たちの婚姻の恩恵か」


 先王、先々王の治世の時代は友好関係を築いているエルムグリンとローツェンだが、過去に諍いが全く無かった訳ではない。

 ただ、両国とも〝天を衝く山(トラフィーグ)〟山脈を挟んで北に位置する、雪と共にある国ブクモール共和国と山と海のみの国ボルカベア王国に刻を同じくして攻められた歴史があり、陸で続いている両国は次第に親交を深めていった。


 エルムグリンから見て北西に位置する大国ローツェンからの血縁を貰うことにより、西からの圧を軽減出来るのは交易の観点からみると有益だ。

 この機を逃さず、すぐに新設を申し出たアーセナル領主は自筆の熱い嘆願書も出していた。

 それを読んでいたフィリッツは、この地に橋を渡す事はアーセナル領民の長年の切願なのだろうとその想いを受け取っていた。


 なるべく早く印を押してやりたい。

 が、どうしても防塞の観点から現地を確認したかった。


「橋を渡したとして、いざ西から攻め込まれた時はどうする?」

「吊り橋にして木材を使用したならば、焼いて落とす事は可能ですが」

「それは……領民が納得するでしょうか……?」


 ルイスが冷静にすぐに切る事が出来る案を出すと、今まで黙っていたソフィアが形の良い眉を少しひそめて進言した。


「そうじゃな、橋を渡して欲しいと思っている民からすると、おざなりな橋を見たらがっかりするじゃろうな」

「国防は機密ですから、こうこうこういう理由ですぐに切れるようにしてあるのだとは、領民に話す訳には参りませんしねぇ」


 リルリアンナも頷き、ジョセフもふむ、と顎に手を当て思案する。


「西からの脅威が無くなるという確約があれば、石造りのしっかりとした橋を造ることが出来ると思いますが」


 ルイスのはっきりとした物言いに一同がはっと顔を上げると、切れ長のハシバミ色の目が真っ直ぐに主人であるフィリッツを見ていた。

 普段の穏やかで柔らかい雰囲気とは違う静かな圧に、フィリッツも、そうだな、と受けて頷いた。


「現状ではローツェンの脅威が無くなるとは確約は出来ない。俺だけではエルムグリンの盾にはならないと言えるだろう。だが、今は、という所だ」


 フィリッツはリルリアンナを見、そしてまた、ルイスに視線を戻した。


「街道の整備と共に石造りの橋が出来る頃には、両国とももう少し強固な関係になるだろう。ならばそれを見越して橋を渡してやるのが一番の良策だと思うのだが?」


 その答えを受け、ルイスは深緑に染め上げたマントを左に寄せ、自身の剣を目の前に置き片膝をつく。


「失礼な物言い、申し訳ありません。貴方様の真意を知り改めて、王の盾として生きる事をエルムグリンの剣と共に誓います」


 フィリッツは自身の剣を静かに抜刀し、ルイスの左肩に軽く乗せた。


「許す」


 フィリッツが剣を鞘に入れたのを待って立ち上がるルイスを見て、周りの三人は同時に息を吐いた。


「なんだ、俺が許さぬ浅慮な男とみたのか?」

「そ、そういう訳ではないのじゃが」

「うっかり許さなかったらどうしようかと思いましたねぇ」

「心臓が止まるかと思いました」


 三者三様の信頼のない言葉に、フィリッツは癖のある前髪をぐしゃぐしゃと掻いて、俺をなんだと思っているんだ、とぼやいた。


「妾の夫じゃ」

「常に心配の種、ですかねぇ」

「妃殿下と共に守るべき主人です」


 次々とかけられる言葉の最後にルイスが穏やかに、敬愛すべき主ですよ、と切れ長の目を細めて笑った。

 違いない、と王を除く四人が笑って頷くのを尻目に、とても敬愛されてるとは思えねぇよ、とフィリッツはさらにぼやくと、穏やかに流れる川の対岸を眺め、季節が一回りする頃には掛かるであろう揺ぎない石橋を思い描いた。




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