赤い缶とボロのベンチ
「……あれ」
深夜だ。暇だったので財布とスマホだけを持って外をブラついていると、公園のベンチに誰かが寝そべっているのが見えた。
好奇心からその不審な人物に近付き、顔を覗き込んだ。女だ。若い。
「うわ」
「あ、ごめん」
自身の両腕を枕にして夜空を見上げていたらしい女は、俺が視界に入った途端に飛び起きた。当たり前だ。俺もおんなじ反応をする自身がある。
「なに」
「いや、こんな夜中に何してんのかなって」
「だからって、いきなり覗き込むのはどうかと思うけど」
「正しく」
反省の意を表す為に自分の後頭部を撫でながら軽く頭を下げる。
女はちょっとだけ呆れた表情をしてから、ニヤリと悪そうな笑みを浮かべた。
「何だよ」
「謝礼」
「何の」
「驚かし代。缶コーラ一本」
「……まぁ、良いけど」
悪戯っ子の様な笑みを浮かべる女に、何となく頭を掻く。
不思議な雰囲気を持つ彼女に興味があった俺は、特段マイナス意識も無く公園内に設置されている自販機で缶コーラを二本買い、その内の一本を女に手渡した。
「お、君もコーラなの」
「うん」
コーラを受け取った女はご機嫌な様子でベンチに座り直す。そしてここに座れと言わんばかりに自分の隣を叩くので、それにしたがって俺もベンチに座る。
「良いよね、コーラは」
「分かる」
「あたしはこれじゃないコーラも飲める派なんだけど、あんたはどう」
片手に持った赤い缶を指さしながら女が言ったので、少し考えてから返答する。
「俺もあんまり気にしないけど、できればこれの方が良いかな」
「あたしも一緒。気が合うね」
「光栄です」
「はは、あたしも」
女はカシュッとプルタブを開けそのまま缶を掲げた。何故か誇らしげに。
「何それ」
「乾杯」
「あぁ」
一瞬理解が出来なかったが、彼女の意図を把握して俺もプルタブを引く。
「初対面で乾杯か」
「珍しく無いでしょ。歓迎会とかで新入社員への乾杯とかするじゃん」
「出会って五分も経ってないぞ」
「あらま、ワールドレコード更新?」
「なんだそりゃ」
言い方が面白かったので、思わず吹き出してしまう。俺も缶を掲げ、女が口を開く。
「じゃあ、ワールドレコード更新と」
「俺達の出会いを祝して」
「「乾杯」」
乾いた乾杯の音が鳴り響く。ジョッキなら爽快な音が鳴るのだが、これもこれで良いものだ。二人して赤い缶を傾ける。
「ッカァ〜、美味い!」
「女に見えない」
「うっせ」
軽口を言ってやると、いじけた態度で女はそっぽを向いた。それを見て俺が笑うと、彼女もこちらを見て一緒に笑った。
うん、爽快な気分だ。
「ところで、何してたんだ」
「星を見てた」
「星座とか分かるのか」
「いんや、綺麗だから見てるだけ」
「綺麗……」
星が綺麗。言われてみて空を見上げる。確かに、綺麗だ。
「……へぇ」
「知らなかったろ」
「うん、知らなかった」
星が綺麗だなんて、考えたことが無かった。こうやって星空を観察するのだって、小学生の頃に星座を学んだ時以来だろう。
「皆、勿体無いよね」
「気づけてないことにか」
「そう。こんなの知らずに生きてるなんて、人生損してるよ」
そう言って女がこちらに倒れ込んだ。一瞬焦ったが、俺の太ももに頭を乗せて寛ぎ出した彼女に胸を撫で下ろす。
「いきなりなんだよ」
「君も驚かして来たんだから、おあいこでしょ」
「コーラ買ってやったろ」
「あ、そっか」
目に鱗だったと言わんばかりに口を開く女に、思わず苦笑する。本当に、不思議な女だ。
「何して欲しい?」
「え」
「フェアじゃないもの」
「別に俺は気にしないけど」
「あたしが気にする」
さて困った。突然そう言われても、常日頃から欲しいものがある訳でも無し。……あ、そうだ。
「じゃあ、またこうやって話そう」
「そんなんで良いの。なんでもやってあげるよ?」
「充分贅沢さ」
「ふーん、変なの」
そう言ってから女は両手で缶を弄くり、暫く沈黙する。そしてこれまた唐突に口を開いた。
「よし、乗った」
「よし」
「嬉しい?」
「嬉しい」
「そっか」
相変わらず俺の太ももに頭を乗せながら、女は照れくさそうに微笑んだ。




