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赤い缶とボロのベンチ

掲載日:2018/04/15

 

「……あれ」


 深夜だ。暇だったので財布とスマホだけを持って外をブラついていると、公園のベンチに誰かが寝そべっているのが見えた。

 好奇心からその不審な人物に近付き、顔を覗き込んだ。女だ。若い。


「うわ」

「あ、ごめん」


 自身の両腕を枕にして夜空を見上げていたらしい女は、俺が視界に入った途端に飛び起きた。当たり前だ。俺もおんなじ反応をする自身がある。


「なに」

「いや、こんな夜中に何してんのかなって」

「だからって、いきなり覗き込むのはどうかと思うけど」

「正しく」


 反省の意を表す為に自分の後頭部を撫でながら軽く頭を下げる。

 女はちょっとだけ呆れた表情をしてから、ニヤリと悪そうな笑みを浮かべた。


「何だよ」

「謝礼」

「何の」

「驚かし代。缶コーラ一本」

「……まぁ、良いけど」


 悪戯っ子の様な笑みを浮かべる女に、何となく頭を掻く。

 不思議な雰囲気を持つ彼女に興味があった俺は、特段マイナス意識も無く公園内に設置されている自販機で缶コーラを二本買い、その内の一本を女に手渡した。


「お、君もコーラなの」

「うん」


 コーラを受け取った女はご機嫌な様子でベンチに座り直す。そしてここに座れと言わんばかりに自分の隣を叩くので、それにしたがって俺もベンチに座る。


「良いよね、コーラは」

「分かる」

「あたしはこれじゃないコーラも飲める派なんだけど、あんたはどう」


 片手に持った赤い缶を指さしながら女が言ったので、少し考えてから返答する。


「俺もあんまり気にしないけど、できればこれの方が良いかな」

「あたしも一緒。気が合うね」

「光栄です」

「はは、あたしも」


 女はカシュッとプルタブを開けそのまま缶を掲げた。何故か誇らしげに。


「何それ」

「乾杯」

「あぁ」


 一瞬理解が出来なかったが、彼女の意図を把握して俺もプルタブを引く。


「初対面で乾杯か」

「珍しく無いでしょ。歓迎会とかで新入社員への乾杯とかするじゃん」

「出会って五分も経ってないぞ」

「あらま、ワールドレコード更新?」

「なんだそりゃ」


 言い方が面白かったので、思わず吹き出してしまう。俺も缶を掲げ、女が口を開く。


「じゃあ、ワールドレコード更新と」

「俺達の出会いを祝して」

「「乾杯」」


 乾いた乾杯の音が鳴り響く。ジョッキなら爽快な音が鳴るのだが、これもこれで良いものだ。二人して赤い缶を傾ける。


「ッカァ〜、美味い!」

「女に見えない」

「うっせ」


 軽口を言ってやると、いじけた態度で女はそっぽを向いた。それを見て俺が笑うと、彼女もこちらを見て一緒に笑った。

 うん、爽快な気分だ。


「ところで、何してたんだ」

「星を見てた」

「星座とか分かるのか」

「いんや、綺麗だから見てるだけ」

「綺麗……」


 星が綺麗。言われてみて空を見上げる。確かに、綺麗だ。


「……へぇ」

「知らなかったろ」

「うん、知らなかった」


 星が綺麗だなんて、考えたことが無かった。こうやって星空を観察するのだって、小学生の頃に星座を学んだ時以来だろう。


「皆、勿体無いよね」

「気づけてないことにか」

「そう。こんなの知らずに生きてるなんて、人生損してるよ」


 そう言って女がこちらに倒れ込んだ。一瞬焦ったが、俺の太ももに頭を乗せて寛ぎ出した彼女に胸を撫で下ろす。


「いきなりなんだよ」

「君も驚かして来たんだから、おあいこでしょ」

「コーラ買ってやったろ」

「あ、そっか」


 目に鱗だったと言わんばかりに口を開く女に、思わず苦笑する。本当に、不思議な女だ。


「何して欲しい?」

「え」

「フェアじゃないもの」

「別に俺は気にしないけど」

「あたしが気にする」


 さて困った。突然そう言われても、常日頃から欲しいものがある訳でも無し。……あ、そうだ。


「じゃあ、またこうやって話そう」

「そんなんで良いの。なんでもやってあげるよ?」

「充分贅沢さ」

「ふーん、変なの」


 そう言ってから女は両手で缶を弄くり、暫く沈黙する。そしてこれまた唐突に口を開いた。


「よし、乗った」

「よし」

「嬉しい?」

「嬉しい」

「そっか」


 相変わらず俺の太ももに頭を乗せながら、女は照れくさそうに微笑んだ。



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